3話 魔王責務1
『――なぁ、亮ちん。このゲームやってみ? すっげー難しいから!
チュートリアル終了後から、早速勝てないんだよ!』
デュヴェルコードから魔王城の現状を聞き、俺は現実を直視できないまま、空を見上げ……。
ひとり静かに、前世の記憶にふけていた。
それは、本当に何気ない日常の会話。
そして、本当に今思い出すには相応しくない会話……。
『早速って。序盤も序盤じゃないか。そんな無理ゲーやって、楽しいのかよ』
『んー。楽しくない、とも感じなかった』
『ヒロシ……お前、暇なのか? ゲーム序盤から無心でプレイするとか、娯楽の求め方おかしいぞ』
俺には、蓮池ヒロシという親友がいた。転生先で悲報を聞いた途端に、こんな会話を思い出すとは……。
『亮ちんには分かんないか。使命感ってやつだよ。無理ゲーでも、やらなきゃって使命感!』
『ゲームにそこまで、使命を感じるなって。て言うか、さっきから何食ってんだ? 変わったスナック菓子だな』
『これか? 市販の天かすだよ』
『ヒロシ……おやつの概念に、天かすは入らないぞ……。袋のまま食べるなよ』
『天のカスだぞ? 意味的に上の下って思えば、おやつを超越したご馳走だろ。
つまり、無理ゲーと一緒! 人の思い方次第で、正にも負にもなるもんだ。だから亮ちんも、この無理ゲーやってみたら、オレの気持ちが分かるかもよ?』
『ヒロシの天かす理論は分からんが、荒削りに無理ゲーやらせたがるなよ。
まったく……序盤から無理難題なゲームをするヤツの気持ち、俺には一生分からないだろうな………………』
――なんだか、分かった気がする……。
俺は自ら臨んで、今の事態に陥ったわけではない。だが似たような境遇に立たされると、嫌でも実感できる。
序盤からやりようのない、閉塞感。やりきれない、絶望感。
こんな感情を抱えるのに、無理ゲーを続けるヤツの気持ち。
ヒロシ、お前……ドMかよ……!
無理難題を前に、挑み続けられるヤツなんて、ドMに他ならない。俺は絶望感で満たされているのに。
まさか自分が、その当事者になるとは……!
しばらく空を見上げ続けたが、解決策なんて浮かばなかった。むしろ余計な事を思い出し、ますます嫌悪が増幅した。
俺は顔を下げ、視線をデュヴェルコードに戻した。
「お前まで、何をやっているのだ……?」
デュヴェルコードと、目を合わせようとしたが。
「ロース様と同じ事を、わたくしも考えております」
デュヴェルコードは俺と同様に顔を上げ、空を見つめていた。
前世の記憶を思い出していたため、俺と同じ事はまず考えられないだろうが……。側近という立場上、俺の思考や感情を常に探ろうとしているのだろうか。
少しでもこの先に希望を持てる考えが、出てくれるといいのだが。
「それで、考えはまとまったのか?」
「はい……」
小さく返事をしながら、デュヴェルコードは顔を下げ、俺と目を合わせてきた。
「恐れながら申し上げますと。先ほどは本心とは言え、ロース様の芝居がお下手などと口にしてしまい…………。
気に病まれていたのですね」
「おい、何言って……!」
「空を見上げ悔いるロース様のお姿を、拝見しているうちに……わたくしも居た堪れなくなりました。
そして、わたくしも空を見上げ、ロース様と同じ事を考えました。『今思い返しても、やっぱりあれは、下手だった……』と」
思ってません。いろいろとお門違いなんだが……!
他人の表情を読み解く回路、死滅しているのか?
それに同情のつもりだろうが、実際はディスり直しているだけだろ……!
「んん……何と言うか、トチ狂った洞察力だな。城が完全攻略された絶望より、自分の演技力に絶望した風に見えたのか……?
あと、芝居下手だった事は認めるから、その可哀想な者を見る目は止めないか?」
「も、申し訳ありません! わたくし、オッドアイなもので」
アタフタと、両目を交互に手で隠し出すデュヴェルコード。
目つきに色は関係ないぞ……!
「絶望の話から、急に気が逸れたな。今度は少し、私の話を聞いてくれないか?」
「はいっ。このトンガリ耳に誓って」
「…………あぁ、うん。鋭そうな誓いだな。
正直、私は頭の整理が追いついていない。敵の正体はおろか、自分の力もまだ分からない状態だ。
挙句に目覚めたら、城が完全攻略されている始末……。始まった途端、終わりを告げられた気分だよ。
勇者に完全攻略され、残すは壊滅のみ。そんな滅びを余儀なくされた状況で、この魔王城に希望はあるのか……?」
質問の後に、両手で尖った耳を内側へ畳んだデュヴェルコード。
こわばった表情を見る限り、分かった上での拒絶だろう。俺としても、かなり際どい質問だと理解はしていたが……。
こんな例えようのない悲しげな表情を、見ていられない。
もしもここで、俺が魔王の地位や責務を投げ出したら。この子は今以上に、悲哀に満ちるだろう……。
本当はすぐにでも投げ出したい。だが、それを魂が許してくれない。
ヒロシの言った使命感とは違うが、俺にもあったようだ……。
悲しむヤツを見捨てられない、使命感。
なんだかこの城の事も、この子の事も……。
「――まったく、ほっとけねぇよ……!」
「あった!! ありました!!
薄っぺらい希望ですが、そう言えばありましたよ!!」
デュヴェルコードの表情が、途端にパッと輝いた!
「………………おい、タイミング……!」
覚悟を決めた俺の囁きを、台無しにして……。