16話 友力受諾6
突然俺の耳に届いた、デストローガンの微かな声。
居ても立っても居られなくなった俺は、倒れたデストローガンの口元へと歩みを寄せた。
斬殺されたはずのデストローガンが、なぜ語りかけてきたのか……。
死を超えて、アンデット化でもしたのだろうか?
元々俺にしか聞こえない、デストローガンの声。聞き取れないデュヴェルコードたちからすれば、俺の行動に疑念しか抱かないだろう。
それでも、確認したい。確認しなければならない。いったい、デストローガンに何が起きたのかを。
「デストローガンよ、私の声が聞こえるか?」
未だ目を瞑ったままのデストローガンに、俺は穏やかに呼びかける。
するとデストローガンの巨大な口が、うっすらと開いた。
『はい……。か、辛うじて。ロース様、お元気そうで、何より……』
「そうだな、お前も……元気そうだな。私はお前のすぐ側にいるぞ」
『いやはや……有り、難き、幸福ですな』
「かなり言葉がたどたどしいが、少しだけお前に聞きたい。無理なくゆっくりと答えて欲しい」
『お手柔らかに、お願いします』
「あぁ、すぐに済ませる。お前は命を落としても不思議でない深傷を負っている。現に私の側近に、息がない事も確認させた。
なのに今、私とこうして会話ができている。まさか、アンデットとして蘇ったのか?」
『ハハハッ……。これでも余は、気高きドラゴンの端くれ。アンデット化までして、生にしがみ付いたりはしませんよ』
ゆっくりと、そして苦しそうに俺へと答えてくれるデストローガン。
「なら、なぜ今私と会話ができる?」
『余も不思議に思っています。突然、強いショックでも受けたのか、意識が触発されるように戻りました。すると余の耳に、ロース様のお声が届きまして』
「強いショック……?」
俺は生命が呼び起こされるほどの強い衝撃について、直近で起きた出来事を頭の中で思い出してみる。
まさか先ほど俺が地面を殴った衝撃が、デストローガンの亡くしたはずの命を引き戻したのか?
地面がバキバキに割れるほどの威力だ、きっと人間で言うところの、心肺蘇生や電気ショックのような作用が働いたのだろう。
『ロース様。もしかすると余の目覚めたトリガーは、尻尾の辺りにあるやもしれません。ずっと下半身が、凄まじく痺れを伴っていますので』
「はぇっ? 尻尾だと?」
推察とはまるで違う助言に、俺は思わず上擦った声で聞き返してしまった。
俺は言われた通り、デストローガンの尻尾に着目してみる。
「これは……レアコードの……!」
見ると先ほどの戦闘でレアコードが出現させた猛毒液が、デストローガンの下半身まで流動していた。
「どうやら、お前が息を吹き返した原因は、ヒタヒタに流れ着いた猛毒液だったようだ。こんな事で亡くしたはずの命が蘇るとは、あまり信じ切れないが……!
アンデットなどと疑いをかけたりして、悪かったな。シンプルに奇跡だ」
『お気になさらず……。長きに渡り、この世界を生きてきた余としても、不思議に思います。
普通でしたら有り得ませんが、まさかこんな奇跡が余に降り注ぐとは。
常識外れなケースでも、偶発したのは事実。常識に囚われない不思議こそ、新しい奇跡。
この世界で稀にある、常識破りの奇跡が起きたのですな』
「………………そ、そうだな」
俺は口元を引き攣らせながら、口だけ返事をした。
要するに、常識ではあり得ない程の、凄い奇跡が起きたのだと言いたいのだろう。だがここまで常識否定を連発されると……。
「奇跡って、何だっけ……奇跡はイコール非常識って事か? 後ろに控える、厄介な魔族たちと同様に……」
俺は誰にも聞こえない程の小さな声で、ボソボソと自問自答を呟いた。
『ロース様、最期にステキな奇跡を体験できました。良き冥土の土産に……』
俺はデストローガンの遺言じみた台詞に、ハッと反応を示し。
「何が冥土だ! ドラゴンともあろう者が!」
デストローガンの言葉を遮るように、左手を大きく広げて見せた。
「最期に言い残すような口振りをしやがって! 私の前で、易々とお前の命を終わらせて堪るか!」
俺は急いで後ろに姿勢を向け、デュヴェルコードに手を翳した。
今すべき事はお喋りではない、救命だ!
「デュヴェルコードよ! 微かだが、まだこのドラゴンに息がある!
早急に治癒魔法を掛けるのだ!」