15話 悪徳魔法4
シノの矢が通過するなり、目つきを変え槍を構えたコジルド。
「――息絶えるまで、貴様から抜ける事のない恐技。一撃限定、『酷深い死中』……!」
技名を唱えるなり、コジルドの持つ槍が禍々しいオーラを纏い始めた。
不穏な技名とは裏腹に、まるでおひとり様限定の味わい深い料理みたいだ……!
「勝ちパターン、成立……!」
シノが次の矢をリロードしている隙に、コジルドは独り言を呟きながら、構えた槍を力強く……。
――ブンッ!
投げた。
陸上種目の槍投げとは違い、真っ直ぐな軌道で飛んでいくコジルドの槍。
敵との距離感を忘れさせるほどの豪速で、周りの大気を巻き込むように空気の渦を纏いながら、正門外へと突き進んでいく。
「みんな、伏せて!」
標的にされながらも、背後のパーティメンバーに注意を促したシノ。
そして槍は、瞬く間にシノの目前まで差し迫り。
――スッ……。
「なっ! 我の槍っ、えっ!」
シノのローブを軽く掠め、槍は的を外して通過した。
更には低く伏せていた勇者パーティの頭上までも、呆気なく通過し。
――ビューーーン……。
どこまでも真っ直ぐ、コジルドの槍は地平線の彼方へと飛んでいった。
「………………コジルド、お前」
「なっ、ななななな何故……」
地平線に消えていく自分の槍を、まさかと言う表情で見送るコジルド。
「普通、ここで外すかしら」
レアコードはコジルドの隣に移動し、おでこに手の平を平行に添えなが、槍の行方を見届けた。
「こ、言葉にするでないっ、この冷徹魔女が! あぁロース様、どう致しましょう! もしや今の我って、めちゃくちゃ痛いのでは!?」
レアコードに叫声を飛ばすなり、コジルドは俺にしがみ付いてきた。
コイツは今に限らず常に痛いが、今は庇いようもないくらい痛いな……!
「止めろ、こんな所でくっ付くな」
俺は再生途中の短い右手で、コジルドをシッシと突き放そうとした。
するとコジルドは抵抗する事なく、俺から弱々しく離れ始める。
「フハ、フハハ……。言わずとも悟れ、と言う事なのですな。
そう言えば、地の果てに消えて行った我の愛槍に、まだ名もつけておらんかったな。
そうだ……『当たランス』と名づけるとしよう。さらばだ我のランス、『当たランス』……」
終いには、自虐ネタを呟き始めた。
俺は、非常に迂闊だった。シノに他の秘策があるかなどと、心配している場合ではなかった。
真に目を配るべきは、身内の方であった……!
「シノではあるまいし、なぜお前まで一撃を外したのだ、コジルドよ。お前には『オートエイム』のスキルがあると言うのに」
「それは我にも、何が何だか……。狙いは完璧であったはず」
「フンッ、棒扱いの下手くそなヴァンパイアね、教えてあげるわよ!」
突然叫び出したシノに、俺とコジルドは顔を向ける。
するとシノは既に次の矢を準備しており、得意げな笑顔を浮かべていた。
棒の扱いが下手くそって……コイツが言うと、意味深に聞こえてくるんだが……!
「貴様、いったい何をした」
「一撃回避のスキル、『クリティカルドッジ』よ。日に1度だけ発動可能な、絶対回避スキル。どんなに狙いが定まろうと、後出しした私のスキルが優勢。
ワンチャン狙いの相手からすれば、さぞ嫌なスキルでしょうね!」
「まさか……! 貴様の必ず外す一撃目を利用した我のカウンターを逆手にとり、カウンター返しを目論んだと言うのか」
「そうよ! 私は一撃目を外す女だと、敵味方に関わらず散々罵られてきたから、その裏をかいてやったのよ! 同じ恥を味わわせてやろうと誓ったのよ! だからこのスキルを習得した!
本当は魔王相手に使うつもりだったけど、どう? 散々おちょくり回していた他人の恥を、逆に味わった気分は」
弓矢を構えたまま、この上なく気持ち良さそうなドヤ顔を浮かべるシノ。
してやった気持ちは察するが、子供の仕返し並みの動機で無闇にスキルを習得するなよ。俺なんてひとつ得るだけでも、命懸けなのに……!
「貴様っ……! 我は今、滅びたいほど恥ずかしい。なのに貴様はこんな恥を何度もかいてきて、よくも今まで胸を張って生きてこられたな。むしろ賞賛に値するぞ、この物好きキューピットが」
「…………軽くディスられた気もするけど、まぁいいわ。お前と違って、私は最高に晴れ渡った気分だから。
習得の際に、一撃目を必中させるスキルを取ろうか悩んだけど、『クリティカルドッジ』を選んで良かったわ」
バカにされているにも関わらず、シノは依然としてドヤ顔を見せつけてくる。
そのスキル選択に、悩む必要があったのか? シノの場合、圧倒的に必中スキルを選ぶべきだったと思うが……。
長所に磨きをかける事より、短所を他者に伝染させるとは……さすが残念な女だ。
「どうやらこの撃ち合い、功を奏したのは私のようね、赤っ恥ヴァンパイア!
ハハハッ! 何ならこの場にいる魔族共も、ついでに総嘗めといこうかしら! 『マシンガンアロー』!」
シノが詠唱した途端、構えた矢の先がピカッと輝き、威圧感のある魔法陣が出現した。