15話 悪徳魔法1
再生薬を飲み干すなり、爆裂パンチの副作用で吹き飛んだ俺の右腕が、少しずつ再生を開始した。
「なんだか……ロース様の腕って、気持ちの悪い再生をしますね」
少しずつ再生していく俺の腕をジッと見つめ、嫌悪の表情を浮かべるデュヴェルコード。
「おいっ、言い方。それではまるで、この再生の仕方が私のオリジナルみたいじゃないか。気持ちが悪いのは、再生薬が持つ特質のせいだろ」
しかし、この子の言う事も分からなくもない。
なぜなら右肩を再生元とし、徐々に指先から生え治っているからだ。俺だって気持ち悪いと思っている。
まさか手首あたりで、再生が止まったりしないよな。余計に気持ち悪がられるぞ……!
「それより……」
俺はターゲットであった勇者ンーディオの経過が気になり、飛んでいった正門外へと視線を向ける。
そこには勇者パーティが慌てた様子で集結しており、倒れたンーディオを囲っていた。
「あの様子だと、ンーディオもかなりのダメージを負っただろう。片腕の代償を払っても尚、仕留め切れなかったのは誤算だったが」
「そうでした! ロース様、いったいどうしてあんな魔法を!」
デュヴェルコードは目を鋭くし、忽ち興味津々な態度を見せてきた。
どうしよう。以前デュヴェルコードに、転生トクテンの『オブテイン・キー』を見せた事がある。しかしデュヴェルコードは何も視認できない様子で、不審な目を向けて来た……。
ならばコイツらに天界での出来事を明かしても、信じてもらえないだろう。
「いやぁ……習得の詳しい経緯は分からないが、実は使えたのだよ。私にも上級魔法が。
私によくあるアレだ。長い眠りから目覚め、記憶を失ってだな……」
「そんな事は聞いていません!」
俺が適当な誤魔化しを言い終わる前に、デュヴェルコードは強い口調で遮ってきた。
「えっ……な、何を」
「なぜ選りに選って、使える上級魔法が『エクスプロージョン・ハンマー』なのですか!
パカですか、頭パカなのですか! もっとマシな魔法なんて、いくらでもあるでしょうに!」
「ちょっ、落ち着けデュヴェルコード!」
俺はデュヴェルコードを宥めるため、両手を大きく振りゼスチャーする。
だが再生途中の右腕は、まだ手首までしか生え治っていなかったため、バランスの悪いゼスチャーになってしまった。
これではまるで、道化師じゃないか……!
「失礼致しました、取り乱しました。わたくしはただ、どうせ高難易度の魔法を習得するのでしたら、もっと実用的で役に立つ魔法を選ばれれば良いのにと思いまして」
「ちょっと待てよ……」
俺は少し俯き、先ほどまで起きていた一連の流れを振り返ってみる。
「まさか私が『エクスプロージョン・ハンマー』を打つ前に、お前たちが口々に驚いていた理由って……!
凄まじさと言うより、魔法のチョイス面か?」
「おっしゃる通りです。勿論、ロース様が上級魔法を使える事にも驚きましたよ。ですが何より、パカでおかしな魔法をお使いになるなって思いました。
お気の毒スキルと言い、今回の魔法と言い……。ロース様はわたくしたちの知らない所で、特殊を仕込むのが好きですね」
「そんなっ……なんでだよ! この世で唯一無二の魔法のはずだぞ!」
「まぁ、確かにそう言われれば、そうかも知れませんね。だってこんな割に合わない魔法、誰も習得しないでしょうから」
「えっ?」
常識を語るようなデュヴェルコードを前に、俺は一瞬だけ力が抜けた。
「だって習得が非常に非常に難しい魔法のくせに、打てばロース様の腕が吹き飛ぶほどの、大きな代償を払う一撃パンチですよ。ただのカス魔法ですね。
ロース様は筋肉パカですので、片腕の消滅で済みましたが、普通は使用者も木っ端みじんに吹き飛ぶ魔法ですよ」
「………………なんだよ、その諸刃の剣要素は。共倒れ魔法じゃないか」
デュヴェルコードの説明を聞くなり、俺は静かに上を向き、天界でのやりとりを思い出す。
一連の会話を頭の中で遡っていき、あるひと言が堪らなく気になり始めた。
それは……。
『――今のあなたにピッタリな、そしてあなたにしか扱えない、世界で無二の魔法……』
今思い返せば、このひと言が全て不自然に思えてくる。
特に『今の』と言ってきた事が、凄く引っかかる……!
まさか今の俺にピッタリとは、剛腕と爆裂魔法による相性の良さではなく、スキル『プレンティ・オブ・ガッツ』の方なのでは。
体力が僅かだけ残るスキルがあるから、魔法の副作用に耐えられると言う事かも知れない。普通なら使用者も、木っ端みじんになるらしいから。
エリシアさんは事前にこの魔法の欠点を、成功率の低さと言っていたが。
「ハァ……まともじゃない」
どう考えても、使用者も吹き飛ぶ事の方が遥かに欠点だろ……!
どうせ唯一無二という言葉の真意……いやオチも、カス魔法で誰も習得していないから、唯一無二なのだろう。
無駄に希少価値と特別感を持たせる言い回しをしやがって、あの邪女神! イカサマ女神!
「フフッ。ロース様、先ほどの一撃ですが『火事場のバカ』と名付けられては? 勿論いい意味で、ですよ」
俺を揶揄うように、薄ら笑いを浮かべるレアコード。
「どこがいい意味だ、なら語尾に『力』を付けろよ」
まさか天界で口にした俺の例えが、ブーメランとなってレアコードの口から出てくるとは……!
俺は大きなため息を吐きながら、再生途中の右腕を見つめた。
そんな時。
「――魔王ロース! 正義の名の下に、私がお前を射抜く!」
勇者パーティを背後に置いたシノが、こちらに向け叫んできた。