14話 新技炸裂1
――ドラゴン。
俺の元いた日本でも、架空の存在としてその名が知れ渡っていた。
伝説級のモンスターであり、言わずと知れた地上の覇者。そして、強さと誇りを兼ね備えた憧れの象徴。
俺自身、この世界に本物のドラゴンが実在すると聞き、胸を高鳴らせていた。そして実際に目の当たりにしたのは、四天王の従えるドラゴン、デストローガン。
俺の持つスキル『オール・ランゲージ』のお陰で、なんと孤高の存在と会話をする事もできた。正に奇跡のような巡り合わせだ。
そんな俺だけが話す事ができ、迫力と威圧感を持ち合わせた究極の存在が……。
――今、俺の前で。
「どういう事だ、これは」
腹部に謎の深傷を負い、無惨にも横倒れになっていた……!
先ほど俺の背後から、何かが落下したような激しい衝撃音が響いてきた。
思わず振り返ると、そこにはテーと共に飛び去ったはずのデストローガンが。
状況から察するに、響いてきた衝撃音はデストローガンの落下によるもので間違いないだろう……。
「いったい、何が起こった……!」
俺は困惑しながらも、しっかりとした足取りでデストローガンに歩みを進める。
その後ろを付いて来ているのか、デュヴェルコードとコジルドの歩きだす気配を、背中で感じ取った。
「ロース様……これって」
「私にも、何が起きたのか分からない。つい先ほど、平然と飛び去ったばかりだと言うのに。心当たりはあるか?」
「心当たりと言われましても……。ドラゴンの容体を見てみない事には、何とも」
「そうだな……。コジルドよ、お前も心当たりはないか?」
「シリアス……! ロース様、我が知り得るとでも? つい先程まで亡き者であった、この我が?
現状は疎か、このトカゲが飛び去った事すら知らなかった我に、どのようなアンサーを望まれるのですかな」
俺の背後から、コジルドの呆れた様子の答えが返ってくる。
「単なる確認だ。別に無茶振りを仕掛けた訳ではないぞ」
「そうでしたか。では敢えて言わせていただきますぞ……さっぱり分かりませぬな」
「………………『敢えて』どころか、言うまでもなくだろ。今はお前の個性的な回答に付き合ってやれる事態ではないのだ、不要な悪ふざけは控えてくれ」
俺はコジルドに振り向く事なく、冷め切った感情を返す。
そして歩き続ける事、寸刻……。
俺たちは横倒れになったデストローガンの腹部まで辿り着き、3人同時にピタリと歩みを止めた。
俺は立ち止まるなり、デストローガンの負った深傷を見つめ、静かに固唾を飲んだ。
「なんて……深く巨大な傷なんだ……!」
「ロース様、非常にお伝えし辛いのですが……ロース様専用のお友達は、既に息を引き取っています」
かしこまった様子で、デュヴェルコードが静かに現実を伝えてきた。
恐らくとは思っていたが、やはりこの傷の大きさでは、例えドラゴンであろうと命を落とすのか……。
「なぜ、なぜこんな事になる……! デュヴェルコードよ、この切り口は何だ? どんな手段や武器で付けられたか分かるか?」
「は、はい……少し調べてみます」
デュヴェルコードは傷口の前まで進み、デストローガンの腹部に手を当てた。
ゴツゴツと硬そうな表皮に、ゆっくりと手の平をなぞらせ、次第に傷口へと触れ始める。
そして微かに、デュヴェルコードの鼻すすりが聞こえてきた。
「デュヴェルコードよ……慌てるな、涙を拭ってからでも良いぞ?」
「シュンッ、シュン……いえ、別に」
「同胞がこんな目に遭ったのだ。焦らず、悲しみを落ち着かせてからでも構わない」
「シュンッ……落ち着いてなどいられません。正直に申しますと……」
デュヴェルコードは傷口に手を添えたまま、顔だけを振り向かせてきた。
何かを訴えかけてくるようなウルウルの瞳で、俺を真っ直ぐ見つめ。
「さっさと解明を終わらせたいだけです……! わたくしにだけ死体を触らせて、平然を保っていられると思います?
これは普通にエグいです、涙が滲むほどに。あと臭いです」
「おい……なんて不謹慎で罰当たりな感想だ。
こんな時くらい、素直な気持ちは閉じ込めておけよ」
「…………だってだって! そりゃロース様は悲しいですよ! 専用のお友達がポックリ状態なのですから!
でもわたくしにとっては、このドラゴンに何の思い入れもないですもん! なのに嫌な役回りばかり押し付けられて!
お友達の最期くらい、ご自身で手を添えようとは思わないのですか!」
片手で鼻をつまみ、涙目で怒声を飛ばしてくるデュヴェルコード。
これは俺が悪いのか? 悪くないはずなのに、終いには怒られたんだが……!
「わ、分かったから落ち着け! 嫌な役回りを任せてすまなかった。だが……私専用のお友達って言い方は止めてくれ。悪意が感じられるぞ。
それで、何か情報は得られたのか?」
「とりあえず……この傷には、斬撃に魔法が加えられています。それも一撃の手口で」
「斬撃と魔法だと……?」
「そうです、切り口に溶けたような痕跡がありますので。この推察が正しい場合、このドラゴンを討った者は恐らく……」
デュヴェルコードは語尾を濁し、重苦しい雰囲気でソッポを向いた。
「皆まで言わなくていい。今の説明だけで、私も目星が付いた」
こんな無慈悲で派手な一撃を放てるヤツなど、この世界に来て俺はひとりしか知らない。
『――ハハッ! 爽快だなぁ、魔王ロース!』
そう……丁度こんな笑い声のチンピラしか……!
正門側から聞こえてきたガラの悪い声に、俺はゆっくりと視線を向ける。
「やはりアイツか、ンーディオ……!」
そこには、お馴染みのパーティメンバーを引き連れた、勇者ンーディオがいた。