2話 転生事変6
――俺は今、想像を超えた現実を目の当たりにしている。
「これが……魔王の力なのか……!」
破壊した巨大な岩壁。
パラパラと剥げ落ちる破片たち。
丸見えの正門。
隣でなぜか、静かに涙を流す……デュヴェルコード。
確かに別ジャンルで、想像を超えてきたが……!
まさか今の一撃を見て、魔王が自力を思い出したと勘違いし、感動しているのか?
「涙を拭え、デュヴェルコード……。私の力が戻ったと、歓喜してくれているのだろう? 嬉しく思うぞ」
俺は場に似合った推測を口にし、感謝を伝えた。
真実を言えば転生だが、この子にとっては魔王の復活に代わりない事だろう。
「いえっ、破片が目に入って……涙が」
……………………めちゃくちゃ恥ずかしいんだが。
なんだよ、偉そうに『嬉しく思うぞ』って。何様だよ、俺っ……!
「そ、そうかっ……! せっかくキレイな瞳をしているのだ。気をつけないとな」
「こんな目を、キレイなどと……。もったいなきお言葉です、ロース様」
「畏まる事はない。
それより、こんな分厚い岩でも破壊できる、私の剛腕。それを目前にしても尚、お前が驚かないという事は、私が持つ本来の力と捉えてよいのか?」
「さすが魔王であらせられる、ロース様。ご明察の通りですっ!
ですから力加減には、十分お気をつけいただきたく存じます。以前にも、下水道掃除の際に足を踏み外して、うっかり床に穴を開けられた事もありましたので!」
床をダムダムと蹴りつけ、ニッコリ笑いかけてくるデュヴェルコード。
うっかりな踏み外しは、力加減の問題じゃない……って言う前に、魔王がどこ掃除してんだ……!
食い違い続ける会話の中、破壊した岩壁の向こうで。
「――んんっ……。あれ、正門の前?」
勇者の右腕に引き摺られていたゴブリンが、目を覚ました。
「あのゴブリン……すっかり忘れていた。無事だったようだな」
「そのようですね。恐らく勇者の右腕も、ロース様に気を取られて、持ち去り忘れたのでしょう」
まるで、同胞を忘れ物扱いするデュヴェルコード。
そんな粗末な扱いをされているとは知らないであろうゴブリンが、フラフラと歩み寄ってきた。
「ゴブリンよ。気絶していたようだが、ケガはないか?」
「あ、ロース様。お目覚めになられたんスね。オレも起きたっぽいんで、お互いおはざーっス」
おぼつかない目つきで、手を振ってくるゴブリン。なんだかコイツ、ガラ悪いな。
配下の者とは思えない態度に、デュヴェルコードが。
「この無礼者っ!! 誰に向かって口をきいているのですか!」
可愛らしい笑顔を一変させ、ゴブリンに向け鋭い睨みをきかせる。
「お、落ち着けデュヴェルコード。…………おい、その片目どうした!?
紫の瞳だけ、光り出しているぞ……!」
デュヴェルコードを見ると、紫色のオッドアイが淡く光り出していた。次第に光度を増していき、ゴブリンに向け手を翳した。
そして……。
「『グラトニーフレイム』!」
デュヴェルコードは、紫色の火炎を放った。
「ぶぅえぁーー! やべぇっスよ! あちぃっスよ!」
まるで意思を持っているように、火炎はのたうち回るゴブリンの体を包み込んでいく。
「魔王の配下として、あるまじき無礼です!
なんですか、そのはしたない言葉遣いと身のこなしは!」
「身のこなしって、これはどう見ても焼け苦しんでいるだけだろ!
おい、そろそろ許してやれデュヴェ……」
「『トゥレメンダス・グラトニーフレイム』!」
俺の制止を遮り、追い討ちの火炎を放つデュヴェルコード。
更に膨大な紫色の火炎が、ゴブリンの体を飲み込んだ。
「おい、よせっ! もう燃え尽きてるって! チリヂリに燃え尽きてるって!
燃えて、何もなかった事になってるから!」
俺は我を失った様子のデュヴェルコードを、両手で揺する。
傍から見たら、この子の方が魔王みたいだ……!
「……失礼致しました。ロース様への無礼を見過ごせず、つい魔力が……」
謝罪を口にし、デュヴェルコードはスッと手を下ろした。
同時に、紫色の火炎は消失したが、焼け跡にゴブリンの姿は……見えなかった。
「や、やりすぎだろ……!」
俺は転生して早々、うちの側近に『取り扱い注意』のレッテルを貼った。
あと、燃え散ったゴブリンへ。もしも天界へ導かれたら……。
――エリシアさんに、よろしく……!