13話 以心伝心4
俺の方にゆっくりと顔を振り向かせながら、呼びかけに応えたドラゴン。
『――やはり、ロース様……! 懐かしきそのお声、そのお姿』
強者の雰囲気を感じさせるドスの利いた声で、ドラゴンは俺へと語りかけてくる。
「懐かしいか……。お前との再会に水を刺すようで悪いが、聞いてくれ。
私はつい先日まで、長い眠りに就いていた。しかし目を覚ますなり、私は以前の記憶を失っていたのだ」
『なんと、それは奇怪でお気の毒な。余はこの世界で長きに亘り生きてきました。
珍しい事例ではありますが、理解は及びます。ロース様がそうお告げになるなら、それが誠なのでしょう』
ドラゴンはジッとこちらを見つめ、大きな口を薄く開閉させながら発声してくる。
どんなカラクリで発声しているのかは不明だが、口の動きと言葉が合っていない。特殊な声帯でも備わっているのだろうか……?
「理解力のある知恵者で助かるよ。長寿の賜物だな。
そんな経緯から、お前の存在も記憶から失われ、今の私にとっては初めましての感覚なのだ……」
『戸惑われて当然、心中お察しします。記憶を失うなど未知の領域であり、何人たりとも平常では居られぬ事態。
思い浮かべるだけで恐ろしい事ですが、記憶を失えばその恐怖心を抱いていた事すら忘れてしまう……。
余には計り知れないほど、今のロース様は辛い思いをされた事でしょう』
巨体に似合わない器用さで、体をゆっくりと反転させ俺の方を向いたドラゴン。
優しく目を閉じ、敬意を感じる静かなお辞儀をしてきた。
「そんなに畏まるな、お前の巨体には似合わないぞ。伝説と謳われるドラゴンらしく、私の前でも堂々としていればいい」
『それでは、お言葉に甘えさせてもらいますかな……』
ドラゴンはギョロリと両目を開き、お辞儀から元の体勢へと戻った。
「これがドラゴンか……見るだけで分かるぞ、私の直感が働いた! お前からは、徒ならぬ存在感を感じるぞ、強者の存在感と言うやつを!」
『少々過言ですな。存在感があるよう見て取れるのは、余の体が大きいからでしょう』
「ハハハッ! 今のは少し笑えるな。だが体の大きさに限らず、それに勝るオーラも見て取れるぞ!」
『素直に喜ばせて貰いますかな。しかし余など、ロース様に比べればちっぽけな存在。ロース様には、余の何倍も勇ましき者の器が感じられ……!
おっと、失敬でした。勇ましき者と言う表現では、あの忌まわしき天敵である、勇者になってしまいますな』
狙ったようなジョークを口にし、和かな笑顔を見せてきたドラゴン。
――このドラゴン、素晴らしいな……!
伝説級の存在である事に加え、魔王に対する敬意を感じる振る舞い。そして社交的な冗談も織り込んでくる、人当たりの良さ。
こんな素晴らしい存在が、魔王軍に居てくれたとは!
今まで接してきた魔族たちとは、比べようがない程の逸材だ。
そう……俺の背後に控えている、今まで接してきた魔族たちとは……!
目の前にいるドラゴンと、背後に控える厄介な現実たちを見比べるように、俺はソッと後ろを振り向いた。
すると。
「「…………………………」」
デュヴェルコードとコジルドは顔を引き攣らせ、俺に哀れむような視線を向けていた。
「な、なんだお前たち。その可哀想な者を見る目は……!」
俺は状況が飲み込めず、恐る恐るふたりに問いかける。
「えっと、ロース様……頭、大丈夫ですか? 精神とか軽くオツりました?」
「サイコパス……! 気をしっかり持たれよ、ロース様。このトカゲを見るなり、急に頭の中がファンタジーにでも染まりましたかな?」
声を震わせ、各々に無礼な心配を口にしてきた、デュヴェルコードとコジルド。
コイツら、なんて物言いをしてきやがる……!
「お前たちな……! 誰が『頭の中ファンタジー』だ。何を心配しているのかは知らないが、せめて言葉を選べ。
少しはこのドラゴンを、見習ったらどうなんだ! 好感を持てる、この敬意に溢れたドラゴンを!」
俺はふたりを叱りながら、背後にいるドラゴンに指を差す。
『ロース様、申し遅れました。余はデストローガンと言う名を持ちます』
指を差す俺の背後で、ドラゴンは自らを『デストローガン』と名乗った。
「そうか、デストローガンと言うのか。
いいかデュヴェルコード、それにコジルド! このデストローガンを見習い、お前たちも魔王に対してもっと敬意と親しみを持ってだな……!」
「――ロース様……先ほどから、いったい誰と話しているのです?」
眉をハの字に歪ませ、不審と心配の伝わる目を向けてくるデュヴェルコード。
「えっ……?」
肝を冷やすようなデュヴェルコードの問いかけに、俺は思わず固まってしまった。