13話 以心伝心3
俺は頭上に迫るドラゴンから逃れるため、大扉の外から城内へとダイブした。
「わわわっ、ロース様! 勢いが過ぎます!」
俺の飛んでいく先で、衝突を回避するように慌てて身を屈ませたデュヴェルコード。
あれだけ煽るようにエールを送ってきたヤツが、今更慌ててやり過ぎを訴えるのかよ……!
「いいから退けろ! ぶつかるだろ!」
俺が叫声を放つも、デュヴェルコードは依然として身を屈ませたまま、その場でプルプルと震え続ける。
このままでは、あの小さな体に衝突してしまう。そんな事態になれば、お互い無事では済まない。
なぜなら俺には、あの使えないカススキル、『プレンティ・オブ・ガッツ』がある……!
体格差があろうと、衝突するだけで俺の体力は残りわずかになってしまう。そうなれば、お互いに致命傷を負うような、笑えない転倒芸を披露する羽目になる……!
だが、俺の心配とは裏腹に。
「えっ、えっ……?」
ダイブした俺の体は、空中で勢いを止める事なく飛んでいき。
「…………サーカスかよ」
小さく屈み込んだデュヴェルコードの上を、軽々と越えていった。
俺はそのまま、着地の手段も考える間もなく、数メートルの距離を水平に沿って飛んでいき。
「ゴヘーッ……!」
城内の床に、万歳の体勢で派手に滑り込んだ。
必死すぎたとは言え、まさか緊急回避のダイブで、ここまで飛んでしまうとは。この体の筋力を舐めていた……!
「ロース様、ダイブ上手ですか!? お怪我は!?」
慌てた様子で、俺へと走り寄ってきたデュヴェルコード。
「平気だから落ち着け! 何が『ダイブ上手ですか』だ。心配しているのなら、『大丈夫ですか?』だろ。
いろいろと単語を織り交ぜすぎだ」
「し、失礼致しました! いろいろと突然でしたので、頭の中で言葉が迷子になっておりました。
本当は、ダイブ下手と申したかったのに、間違えてしまいました!」
「…………それはすまん、私の勘違いだった。私を案じてくれていた訳ではないのだな」
俺は顔を引き攣らせながら、ゆっくりと立ち上がる。
そうだった。この子は俺の理解を通り越すほどの、トチ狂った側近だった……!
「ダイレクト……! ロース様、華麗なるスタントでしたな! お見それお見それ、お怪我はありませぬかな? フハハッ!」
高らかに笑い声を上げながら、俺たちの方へ歩みを寄せてきたコジルド。
コイツもコイツで、心配ではなくバカにされている気分になるな……!
「心配いらない、ただの超緊急回避だ。お前たちも、無事だったようだな」
「フハハッ! 先読みしたゆえ、真っ先に『テレポート』で避難しましたからな!
それよりロース様。お目当てのドラゴンが、広場に降り立ちましたぞ。早速冷やかしに参りましょうぞ!」
「冷やかさない。長い眠りから目覚めた今の私にとって、ドラゴンとは初見の存在であり、少し楽しみなのだ。邪魔はするなよ」
「ほほぅ、インタレスティング……! では我が蘇生される時も、同じ感情をお持ちでしたかな?
初のヴァンパイアを見られると、心を躍らせる好奇心など抱いておられたとか?」
片手で前髪をかき上げ、ナルシストを連想させる下目遣いで俺に質問してくるコジルド。
だが格好をつけている反面、コジルドの口元がソワソワとした様子で震えていた。
出たよ、構ってちゃん。コイツの場合、蘇生前から良い噂を聞いていなかったからな。ただの戦力枠だったため、好奇心は薄かった……。
「ま、まぁな……それなりに、そこそこと……」
「んっ……? ロース様、なんだか反応が煮え切りませぬな。リアクションがソーシャルディスタンスしておりますぞ」
察してくれ……。気を遣ってハッキリと言えないから、濁して距離を取ったんだよ……!
「言い回しが意味深だが、今はディープに捉えないでくれ。早くドラゴンを見てみたいだけだ。
だからこれ以上、無闇に騒ぎ立てるなよコジルド」
「ご、ご指名ありがとう……ですな」
コジルドは気まずげな表情を浮かべ、頬に一筋の汗を垂らした。
何が『ご指名ありがとう』だ、お前はホストか……!
「指名と言うより、名指しのつもりだったんだが……まぁ良い。ふたり共、正門へ戻るぞ」
俺はコジルドから視線を切り、振り向きながら正門へと歩き出す。
その後に続くように、デュヴェルコードとコジルドの足音が、背後から聞こえてきた。
「やはりデカいな……。いったい、どれだけの月日を生きてきたドラゴンなのだ」
「計り知れない年月でしょう。ドラゴンとは、年々数を減らしていき、絶滅を余儀なくされ始めた種族。世界的にも、希少価値の高い個体です」
「そうか、ますます楽しみだ」
大扉の外に見える、巨大なドラゴンの図体。
ゴツゴツとした鋼のような皮膚に覆われた、真っ赤な巨体。加えて、圧倒的な存在感を放つ、逞しい翼。
歩みを寄せるに連れ、胸の高鳴りが大きくなっていく。
――ついに……!
ファンタジー世界でお馴染みの、そして多くの者が憧れる伝説級のモンスターを、この目で拝む事ができる!
こんな凄みを兼ね備えた存在が、魔王軍に……!
俺は大扉から出るなり歩みを止め、背後に着いてくるふたりに立ち止まるよう、手を翳し合図を出す。
そして静かに斜め上を見上げ、俺に背を向けたドラゴンの後頭部に視線を向けた。
「そこのドラゴンよ、私は魔王ロースだ。お前の卓越せし力と姿を、この私に見せろ!」
俺は気合いを込めた声量で、背を向ける真っ赤なドラゴンに呼びかける。
『――余を呼ぶ、その懐かしきお声は……!』
ドスの利いた声と共に、ドラゴンはこちらへゆっくりと顔を振り向かせてきた。




