13話 以心伝心2
俺たちの頭上に現れた、翼を広げるドラゴンのシルエット。
降り注ぐ日差しを遮るように、俺たちの周りを巨大な影が覆う。
「デ、デカい……!」
「お待たせ致しました、ロース様。あの上空に見えるのが、僕の操るドラゴンです」
テーは手を震わせながら、自信なさげに空を小さく指差す。
なんだか、少し不安になってきた。こんな指を差すだけで手が震えるようなヤツが、本当にドラゴンを操れるのか……?
「…………すいません、ロース様」
「なんだ? 今度は何を謝っている」
「先ほど指笛を鳴らした時、爪が鋭くて口の中を切っちゃいました……。痛いです……」
片手を口元に添え、モゴモゴと小言を伝えてくるテー。
どうしよう、更に不安が大きくなった。か弱すぎないか、コイツ……!
「負傷したのか、テー! なら治癒担当の僕に任せて!」
片手を大きく上げ、和かに笑顔を振り撒くドー。
そして上げた片手をそのまま、スッとテーの方に向け直した。
「真心を込めて、卑しくない癒しの魔法を。ヒー……」
ドーが治癒魔法を唱えかけた、その時……!
「――『ヒール』」
忽ち淡い光に包まれていく、テーの体。
ドーの詠唱を遮り、俺の横でデュヴェルコードが治癒魔法を唱えていた。
「…………あ、ありがとうございます。デュヴェルコード様」
「ありがとう、じゃないよテー!!
酷いじゃないですか、デュヴェルコード様! 今の完全に横取りですよね! 知らんけど!」
「横取りですって? 勘違いしないでください。あなたがチンタラしていたからですよ。
ヒーラーがもたつきや躊躇いを生じると、救える者も救えなくなります。外野に先を越されるようでは、ヒーラー失格ですね、ドー」
怒りの様子を見せるドーに向け指を差し、教えを説くデュヴェルコード。
立派な心得だが、大袈裟すぎないか? ちょっと口の中を切っただけだぞ……!
それに、俺は忘れていないからな……!
ご大層な教えを説いているが、俺がコジルドと模擬戦を行った、あの時。
コジルドから『死のフラット』をこの身に受けた、あの後。
回復の一択しかなかった状況で、この子は謎に躊躇い、大いにもたついていた事を、俺は忘れていないからな……!
「…………あの、ロース様。次から次にすいません」
デュヴェルコードに冷淡な視線を向けていた時、またしてもテーが謝罪してきた。
「今度はなんだ? よく謝るヤツだな」
「あ、はい……すいません。お伝えしないと、大変な事になるかと思いまして」
「大変って……なんの事だ?」
俺が不審な目を向けていると、テーはゆっくりと空を見上げ。
「恐らく、そろそろ降りてきます。ここに……」
空を見上げたまま、テーはジリジリと後退りを始めた。
そんなテーの行動を目の当たりにし、俺は一瞬でこの後の展開を悟った。
「――全員、速やかに離れろ!!」
俺は空の様子を窺いながら、周囲にいる全員に向け、大声で指示を放った。
降りてくるって、まさかここに着地する気か? あのデカいシルエットをしたドラゴンが、この正門前の広場に……!
俺は指示を終えるなり視線を下げ、遅れを取らぬよう大扉の方へ振り返ろうとした。だが……。
「えっ……取り残されてる……」
周囲を見渡すと、その場に残っていたのは……俺だけだった。
四天王は既に正門の外へと豪速で走り去っており、デュヴェルコードとコジルドに関しては、ふたりとも早々と姿を消していた。
どうやら俺が喚起するまでもなく、各々に危険を察知していたようだ。
「危機感は良いのだがな、お前たち……私をひとり放置して、黙って立ち去るなーっ!!」
俺は大扉を目指し、全力で初速を切った。
体に受ける風を感じながら、逃げるように脚をフル回転させる。
スタート地点から大扉までの中間に差し掛かった所で、ドラゴンの様子が気になってしまい、走りながらチラリと上を確認してみた。
「おいおいっ、待てよデカブツ! せめて下くらい確認しろー!」
みるみると拡幅していくドラゴンのシルエットが、俺のいる地面へと上から迫ってきていた。
魔王の体に備わった筋力を最大限に活かし、俺は死に物狂いで大扉へと激走する。
こんなにも恵まれた脚力を、まさか必死で逃げるために活用してしまうとは。
転生して以来、今最も筋力を活かしている気がする……!
俺が本気ダッシュを繰り広げていた、そんな矢先に。
「ロース様、ハリアップ! 早くこちらへお逃げを! そんな所に居られては、危ないですぞ!」
「ロース様、もっと早く駆け足! そのままドラゴンの下敷きになるおつもりですか!?
心配です、本当に心配なので、死力を尽くして走ってください!」
俺の目指す大扉から飛んできた、釘を刺すようなふたりの呼びかけ。
危惧するように俺へと注意を叫んでくるデュヴェルコードとコジルドだが、ふたりは既に安全な城内に身を置いていた。
心配してくれるのは嬉しいが、何だろう……非常に他人事のように聞こえてくる。ピンチの魔王に対して、配慮が薄っぺらいんだが……!
「それよりも、アイツら……逃げ足が早すぎないか!?」
俺が大扉へと急ぐ最中、既にあのふたりは城内に入っていた。この現状を推察するに……!
コジルドなら、まだ理解できる。俊敏性を兼ね備えているし、現実味がある。
だが、例えフライングしたとしても、デュヴェルコードがあんなに早く安全圏まで、走れるだろうか……?
「アイツ……早々と『テレポート』で逃げやがったな。側近のくせして……!」
叫ぶくらい俺の事が本当に心配だったら、初めから俺も連れて『テレポート』しろよロリエルフ……!
「ロース様! お願いですので、もっと早く駆け足! その無駄に逞しい筋力で、どうかお逃げを!
逃げる魔王など見窄らしいですが、今は恥を気にせず走って! 逃げ遅れて魔王がひとり潰された方が、もっと見窄らしいので、走って!」
人の気も知らず、言いたい放題に叫んでくるロリエルフ。
「どんなエールの送り方だ! 後で説教を覚悟しておけよ!
だがその前に、そこを退け! このまま突っ込む!」
頭上にドラゴンが迫る最中、俺は疾走する勢いのまま。
「――間に合えーっ!」
城内に向かい、全力でダイブした……!




