11話 牢獄視察11
俺がシャインの解放案を告げた途端、ふたりの視線が俺に集中した。
「ロース様、今なんと?」
「この姫を、解放してもいいと言ったのだ」
デュヴェルコードの確認に答えるも、依然としてふたりの視線が集中し続ける。
ふたりとも『どうして!?』という表情をしているが……。シャインの方は少し、楽しみを奪われた時の『どうして!?』という表情に見える。さすがはドM姫……!
「えぇーーっ! なぜですかロース様! 触らぬ勇者に祟りなしなどと、パカなお考えでも芽生えましたか!?
負け犬ですか! 負け犬思考ですか!」
「おいっ、言い過ぎだろ! 誰が負け犬思考だ、少しは言葉を選べ!」
俺はデュヴェルコードに視線を向け、ありったけの怒声を放った。
そんな矢先に。
「――怖気魔王……つまらないですわ……」
視界の外から、シャインが小さく呟いた。
「………………おいシャイン、お前はマジで言葉選べよ。囚われの身だろ」
俺はシャインを尻目にかけ、囁くように警告する。
「取り乱してしまい、申し訳ありません。ですがロース様、なぜこのお姫様を解放しても良いと?」
「単なる気まぐれと、些細な交渉材料だ。ンーディオは私の首を狙っているだろうが、ついでにこの姫の救出も一応は視野に入れているはず」
「そうだと思われますが……。では尚更、このお姫様を人質にした策を取られた方がいいような……」
モジモジと体を揺らし、別の案を提示してくるデュヴェルコード。
「しかしだな、その人質となる姫の居場所は、とっくにンーディオに把握されているのだろ?
移せるような場所もないだろうし、例え幽閉場所を変えたとしても、城を完全攻略しているンーディオなら、アッサリと見つけ出す可能性もあるぞ」
「ではこのお姫様を、戦場に連れ出しましょう! そして首輪でもつけて、ロース様の傍らにお姫様を跪かせ、チンピラ勇者に向かってこう言い放つのです! 『グヘヘッ、コイツがどうなってもいいのかチョメチョメー!』と!
きっとそうなれば、敵さんは手も足も出せないはずです!」
………………いったい、どこからツッコめば……!
「とりあえず、そんな如何にも雑魚じみた悪党がするような、ダサくて卑怯な行為は却下だ。あと首輪もなし。
それから、その私を小バカにしたようなモノマネ台詞も却下だ。そもそも『グヘヘッ』も『チョメチョメー』って語尾も、私は使った事などないだろ。後は最後に……!」
俺は1番ツッコミを入れたかった相手に、体を向ける。
「シャインよ、変な笑顔でソワソワしないでくれないか?
私の側近が語った場面など、決して訪れることなんてないぞ」
何を期待しているのか、だらしなく口元を歪ませ、落ち着きなく荒息を吐いていたシャイン。
どうやらこのお姫様にとって、人質になる事はご褒美らしい……。
「と、とにかくだ。姫を討伐の報酬程度にしか見ていない勇者が、人質を前に臆すると思うか? 遥々ここまで来たのに、目の前で閉じ込められている姫を助け出さず、放置して一旦帰るようなやつだぞ。
敵にとってはいつでも救出可能な姫であり、こちらからすれば利用価値の薄い姫だ。手元に置いていても仕方ない」
「お、おっしゃる通りです……」
「ならいっその事、解放してしまえばいい。余計な争いの種など、少ないに越した事はないからな。
解放ついでに終戦の交渉はしてみるつもりだが、過度な期待は持ち合わせていない。手を引いてくれたらラッキーくらいで構わないと思っている。少なくとも、交渉相手がンーディオである以上はな」
俺は言い終わると共に、視線をシャインへと移した。
「魔族のくせして、随分と甘い考えを持つのですね、魔王ロース。
私を解放しても、きっとンーディオ様はあなたの首を狙い、打ち取る事でしょう。そんなノーリターンな交渉と理解しておきながら、それでも私を解放するなど脳筋のする事です。お人好しで甘い言葉の裏に、何か企みを秘めている気がしてなりません」
俺の向けた視線に応えるように、不審な眼差しを返してくるシャイン。
「裏? 裏なんてないさ。お前を解放する事など、至ってシンプルな理屈だ」
俺はゆっくりとシャインの前まで歩みを寄せ、立ち止まるなり座り込むシャインを見下ろした。
「今の私はな、お前個人になんの恨みも因縁も持っていない。ただそれだけの事だ。
姫と言うだけで、戦士でもないお前が巻き込まれる必要はない」
フワフワと揺れる小さなロウソクの火に照らされ、俺は落ち着きのある声色でシャインに語った。
「魔王のくせに、なんて綺麗事を……!」
俺の言葉に動揺したのか、下唇を噛み締めるシャイン。
本当はこんな面倒で厄介な姫など、早く手放したい気持ちが強まっただけだが……!
「要するに、あなたの価値は無に等しいので帰れという事です。
良かったですねお姫様、なんの取り柄も持ち合わせていない、カス枠で。魔王城にいらない子など、滅法いらないです」
「ちょっと、そこのダークエルフ! 誰がカス枠でいらない子よ、言い方ってものがあるでしょ!
私にだって、取り柄くらいありますわよ!」
「あなたみたいなお姫様に取り柄? ご冗談を。せいぜい他人の憂さ晴らし用のサンドバッグになれますとか、そんな類いでしょ?
ドMなお姫様にとっては適役と言うより、むしろご褒美かもしれませんが」
小バカにするような下目遣いで、ジッとシャインを見下ろすデュヴェルコード。
「サンドバッグには喜んでなれますけど、その目つきは止めなさいよ!
この世で私にしか務まらない、唯一無二の取り柄があります。次期国王となるに相応しい殿方と結婚し、王位を継がせる力、繋がりを作る力を持っています。
どうです!? これでもカス枠なんて呼べますか!?」
「…………ロース様。わたくしはこのお姫様を見くびっておりました。こんなドMにも、輝かしく誇れる取り柄があったようです……!」
まるでショックを受けたように、見開いた両目を俺へと向けてくるデュヴェルコード。
どこが誇れる取り柄だ……!
それはただ、国王の娘ってポジションを利用されているだけだろ。家族事情を取り柄扱いするな……!
「ま、まぁ……。その自称する取り柄も、この牢獄にいては宝の持ち腐れだろうがな」
俺は適当なフォローを口にし、呆れた感情から小さなため息をついた。
「はぁぁ……それで、どうだ? それぞれの思惑は違えど、互いが抱く利害のためにもお前を大人しく解放したいのだが。
ここを出て、結婚なり何なり好きにすればいい。悪い話ではないだろ?」
俺はロウソクの火をシャインに近づけ、返事を求めるように顔を前に寄せた。