1話 天界展開1
「――ようこそ、死後の世界へ。
流崎亮さん……あなたは不幸にも、日本での死を迎えられました」
薄れた意識の中、透き通るような優しい声が聞こえてくる……。誘発されるまま目を開いた俺は、見知らぬ真っ赤な空間に佇んでいた。
「ここは……赤いな。景色が全て赤く見える……」
夕日の黄味がかった赤とは違う、毒々しい赤のインテリア。負の感情を連想させる空間で、俺はボソボソと呟きながら辺りを見回した。
そして、目の前にいたひとりの美しい女性へと、視線を向ける。柔らかな笑顔でこちらを見ているが、先ほど聞こえてきた優しい声の主だろうか……?
「あなたは、どちら様……?」
「はい、女神エリシアと申します」
女性は笑顔を絶やさず、自らを女神エリシアと名乗った。
「女神……様? それ、正気で言っています?」
「はい。ハッキリとした精神でお答えしています」
「嘘も偽りもなく?」
「はい。女神の名のもとに、真実です」
未だに笑顔を絶やす事なく、エリシアは丁寧な口調で返答を続けた。
「ほ、本当かな……? にわかには目の前に神様がいる事実を、受け入れられませんが……。なぜ、こんな毒々しい空間で笑顔を保っていられるのです?
なぜか直立のまま、目が覚めるし。俺は直立状態で意識を失っていたのか……?
それに、ここはどこですか? 俺は……家にいたはずなのに、どうして。
まさか……! 俺の意識が薄かった間に、他人の部屋をあなた好みに模様替えしたのですか!? それとも、誘拐!?
身元不明な上に、拉致監禁ですか!? それとも……」
突然の変わり果てた現状に、俺は思わず質問を連投する。
そんな質問の最中、穏やかに聞いていたエリシアであったが、少しずつ眉間にシワをよせ始め……そして。
「ぁああーーっ!! もぅ、質問が多いのよ!
あなたはアンケート用紙か!
初対面にも関わらず、質問攻めしてくる無機質な紙きれと同じ類いなの!?
私は、あなたの解答欄か!!」
俺を目覚めさせた優しい声とは打って変わり、エリシアは騒がしい怒声を放った。
どちらかというと、解答欄ではなく……回答者だと思うが……。
「ちょっ、落ち着いてください。本来この状況で取り乱すのは、俺の役回りだと思うんですが……。
ひとつずつ質問していくので、答えてもらえませんか?」
「私も暇じゃないのよ。次の案内が待っているんだから、質問はひとつ限定で!
はいっ、早く!」
冷静にも引き気味な俺に対し、まるで定時退社寸前にかかってきた電話応対のように、イライラと急かしてくるエリシア。
なんて、キレやすいインフォメーションなんだ……!
「分からない事しかないですが……。この場で他に信じられる事が何もないので、今はエリシアさんを女神と仮定して考えてみます。
ひとつだけ、ひとつだけ…………。目を覚ます前、微かに聞こえた事を。自覚はありませんが、俺は本当に死んだのですか? 『不幸にも、日本での死を迎えられた』って……」
「そうよ。だからここへ送られてきて、女神である私の案内を受けているのよ」
「死後初体験の俺に、そんな『常識でしょ?』って顔されても……!
俺にはその当たり前が、未知との鉢合わせでしかなんですけど」
先ほどまで、イラつきを露わにしていたエリシアであったが……。
俺の発言を聞き受けるなり、突として静寂へと雰囲気を急変させ、諭すように左を向いた。
「――この世に当たり前なんて……あるのかしら…………」
まるで、想いに耽るように目線を上げ、ひとり呟くエリシア。
出会って間もない死者の前で、突然どこを見て何を言っているのだ、この自称女神様は……。
哲学のように語っているが、当たり前を気取っていたのはあなたですよ……?
「とにかく! そういう事よ!
死を迎えて、ここへ来た。ゲームやアニメでも、死後に天界へ送られる展開ってよくあるでしょ? あなたも日本で暮らしていたのなら、少しくらい理解はあると思うけど。
まさに、今がその天界展開って考えてくれればいいわ!」
正面に向き直ったエリシアは、言い終わると同時に、パンッとひとつ手を叩いた。
「もちろん……俺も若者のひとりですから、それくらいの知識はありますが……。
確かに展開はそっくりだけど、俺には死を迎えた実感も、死に際の記憶すらも薄すぎて…………。
本当にこれって、演出とかヤラセではないんですよね……?」
「疑り深い人ね! こんな神々しく美しい女神を前にしているのに、まだ半信半疑なの!?
いいわ。特別に私のスキルを使って、少しだけあなたの記憶を呼び覚ませてあげましょう」
エリシアは不敵な笑みを浮かべ、右手を顔の横に翳しながら、親指と中指を立てた。
そして、2本を互いに反り合わせ……。
――シュピッ……!
乾いた摩擦音を奏で、勢いよく2本の指は……すれ違った。
今のは、指パッチンのつもりだろうか……? スキル発動の前振りか、モーションのように見えたが。
「…………鳴ってないんだが……。乾燥肌なんです……?」
自信に満ちた相手の汚点を目の当たりにした時、他人はどんな顔をすれば良いのだろうか……!
残念な女神様への配慮を考えていた、その時。
「えっ……! ウソだろ?
だんだん……思い出してきたっ……!」
自分でも不思議になる。なぜ俺は、こんな重大な出来事を忘れていたのだ……!
エリシアが指を鳴らし損ねた途端、俺の脳裏に過り始めたのは、紛れもなく過去の記憶。俺にとって、最後の記憶。
――死に際の記憶であった……!
それは遡る事、1時間ほど前。
俺は、日本で死を迎えたのである……。
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