不穏な影
「―――ッ!!」
今、僕は寝室で足をバタつかせながら枕に顔を沈めている。
今まで感じた事のない解放感と幸福感が身体中を駆け巡り、身体を震わせる。これから何が起こるのか予想できない。不幸が訪れるかも知れない。しかし、そんな不安を掻き消す程の何が起こるかと言う高揚が勝っていた。
「やった! やった! やった!」
枕を胸に抱き、右に左にベッドの上を転がる。前の世界の愛用していたベッドと比較にならない高級感。家具一つとっても僕を喜ばせてくれる。
ゲーム時代に大枚はたいて家具を集めておいて良かったと本気で思う。
「―――んー......良し!」
枕を放り投げ立ち上がる。ベッドの弾みを利用に、トランポリンに飛び跳ねるように様に跳躍すると、クルクルと前転しながら着地する。
身体が非常に軽い。
現実世界の身体は不健康と言う訳じゃなかった。むしろ、健康を心がけ、特にこれといった病気にかかったことがないぐらい健康だった。
しかし、今のこの身体は全然違う。まさに文字通り、何でも出来る気がする。
「お母様! 大きな音がしましたがどうかなさいましたか!?」
ザドキエルの声が扉越しに聞こえてきた。
「......何でもない」
「そ、そうですか......」
「それより、調査の方はどうなっている? 入って来て聞かせてくれ」
「「はい!」」
扉が開き、二人は入って来る。手に武器は収納したようで手ぶらだった。
ベッドに腰かけた僕の前に足早に来るとその場で足を付き頭を下げた。
「はい。一介天使達が付近に小さな村を発見いたしました。現在、村人の調査。この世界での現状などを調べさせています」
「そうか......」
突然、二人は耳を澄ますような素振りを見せると続けて報告を行った。
「―――お父様。現在、所属不明の勢力により村が襲撃されているようです」
ザドキエルが言う。
「襲撃?」
「はい。手入れされた装備で統一されており盗賊と言った類の者達ではございません」
カマエルが続けて答える。そして、そう言いながら掌に出した球体を僕の前に差し出す。
その蒼光を放つ球体には地上の映像が流れている。小さな村からは煙が上がり、悲鳴が聞こえて来た。馬に乗った甲冑に身を包んだ騎士の様なモノ達が剣や槍を携え、容赦なく無抵抗の村人に襲い掛かっているではないか。
暫く考えると結論を出し、球体を返す。
「―――我々の存在を気付いているか?」
「いいえ。透過の魔法をかけておりますので視認どころか気配すら感付いてはおりません」
「......なら放って置け」
「宜しいのですか?」
普段は無表情な面持ちを僅かに不服そうな顔を浮かべ直ぐに表情を正したザドキエル。それを一瞥するとカマエルが疑問を投げかけた。
「何がだ?」
「我々は弱気者を助け、導き、悪しき者を裁き正すは我らの使命。目の前で起こっている悪行はまさに我らが裁く者達ではありませんか」
「......言いたいことは分かる」
「なら!「しかし」......」
「それは前の世界の話だ。この世界にはこの世界の理が存在する。私達が力を振るい世界の均衡を崩れれば無用な争いの火種になるであろう。故にプレイヤーが居ない限り、我々から接触する事を禁止する。皆にそう伝えなさい」
まだここに来たばかりの僕達はこの世界の事を知らなさすぎる。現地人の力、国と国の力の割合、この世界の中で今何が起こっていて今まで何が起こっていたのかを知らなさすぎる。不とした拍子に世界の在り方を変える程の大事を引き起こす訳にはいかないのだ。、だから、ここで安易に姿を現し現地人と鑑賞する訳にはいかない。
「......承知いたしました」
「主のお心のままに」
僕の言葉を苦しそうに飲み込むと、その場で更に頭を下げ、下がろうと立ち上がり身体を扉の方に向けた。
「―――待て」
「「何でしょう?」」
呼び止められたのが不思議な様で、まるで現実では起こりえない現象を目の当たりにしているような驚いた表情を見せた。
そして、ぎこちない感じに此方に近づいてくると先ほどと同じように膝を付こうとする二人を手で制し、もっと近づく様に言う。それから手が届く程の近さまで来ると両手をそれぞれ二人の頭の上に乗せた。
「ッ!!??」
「ひゃっ!」
瞬間。二人の顔は崩れさる。カマエルは頬を赤らめながら恥ずかしそうに身体をもじもじさせ俯く。ザドキエルはもっとひどく、頭が噴火する程の蒸気を吹き出し鉄面皮の様に表情を変えない彼女からはあり得ない程蕩けた顔で口元からは涎が出ていた。
ゲーム時代の僕なら絶対こんなことはしなかった。好感度を上昇させる為に、アイテムを送る事はあっても、簡単なコミュニケーションしか取れない従者達に話掛けるのは無駄だからだ。
しかし、今は違う。彼女達には表情があり、感情が確かにそこに存在している以上僕はこの子達の親として接しなければならいのだ。
「ザドキエル。子供達の中で人一倍正義の心を持つお前は今の状況は地獄の様に辛いだろう。だが、これもこの世界の均衡を保つ為、ひいては平和の為なのだ。どうか耐えてくれ」
「は、はひぃ......」
「カマエル。何時も苦労を掛けてすまない」
「そんな! 我々は主である貴方様の為に存在しているのです! 苦労何てそんなことは」
あわあわしだすカマエルに思わず吹き出してしまうと、暫く頭を撫でてから手を離し二人の目を見る。
「いいや。振り返ればお前達には無理ばかりかけて来た―――」
ある事が切っ掛けでギルドメンバーは皆去ってしまった。内部分裂で脱退したメンバー達は維持が大変、あの時を思い出したくないよ言う理由で従者アバターだけを残しギルドから居なくなっていった。
それから、ギルド、従者アバターの維持、他のギルドに攻め込まれないように防衛手段の開発、改修をする為に途方もない金貨と素材を僕一人で集めなければならなくなった。だからしかたなく、従者達を持ち場から離れさせ、メンバーの代わりに限界ギリギリまで運用し、何時倒されてもおかしくない程の無茶な使い方をしていた。
従者アバターは他の雑兵NPCと違い替えがきくものではない。先も言った通り希少な素材、多額の金貨、マスターであるプレイヤーのレベルも高くなくては創造者に比例して強さが決まる為意味がないのだ。
「お母様?」
「何でもない」
「しかし―――」
何かを言いかけた瞬間、再び連絡が入る。
「―――監視中の天使から報告。襲撃中の武装集団の中に装備の違う人影が数人」
「繰り出す魔法の規模、剣技の大きさから明らかに周りの者達とは乖離しているっと」
カマエルの言葉にザドキエルが続けた。
「手練れぐらい何処にでも一定数いるだろう」
「いえ、なんと申しますか」
「言動や仕草が繰り出される魔法、剣技に伴っていない」
「そう、それです」
「......プレイヤーだと?」
二人は見合わせ此方を向くと、同時に頷いた。
「我々は何度もお母様の戦いを見て来ました」
「強者であるにもかかわらず下劣な物言いが報告された者達とそっくりです」
「―――ミカエル」
『はい。お母様』
「報告は聞いたか?」
『先ほど』
「プレイヤーか?」
『私達がこの世界に召喚された以上、他のプレイヤーが同じようにこの世界に召喚された可能性は十分にあります。しかし、今の報告だけでは何とも』
「......良し。この件、ミカエルに任せる。戦闘に介入し、その者達を捕まえろ」
『直ちに』
連絡が終り、二人を見ると何やらウズウズしているのが分かる。
「私達も出陣ですか!?」
「な訳ないでしょ。私達の仕事はお母様の警護」
「......そうでした」
表情が二転三転する様を見ながら、ゲームの世界に入った事を強く思い知らされる。
「二人はもう少しここで私と話そう」
「「? 話ですか?」」
いい機会だ、従者がどんな事を考えているか調べよう。
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