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聖なるアリア  作者: 柊なつこ
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ウェルカム・トゥ・ネイバーワールド

こんにちは。柊なつこです。長い間執筆活動を休止しておりました。今まで執筆していたプロットが紛失してしまい、勉強がてら新しく作品を書いてみました。


『あなたっ! ―――』


『おま ―――!』


下の喧騒が激しくなってきた。時々、家が揺れる。雑多な言葉が頭の中で暴れ回る。


ベッドに腰を下ろし充電ケーブルにつながっている端末を外すと一拍置いて起動した。


『会いたい』

 

『そっち行ってもいい?』


『返事して』


端末を掴む手は振るえる。顔が歪み、息が乱れる少年の肩は小刻みに揺れていた。


「......もう嫌だ」


少年は端末を放り捨てると、身体を倒し、手繰り寄せるようにゴーグルを掴かむ。冷たく硬い感触。じゃっかん重くを感じる程の機械を胸に抱きながら深呼吸を行い、言うことが聞かない身体を無理矢理落ち着かせ、今も鳴り響く騒音を無視しゴーグルを被ると上部にあるスイッチを静かに押した。


『プレイするゲームを選択してください』


僕は目を動かしながら目的のゲームを探した。ダウンロードしているゲームはそれ程多くないので直ぐに目的のゲームを見付ける事が出来た。


『十秒後にゲームが起動します。身体を横にしてから力を抜き、リラックスをしてから目を閉じてください』


再び深呼吸。


今も鳴り続ける端末の振動音を鬱陶しく思いながら。目を閉じ、考えないようにする


『ウェルカム・トゥ・ネイバーワールド』


文字が浮かび上がると同時に僕は意識を失った。






二千五十年。大気汚染が深刻化し人が殆ど外に出なくなった中、流星の如く現れたのがゴーグル型VRマシン『アース』だ。

アースが誕生してから経済、医療、スポーツ、科学あらゆる分野が今までに無い盛り上がりを見せた。色々な状況に沿った手術を練習する事が出来るようになった。態々外に出なくても目の前で有名なスポーツ選手の試合を観戦出来るようになった。毎朝起きて電車に乗り会社に行かなくても良くなった。そして、取り分け盛り上がったのはゲームの分野である。

その星の数ほどあるゲームの中で他の物とは一線を画したゲームが『ネイバーワールド』だ。

剣と魔法の世界。数多ある職業にスキル。鳥の様に空を飛び、魚の様に自由に水の中を泳ぐことが出来る。どんな姿、どんな生物にもなれた。仲間を探しギルドを結成し、こう難易度のダンジョンに挑み貴重な素材を手に入れ更なる高みを目指す。

誰もがネイバーワールドをプレイした。

そんな自由のある素晴らしい世界も今日で最後。明日続編が出るに伴いネイバーワールドのサービスが終了する。

今は夜の十一時。あと一時間でサービスが終了だ。そんな最後の時を思い出として頭の中に焼き付けておく為に僕は今日最後のダイブを行う。






「......」


目が覚めるとそこは神殿の中、その最奥に当たる場所。子供が走り回るには余りある広さの大きな部屋。その部屋で一際(ひときわ)目立つ美しい装飾を施された大きなベッドの上で僕は目を覚ました。


身体中から伝わる上質なシーツの感触が眠気を誘う。ゆっくりと身体を上げ、ベッドから降りると

小さく背中の部分に力を入れる。何処からか現れた光の粒が背中に集中し四対八枚の翼を発現させた。それから部屋の隅にある鏡の前に立つ。


「お前にもかなり時間かけたな......」


懐かしみながらそう呟くと優しく鏡の中にいる天使を撫でる。すると同時に目の前の天使も微笑んでいた。


壁画の天使や神が着ているキトンと呼ばれる衣服に身を包み頭の上には白いベールを被っている。天上の神が造ったと言っても信じてしまうほどの美貌、雪の様に白い髪、金色の垂れ目ぎみの瞳は少し悲しみの色が見て取れる。


この少女の様な天使こそ僕のアバターである『神天使のアリア』だ。


「最後の散歩に行こうかな」


ネイバーワールドは一ギルドに一つステージを作ることが出来る。ここは僕が作ったステージだ。途方もない時間と貴重な素材を惜しげもなく使い、僕一人の為に造った安息の地。それが『聖なる都ラウミガ』だ。


外に出ようと扉に足を向ける。大きく装飾の施された扉はまるでアリアの言葉に呼応するかのように独りでに開いた。


「カマエル。ザドキエル」


部屋の外に出ると左右に扉を守るかのように佇んでいる二人の天使を見る。

片方は血の様に赤い刀身の両手剣を身体の前に剣先を下にし、柄を両手で携える少女。赤色の肩まで掛かるほどの髪、白色の瞳は正面を見据えていた。もう片方は茶色の腰まで伸びる髪、片手には柄に細かな彫刻が施された美しい槍を持ち、同じく白色の眼は正面に視線を向け今だ来ぬ侵入者に備えている。


二人は声に反応し、視線を此方に向ける。しかし、その顔には表情はなく感情のない冷たい瞳が僕を見つめていた。

この二人は僕が創りだした。

ステージを開放するとステージの主が創る事出来るのが従者NPCである。

ダンジョンのボスや他のプレイヤーのステージで手に入れた素材を元に創り出す事ができ。高ランクの従者NPCは高レベルのプレイヤー相手にも対等に戦うことが出来るほど強力である。しかし、高ランクの従者NPCを造り出すには貴重な素材と大量の金貨が必要だ。これまでに数多くの従者NPCを創り出した。

一緒に戦う者。ステージを守る者。結婚システムで子供も創ったこともある。


(自分の子供だと思って可愛がったな......)


最後の時だ。みんなを連れてステージ内を散歩するのも悪くないか......。


「一緒に行こうか」


二人は手に持っていた武器を霧散させ、扉の両隣から僕の後ろに移動した。

生気の感じないNPC達に落胆する。顔にくらい影を落としながらゆっくりと足を動かし始めた。

廊下を進み、大広間に続く大きな門を開くとそこには玉座と傍に立っている一人の美女。


「ミカエル」


僕と同じ白い髪に金色の瞳。僕がステージを造り始めて生み出したNPCであり、一番長い時間を過ごした家族の様な存在である。


「......」


しかし、僕の思いとは裏腹に先の二人と同じように無表情の冷たい視線をこちらに向ける。


胸が裂けそうになった。


「ミカエルも一緒に行こうか」


期待していた訳ではない。だが、改めてこうも反応がないと寂しい物だ。僕は相手のステージに侵入するにしても、ダンジョンを攻略するにしても基本的に単独攻略者(ソロ)

プレイヤーの代わりに従者NPCを連れて行き、攻略を行っている。簡単なコミュニケーションは出来てもそこに感情はなく、故に表情はあらず喜びを分かち合えないのだ。

続編ではNPCが話すことが出来るらしいが今の僕には叶わないことである。

長い時間戦略を立て、作戦を考え、攻略し貴重な素材や武器を手に入れても誰も一緒に喜んではくれない。


「痛いなぁ......」


胸に手を置く。胸の中がまるで空洞の様な虚無な感覚がずっと消えないまま散歩をするハメになった。


最後の憩いの時だというのに困ったことになった。






ステージは四つの陸と三つの湖からなっている。

陸には一面に花々が咲いており、そこには一角獣(ユニコーン)天馬(ペガサス)が草を食み、白竜が空を駆けている。そこいら中で美しい妖精達が戯れている。

湖には海竜や人魚達が踊るように泳ぎ、屈強な半漁人達が槍を手に海馬(ヒッポカンポス)に跨り侵入者が居ないか警備して回っていた。

それら全ての生物はステージを守護する為の守護モンスターNPCであり、従者NPCと同じく長い年月と素材、大量金貨を投じて少しずつ創り出した。故に愛着があり、家族の様に思っている。


「皆元気だな」


僕を見つけた聖獣や動物達は皆、僕の元に駆け寄り頭を下げ身体を摺り寄せてきた。

これもプログラムによって行っている行動だろうと思いながらも一頭一頭丁寧に頭を撫でてやりながら歩歩くのだった。

この場所ではこんな事があった。あの場所ではこんな戦いがあった。そんな風に思い出に浸りながら野を海を時間を掛けゆっくりと夢想に浸るのであった


「もう終わりか......」


自分で造ったからどれだけの広さかを把握していたが、気付くとそこは外界とつながる転移門が目の前に

あった。


それは最後の散策の終了を意味する信号(サイン)


時刻は十一時五十分。後十分でサービスは終了だ。つまり、この世界の終了を意味している。続編にプレイヤーのデータを移動させることは出来るが、残念ながら僕はそれは不可能だ。

現実世界(リアル)の事情で物理的にゲームが出来ない状況に置かれることになる。一時の間だけだとかある目標を達成するまでとかではなく文字通りずっとプレイ出来なくなる。この唯一残された僕の安息の地が今なくなろうとしている事実が今でも受けられず、考えただけで目頭が熱くなってくる。


「NPCの感情はないくせに何でプレイヤーのアバターは涙を流せるんだろうな......」


その問いに答える者は一人も居なかった。






サービス終了まじかなゲーム。今やネイバーワールドでプレイするプレイヤーは殆ど存在せず、故に侵入者は存在しない。だから、最後の時ぐらいは皆と一緒に居たい。そう思った僕はNPCの守護する場所から任を解き、目を覚ました神殿の奥の間まで連れて来た。


「ミカエル、ラファエル、ウリエル、ガブリエル、カマエル、ザドキエル」


僕のベッドの周りに囲むように立っている心のない天使達は言葉を発する事無くただただベッドに横になっている僕を見つめていた。



後五分。



「......嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だっ!」


胸の中にどす黒い何かが渦巻いている。後数分と考えないようにしていても心の底では時間を数えてしまう。すると、次第に身体が震え始め、自分の意思とは関係なく目から大粒の涙が枕を濡らす。

シーツを握り締め。自分の無力に打ちひしがれる。

この世界で僕は無敵に等しい、宝を守る太古のドラゴンも宝剣や聖槍を装備したプレイヤーも全て倒して来た。どんな敵にもこのウラミガの神殿に足を踏み入れさせなかった。だからこそ終わり行くこの世界に何も出来ない己の力の無さに涙を出てくる。

泣いても泣いても泣ききれないぐらい底の深い悲痛な悲しみが全身を襲う。



後一分。



震える手でメニューを出し、ログアウトの上に人差し指を置く。



後三十秒。



呼吸が乱れる。目が霞み、身体の感覚が曖昧になっていく。



後十秒。



全身の力が抜ける。もう、目が殆ど見えない。



僅かな感覚の中でベッドの周りで何かが動いたような気がした。だが、今となってはどうでもいい。



後五秒。



僕は震えた手でログアウトのボタンを―――。






―――か......さま。


海の中に浮かんでいるようなまどろみの中。声が聞こえる。


―――かあ......さま。


全身の感覚が定まり、ベッドの柔らかさが伝わってくる。


―――おかあさま......お母様。


水の中から引っ張られる様に意識が覚醒する。瞼の裏から光を感じる。鼻から伝わる匂いと自分の部屋ではない事が分かった。


「んん......ん?」


目を開けると僕はまだベッドの上に居た。上体を起し、周囲に視線を移す。そこには、先ほどまで一緒に散歩をしていた従者達が膝を付き、頭を垂れている姿が目に入った。

そして、一人。僕の手を握り締めながら美女の存在。


「ミカエル?」


「―――っ! お母様!」


僕の声に反応し、カを上げる従者と僕の手を握り締めるミカエル。その目にはさっきの僕のように泣いていたのか目が潤んでおり、頬には涙が伝った後が見て取れる。


「「「お母様!」」」


「「「お父様!」」」


膝を上げ僕の元に駆ける様に近づくNPC達。その顔にははっきりとした表情が存在し、ついさっきとは大違いだ。それに何より―――。


「ログアウト出来なかったのか?」


「ろぐあうと? それはいったいどういった言葉でしょうか?」


「え?」


「?」


僕は咄嗟にメニューを開き、ログアウトの欄を食い入るように見た。すると、そこにはログアウトのボタンだけが、綺麗さっぱりなくなっているではないか。


「......」


ゲームと違い感情のある従者アバター。ログアウトのボタンがなくなっている。ゲームの不具合? それとも『アース』自体が壊れたのか?。......いいや。ゲームやゲーム機が壊れてログアウト出来ないなんて話聞いた事ないし、どちらかに不具合があれば強制的に意識が覚醒されるようになっている筈だ。

それにミカエル達のこと。普通の人間の様に話が出来る。ネイバーワールドのストーリーに僕のステージが組み込まれた時は言葉を話したことはあるが、それは予め用意された台詞であり、決して言葉の受け答えが出来るようなことはなかった。疑問を投げ掛ける様な事は無かったし、それに何より―――。


考えながら握られていないもう片手で不思議そうな顔をしたミカエルの頭を優しく撫でた。


「あの......お母様? どうかなさいましたか?」


頬を赤く染めながら気恥ずかしそうに俯きがちに僕を見る。


(こんなに表情が豊かではなかった)


「ううん。何でもないぼ、......私は大丈夫だ」


その言葉に身体の力が抜ける天使たち。ある者は涙しながら、ある者は身体を震わしながらアリアの言葉をまるで高級な食べ物をゆっくり味わうように噛み締め、歓喜するのだった。


(どうなってるの?)


頭の上でハテナマークを付けながら目の前で泣くNPCを呆然と見るしかないのだった。















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