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閑話 自己肯定感(ルカ視点)

「おはようございます、ソフィアお嬢様、今日も良い天気ですよ」

 わたし、ルカは朝一番にソフイアお嬢様の部屋へ入室すると、手早くカーテンを開けた。わたしが専属させていただいているお嬢様は、いつも使用人にも優しく何事にも平等な方です。そしてあまり好き嫌いもなく、文句も言いません。ただそんなお嬢様が、ルカは時々心配になるのです。

「おはよう、ルカ」

「いよいよ、今日ですねお嬢様」

「今日?」

「えー。覚えていらっしゃらないのですか? 今日はグレン様のお見えになる日ですよ」

「そういえば、昨日家令が言っていたわね。でも、何がいよいよなの?」

 そう言いながらがお嬢様は首をかしげる。あんなに大事なことを、お嬢様は本当に覚えていないようだ。というよりも、ことの重大さがあまりよく分かっていないように思えてしまう。

 ちょうど今から一週間前にグレン様がとても大きな花束を持って、お嬢様のお見舞いにお見えになりました。この屋敷に到着したばかりのグレン様の顔色の悪さといったら、びっくりするほど蒼白でした。よほどお嬢様たちのことが心配だったのだと思います。まあ、花束がソフイア様分だけではなく、ミア様の分もというところには、わたしは納得しないのですが。

 ミア様はソフィア様の一つ下の妹様です。ふわふわして、とてもかわいらしい印象のお嬢様です。ミア様付きの侍女に言わせれば、そのかわいさも努力のたまものだそうですが、正直言うとわたしはあまり好きではありません。いつでもうちのお嬢様を小馬鹿にして、見下しているのです。もっとも、お嬢様は全く相手にしていないので、余計にミア様をイラつかせているようなのですが、心優しいお嬢様にそんなことをする人のことなど、知ったことではありません。

「この前、グレン様が言っていたではないですか。大事な話があると。きっと、お嬢様に婚約を申し込むために決まっています」

 「それはないわね。私とグレンはよくて友達でしょ。一緒にいて苦痛ではないけど、今まで恋愛になんて発展しそうになったこともないわよ。意見がぶつかり合って、言い争いになったことなら何度かあるけど」

「お嬢様からしたらそうかもしれませんが、グレン様からしたら違うかもしれないではないですか。いつも側にいて、意見をし合い、いつしかかけがえのないものになっていた。みたいな?」

「そんなものかしら」

 お嬢様に直していただきたいところがあるとすれば、まさにここです。お嬢様は自己肯定感が低いというか、自分のことを分かっていらっしゃらないんです。国内でも稀有なアイスブルーのストレートの艶やかな髪に、夜を思い浮かべる濃紺の瞳。そしてとてもスラっとした体格に、わたしよりも豊満な胸、そして何より透明感のあるすべすべした肌。自慢ではないですが、こんなに美しい方は王都といえど見たことがありません。しかし、なぜかお嬢様はミア様といつも自分をお比べになり、自分の顔はキツイし愛想がないから他人から好かれないのだと言って聞きません。

「ミア様はグレン様と正反対すぎます。言い寄って、媚びを売るような令嬢は好みではないのではないですか?」

「まあ、それもそうだけど」

「とにかく、今日の主役はお嬢様なんですから、目一杯着飾りましょうね」

「いつも通りでいいと思うのだけど。それに、まだ主役と決まったわけではないのだから」

「お嬢様はいつも地味な恰好ばかりですので、たまにはいいんです。奥様からも申し付かっておりますから」

 お嬢様は、いつもドレスにしても地味な色合いのものばかり着たがります。そしてあまり欲がないのか、同じものを着まわしてみたりと、全然贅沢をしようとはしません。とてもお綺麗な方なので、何を着ても十分すぎるほど奇麗なのですが、着飾ればもっともっと、お綺麗なはずです。わたしは常日頃からもったいないと口酸っぱく言っているのですが、似合わないし、お金がもったいないと言って中々聞いて下さいません。しかし、今日ばかりはそうもいきません。なぜなら、奥様からもよく言われて来ているからです。奥様にこの前のグレン様との一連の話をしたところ、奥様も今日の主役はソフィアお嬢様だと確信していらっしゃるようで、必ずふさわしい恰好をさせてくるようにと言い使っています。

「お母様からも?」

 お嬢様はため息をつかれ、少し嫌そうな顔をなさりましたが、そんなこと気にしてはいられません。午前中のティータイムのお時間に、グレン様がお見えになるということなどで、あまりお時間がないのです。

「とにかく、着替えますよ」

 わたしはそれほど大きくないお嬢様の衣装棚を開け、ドレスを物色し始めた。普通の令嬢ならば、少なくともこの3倍くらいの大きさの衣装棚や宝石ケースを持っています。ミア様は3倍ではすまないと思うのですが。

「これにしましょう」

 わたしはお嬢様の瞳の色と同じ、夜の空を思い浮かべるような深い青のドレスを取り出す。おそらくこの衣装棚の中で一番高価なものでしょう。お嬢様は知らないと思いますが、このドレスは侯爵様が一目ぼれしてお嬢様の為にお仕事先の国外にて購入されたものです。お嬢様の瞳の色によく似ていて、華奢な体系のお嬢様にはこのマーメイドラインにドレスはぴったりです。

「ふつ―のでいいんだけど。もっと、ワンピースみたいな」

「ダメです」

 お嬢様の趣味に付き合ってしまうと、わたしが怒られてしまいます。

「これで胸が綺麗に見えますからね」

 やや大粒のグリーントルマリンのような青みがかった緑のネックレスは、グレン様の瞳の色に似ているので、きっと喜ばれるはずでしょう。

「肩が凝りそうね」

「お嬢様はまたそんなこと言って。さあ、着替えますよ」

 着替えと化粧、そして髪のセットに小一時間費やした頃には、病み上がりのお嬢様はややぐったりとしたご様子でした。申し訳なさもあるのですが、今日は本番のようなものです。ここは頑張ってもらうしか、仕方ありません。お嬢様の髪をハーフアップにしてから髪は軽く巻けば、波打つ海のようの美しく、女神のようです。

「これで、微笑んで下されば、落ちない男などいませんからね」

 重い足取りのお嬢様に太鼓判を押し、お見送りいたしました。


 それから小一時間もしないうちに、お嬢様のお部屋のドアが勢いよく開きました。お掃除をしていたわたしは、一体何事が起ったのかとビックリして声も出ませんでした。お嬢様は結った髪をほどいており、手にはネックレスと履いていたヒールを持っています。お嬢様はそのまま片手に持ったネックレスとヒールを投げ捨てたのです。本来、お嬢様はそんな乱暴なことをするお方ではありません。とても思慮深い方ですので。

「ごめんね、ルカ。しばらく一人にしてくれるかしら」

 お嬢様は疲れたような、気の抜けたようなそんな血の気のないお顔をしております。きっとグレン様たちとの席で何かがあったに違いません。わたしはなんてことをしてしまったのでしょう。決して乗り気ではなく、期待もしていなかったであろうお嬢様を、たきつけたのはわたしです。

「申し訳ありません、お嬢様」

 泣きそうになりながら、頭を下げて退出する。きっと泣きそうなのはわたしではなく、お嬢様のはずです。わたしに泣く権利はありません。まず一刻も早く状況を確認しなければいけないのです。本来はしてはいけないのですが、小走りに客間へ向かいます。誰か状況の分かる使用人がいるはずです。その使用人に聞けば何があったのか教えてくれるでしょう。

 階段を下りきる前に、客間から旦那様が出ていらっしゃいました。どこか気落ちしたような、そして怒っているような表情をしています。走っていたことがバレてはいけないので、わたしは立ち止まり端に寄ります。

「ん、お前は確かソフィア付きの侍女だったな」

「はい、ソフィア様付きの侍女、ルカにございます」

「少し話がしたい。私の部屋へ来なさい」

「はい、旦那様」

 侯爵様は、城で外務を担当されております。そのため、この屋敷にお戻りになることはあまり多くなく、城と他国との交渉などでとても忙しい方です。なのでわたしのような者が声を掛けられること自体、初めてのこと。なんだかとても、落ち着きません。しかし侍女たるもの、それを顔に出してはいけないと教わりました。

 旦那様は執務室へ入ると、ドアに鍵をかけるように言いつけられました。おそらく誰にも聞かせられないお話なのでしょう。旦那様は椅子に座り、深いため息をつきました。いつもより表情は幾分か暗く、眉間にはそれはそれは深いシワがあります。

「ソフィアから、そなたには何か言われたか?」

「いえ、ソフィア様はお部屋に戻り次第、しばらくお一人になりたいとだけ」

「落ち込んでいたか?」

「おそらく……。あのように取り乱すソフィア様はお仕えさせていただいて以来、初めてお見受けいたしました」

「そうか……。やはり、落ち込んでいたか……」

「あの、何があったのかお聞きしてもよろしいでしょうか」

 本来ならば、こんな質問は許されるものではありません。でもこれは好奇心ではなく、お嬢様のお心を守るためには知っておかないといけないと思うのです。

「マクミラン公が、ミアに婚約を申し込んだ」

 侯爵様はやや考えた後、吐き捨てるようにお答えくださいました。

「!」

 驚きのあまり、言葉が見つかりません。

「ソフィアは、グレン殿のことを……」

「口では、恋愛感情はないとおっしゃっておりました。グレン様とご自分は親友でしかないと。ですがとても仲がよろしかった分、ショックも大きいかと」

「そうか……。そうだな……。悪いがしばらくは他の者にも協力してもらい、ソフィアから目を離さないようにしておくれ」

「かしこまりました」

 うなだれる旦那様に挨拶をすると、私は退出した。グレン様はソフィアお嬢様へ求婚なさるものだと、きっとこの家の誰もが思っていたはず。だから旦那様もあの場にソフィアお嬢様を呼んでいたに違いありません。わたしごときではグレン様の思いを知ることはないでしょう。でも、これではあまりにもお嬢様がかわいそうです。旦那様の言うように、もし、万が一があってはいけません。交代でお嬢様の部屋の前に待機する準備をしなければ。お嬢様こそ、幸せになって欲しい。わたしは決意を新たに、侍女の控室へ向かいました。


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