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呪縛

 行儀が悪いとは思いつつ、歩きながら結った髪を下ろし、重たいネックレスを外す。そして小走りに二階の奥にある部屋に到着するころには、ヒールも片手に持っていた。そのままの勢いでドアを開けると、部屋の中にネックレスとヒールを投げ捨てる。ヒールは綺麗に弧を描きながら、落ちる。

 部屋の中にいたルカが、いつもと様子の違う私に驚いたような表情をしていたが、今の私にはそれを構う余裕はない。

 ベッドに顔からダイブすると、ひんやりとした冷たさが全身に広がり、とても心地いい。

「ごめんね、ルカ。しばらく一人にしてくれるかしら」

「申し訳ありません、お嬢様」

 ルカは泣きそうな声で、頭を下げると退出していった。何かを考えなければいけないはずなのに、頭の中には先ほどの光景しか思い浮かばない。

 期待していたわけではない。別に、恋愛感情としてグレンを好きなわけではない。だとすると、ズキズキと痛むこの胸は何なのだろう。グレンに選ばれなかったという事実か、ミアが選ばれたという事実か。

「ああ、嫌な子だ……」

 本来なら、祝福すべきことなのだろう。それに妹という存在から離れられる絶好のチャンスなのに。ただなんとなく、結局はグレンもミアを選ぶのかという事実にがっかりしたのかもしれない。この世界で、いや、今まで全ての人生において、初めて出来た親しい人がミアを選んだということが思いのほか私の心に重くのしかかっていた。

 ドアをノックする音が聞こえてくる。

「ルカ、今は」

「ソフィア、僕だけど、少しいいかな。君とどうしても話したくて」

「グレン……。どうぞ」

 ベッドから起き上がり、そのまま縁に腰掛ける。

「悪かったね、こんなことに付き合わせてしまって」

 少しも悪びれた風のない顔をしている。

「あんまり、悪いと思ってなさそうだけど」

「そうかい」

「で、何?」

「怒っているのかい?」

「別にそういうのではないわ。大体、私が何に対して怒るというの」

「妹を親友にとられたことに対して? いや、逆かな。親友を妹にとられたことに対して」

 親友だと思ってくれていただけ、まだマシだと思える自分がいることに気付いた。

「グレンあなたって」

「違ったかい?」

「まったく、びっくりするほど、強気ね。そう思うのは勝手だけど、そんなこと言うためにかわいい婚約者様を残して来たの?」

「いいや。彼女は侯爵夫人とドレスの打ち合わせをすると言っていたらからね。忙しそうだから退出してきたのさ。そして、なぜ彼女を選んだのか聞きたいかなと思って」

「惚気なら、よそでしてちょうだい」

「違うよ。親友だと思ってくれているという部分だけは、自惚れてもいいかな?」

「別に否定はしないけど」

 グレンはドアの前で立ちながらも、素っ気ない私の返答に満足げだ。

「僕と君とはとてもよく似ているからね。その答えで十分さ。でも、だからこそ、僕は君を選ばなかった。僕にとっては、似ているではダメなんだ。同じもの同士は、いくら掛け合わせても同じでしかない? 君といると落ち着いて心地良いけど、それでは何も変われないからね」

「変わる……」

「今度の王家主催の夜会で、上には婚約を報告するつもりだ。その時にソフィアに会わせたい人がいる。あまり行きたくないだろうが、考えて欲しい。僕が今言ったことも含めてね。良い返事を待っているよ」

 グレンは私の返事を待たず、手を振りながら部屋から出て行った。

「また勝手なことを言って」

 思わす手近にあった枕を、グレンの出て行った扉に目がけて投げつける。軽い枕は扉にあたることなく、床へと落ちた。

 変わる。その言葉が突き刺さる。確かに私とグレンはとても似ている。物静かで、誰とも群れず、一人で黙々と進めていくタイプだ。人に頼るのも、人から愛させるのも苦手で。

 そうか、ソフィアは瑞葉そのものだ。私は瑞葉からソフィアになって、記憶を取り戻すまでの今まで、瑞葉という人間と何か違うとこはあっただろうか。別の人として生まれ変わったはずなのに、気づかぬうちにまた同じような人生を繰り返していた。まるで逃げられない呪縛のように。

 せっかく生まれ変われたというのに、私は何をしてるんだろう。父と母の顔色を窺い、妹を避けながら当たり障りのない姉を演じる。そんな人生なんて。

「これじゃ、瑞葉の時と全然変わってないじゃない。もう一度同じことを繰り返すの?」

 変わらなきゃ。変わりたい。グレンがせっかく作ってくれたきっかけだもの、今度こそソフィアとして何もかもやり直そう。握った手に力を入れた。そのためにやれなければいけないことは分かっているから。

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