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合わせ鏡の呪縛。転生して双子というカテゴリーから脱出したので、今度こそ幸せを目指します。  作者: 美杉。(美杉日和。)6/27節約令嬢発売中


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閑話 作り物の笑顔(瑞希視点)

「お母さん」

「なぁに、瑞希」

「夏休み、どーする?」

「そうねぇ、やっぱり今年は海の見える旅館で温泉に入りながらゆっくりしましょう」

 母はいつもわたしのことを気にかけてくれた。双子のうちのわたし一人だけ。母は元々とても不器用な人だった。しかし双子のわたしたちを産み、家庭を省みない父の代わりに一人で育てるうちに、母は心に病を抱えてしまっていた。

「瑞希はいつまで経っても甘えん坊ね。母さんがいないと、全然ダメじゃない」

 これが母の口癖だ。でもわたしは母の腕に自分の腕をからめ、甘える。違う……甘えたフリをする。母が望む子どもを演じていれば、わたしだけは愛してくれるから。

「だって、母さんが大好きなんだもーん。でも、ホントにいいの? 瑞葉は誘わなくて」

「あの子はいいのよ。自分で何でも出来るから」

「ま、そーだね」

 これは本当のことだ。いつも瑞葉は、なんでも器用にこなすことが出来る。わたしが何度も何度も努力してやっと出来ることでも、すんなり出来てしまうのだ。

 そして何より、この関心を示さない父と母の元でも、瑞葉は誰よりも強く輝いて見える。

「さあさあ、遅刻するわよ。お弁当持った? 忘れ物ない?」

「……いってきます」

 じゃれつくわたしたちの脇を、瑞葉が空気のように通り過ぎる。

「瑞希聞いているの?」

 母は瑞葉と朝の挨拶を交わすことも、こんな風にいつまでも子ども扱いすることもない。ただ瑞葉にとって、これがどれだけ残酷でどれだけ苦痛なのかは少し分かる。

「ハンカチは? 今日は雨が降るかもしれないから傘も持たないと」

 その瑞葉の分までも、母にとってわたしはいつまでも小さな子どもで、いつまでも母の望む良い子でなければいけないから。

「大丈夫よ、母さん。雨がもし降ってきたら誰かに入れてもらうから。今日、こんなにいい天気なのよ。どうせ降ってもすぐ止むよ」

「それもそうだけど……。今日はピアノのレッスンだから、早く帰ってくるのよ」

「はーい。いってきまーす」

「はい、いってらっしゃい。車に気を付けてね。変な人に付いて行っちゃダメよ」

「何かあったら、すぐ電話するね」

「ええ、そうして」

 玄関を出て、大きく手を振る。母の瞳はわたしを見ているようでその実見てはいない。母の母である、祖母と母との関係は、ちょうど瑞葉と今の母の関係だったようだ。叔母から聞いた話では、祖母は長女である姉だけ溺愛し、妹である母をないがしろにしていた。そして事あるごとに、母にだけは冷たく当たっていたようだ。まるでその仕返しを実の子にしているように思える。双子とはいえ、妹である自分の分身だけを愛し、自分にして欲しかったことをわたしを通して叶えようとしているのではないか。

 わたしは、わたしなのに。せめて瑞葉の様な強さがあれば……。


 頬杖を付きながら、教室の窓から校庭を眺める。ちょうど瑞葉のクラスは外で何かの授業だったのか、日差しを避けるように顔に手を当てながら校舎を見上げる瑞葉と、視線がぶつかる。しかしわたしに気付いたのか、瑞葉はすぐに視線を外した。

「ねえ、瑞希、夏休み瑞葉ちゃんって何してるって言ってた?」

 授業は終わっていたのか、隣の席の子が声をかけてきた。そしてわたしを囲むように数名の女子たちが集まってくる。

「ん、瑞葉? どうして? たぶんいつも通り、町立の図書館にいると思うけど」

「そーなんだ。じゃ、そこに行けば会えるね。勉強教えてもらおうと思って」

「えー、一人だけ抜け駆けなんてずるいよ。私も教えてもらいたーい」

 どうやらこの子たちは明日からの夏休みの過ごし方についての話をしているようだ。わたちは今高校二年の夏であり、早い子はもう受験勉強が始まっているから。

「え、でもなんで瑞葉なの? あれだったら、わたしも教えるよー」

「いいよ、いいよ。だって瑞希、夏休みは部活とかもあるでしょ。秋で部活も卒業だもんね。邪魔しちゃ悪いし」

「そーそー。それに秋の合唱コンクールも伴奏するんでしょ。忙しいだろうから、いいよ」

 どこが本心なのだろうと、みんなの顔を眺める。みんなにこやかに笑っていて、その中心にいるのに、その距離はどこか遠い。

「うん、そうだね」

 わたしが望む答えを返すと、皆満足げだ。

「瑞葉ちゃん、教えるの上手いから隣のクラスの子が順位一桁になったらしいし」

「それ、すごいねー。てことは、瑞葉ちゃんも一桁ってことでしょ」

 瑞葉は確か、学年順位はだいたいいつも2位だった気がする。それに比べてわたしはいつも二桁だ。全学年で五百人ほどいるので、決して順位は低いわけではない。だけど、このままではみんなが瑞葉に取られてしまう。

「ねぇ、じゃあ今度みんなでうち来ない?」

「え、いいの、瑞希」

「大丈夫、大丈夫。みんなで勉強しようよ。もちろん、瑞葉も捕まえておくし。ほら、瑞葉引っ込み思案なとこあるから一対一とかだと嫌がるかもしれないけど、わたしからみんなにって言っておくからさ」

「さっすが、瑞希ー。じゃ、そーしよー」

「それならうちも行くー」

「じゃ、また帰ったら連絡するねー」

「うん、よろしくー」

 そう言いながら、わたしを囲んでいた輪が離れていく。帰ったら、母と瑞葉に頼み込まないといけない。母はわたしの我儘を気に留めることはないと思うが、瑞葉はまたとても怒るだろう。でも仕方ない。こんなことでこの輪の中心としての立場を失うわけにはいかないから。例え、見せかけだけのものだとしても。

「瑞希、大丈夫?」

 後ろの席に座っていた子に声をかけられる。この子は幼稚園からずっと一緒のいわゆる幼馴染だ。とはいっても、ただ一緒だったというだけで取り分け仲がいいというわけではない。もちろん悪いわけでもないのだが、ずっと一緒なだけに逆に、距離感はつかめない。

「ん? なんで? もちろん大丈夫だよ」

「……それなら、いいんだけど……。何かあったら……」

「……」

「ううん、なんでもない。また、夏休み明けね」

「うん、また休み明けねー。ばいばーい」

 作り笑いで全てを覆いつくす。

 疲れた。家も、教室も。いつだって、わたしは求められる誰かを演じているだけ。これはこの苦痛はいつまで続くのだろう。


 じりじりと焼け付くアスファルトの上を、やや下向きながら歩く瑞葉を見つける。瑞葉が大体図書館で潰す時間を計算して、早めに部活を終わらせておいて正解だった。

 汗が、頬を伝う。まるで涙のようなその汗を持っていたタオルで拭った。いつ変わるとも分からない、田舎の長い信号。それをややイライラした様子で待つ瑞葉。本当になんてタイミングがいいのだろうと心の中で呟く。

「姉さーん。遅かったんだねぇ」

 声をかけたのが誰か分かっている瑞葉は、振り向きもしない。

「ねー、無視しないでよぅ」

 双子なだけあって、わたしたちは本当によく似ていた。向かい合えば、まるで合わせ鏡の前にいるかのように、声でさえ同じで親でも全く同じ格好、同じ髪型、同じ喋り方をすれば見分けはつかない。

「別に無視しているわけじゃないけど」

「でもなんか冷たいし。なんか、怒ってるのー?」

「怒ってはないわ。ただ、姉さんと呼ぶのやめてって、言っているよね」

「なんだ、そんなこと。まだそんなこと言っているの? 戸籍上は瑞葉が長女なんだから別にいいじゃない」

「そういう問題じゃないでしょ」

「えー。何それ、じゃ、どーいう問題なのょ」

 小馬鹿にしたように、わたしが笑うと、瑞葉は振り返って睨みつけてきた。わたしは瑞葉のこの感情をむき出しにしたような瞳が好きだった。自分が自分の思うような感情を出しているようでもあり、唯一ちゃんとわたしのことを見てくれている。

「ねぇ、夏休みはどーするの? また図書館?」

「別になんだっていいでしょ」

「何だって良くないよー、家族なんだし。そうそう、母さんが、今年は花火が見える旅館に泊まりたいって言っていたの知ってるぅ?」

「……」

「あれー、母さん、姉さんに言うのを忘れたのかなぁ。もう1ヶ月くらい前からずっと言っていたのに」

 クスクスとわたしは笑えば、瑞葉は余計に不機嫌になる。

「そう……」

 瑞葉が高校を卒業したら、自分に興味を示さない家族を捨てるつもりだということは知っている。でも、そうしたら残されたわたしはどうなるのだろう。あの家で、あの場所でたった一人で生きていく。そんなこと、耐えられるのだろうか。わたしを見てくれるこの瞳がない世界なんて。

「あ、青になったよー。早く渡っちゃお」

 ややうつむいて、ぼんやり考え事をしていた瑞葉に声をかける。暗い感情を押し殺し、ただにこやかな声で。

「やだぁ、雨降ってきたしー。傘ないのに、最悪」

 母の言ったいことは正解だったのか。入れてもらえる人なんていないのだから、見栄を張らずに折り畳みでも持ってくれば良かった。

 信号を渡り始めたあたりで、ぽつぽつと雨が降ってきた。先ほどまでせわしなく鳴いていた蝉の声は消え、アスファルトから雨の匂いが立ち込める。

「もー、急がないと」

 わたしは小走りで信号を渡りだす。そこに微かに、横から来るトラックが見えた。向こうの側の信号はまだ赤だ。それなのに、携帯か何かに気を取られているのか、トラックがスピードを緩める気配はない。トラックには気づけても、もう距離的にどうにもならない。

 もうどうでもいいや。全てに疲れてしまった。

 自分の周りのすべてがスローモーションで進みだす。瑞葉はと、それだけが急にこわくなり振り返る。しかし瑞葉がわたしの手を掴むと、引き寄せた。その瞳はただ必死にわたしだけを見ている。幼い頃に戻ったような気分だ。怒っていない瑞葉の瞳を見たのは、いつぶりだろうか。わたしはずっと……。

 ドスーンという大きな音が耳をつんざく。

 目の前が一瞬真っ暗になり、目を開けるとそこには目を閉じた瑞葉の顔があった。体の全てがただ熱く、身動きも取れない。でもその中で確かなことは、アスファルトへ広がっていく真っ赤な赤い瑞葉の血液。

「……なんで……」

 その疑問にもう瑞葉は答えない。なんでわたしを助けたの。わたしのこと、ずっと嫌っていたはずなのに。

「いやだ」

 わたしの願いは一つだけ。わたしを置いて行かないで。

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