夢
――通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの――
信号が青に変わる音がして、前を向いた。数歩先を、母と手を繋いだ瑞希が歩いている。いつもの光景だった。私が信号を渡らなくても、母が振り返ることはない。ただ瑞希だけを見つめ、二人で楽しそうに信号を渡っていく。
母は決して、私が嫌いなわけではない。ただ不器用な人で、同時にいくつものことをこなすというのが苦手は人だ。そして甘え上手な瑞希は、常に母にべったりだった。そんな関係性から、母は瑞希の面倒を甲斐甲斐しく見た。私が自然と自分のことを自分でこなすようになるのに、さほど時間はかからなかった。
迷惑をかけなければ、自分で全て終わらせれば、母が褒めて可愛がってくれると信じていた。でも現実は、あの子は何でも自分一人で出来るからいいのよと、捨て置かれた。
「お母さん……」
動けずにいる私は声を上げた。振り向いたのは、母ではなく瑞希だった。口角を上げてにたりと笑い、繋いでいる手を大きく揺らす。まるでこれは自分のものだと見せつけるように。
泣きそうになるのを堪えて、横を向くと今度は父が家の中にいた。
父は大きな会社の課長まで昇りつめた人で、仕事人間と言っても過言ではないくらい、家にあまり寄り付かない人だった。いつも帰ってくるのは時計が12時を過ぎた頃帰ってきて、朝は私たちが起きる頃に出社してしまっていた。たまの休日に家にいたとしても、眉間にしわを寄せ新聞を読んでいるだけだった。
「お父さん、あのね……これなんだけど」
「もうお前も大きいんだから、そんなもの自分で何とかしなさい」
やっとの思いで、聞いて欲しくて声をかけてもいつも答えは一緒だ。父は、愛想も会話の仕方も、全て会社に置いてきてしまっているんだと言い聞かせる。
「おとーさーん」
「……」
さすがの瑞希にも父は無反応だ。しかし瑞希は少し考えた後、新聞を読む父の懐に潜り込む。父は眉間のしわをさらに深くしたものの、膝にちょこんと座る瑞希に何も言おうとはしない。
そしてまた勝ち誇ったような瑞希と目が合った。
「!」
私は走って玄関から飛び出す。
「お嬢様、行かれるんですか?」
振り返った先に、ルカがいる。そして目の前にはあの日、見た店がある。進みたくない、見たくないと思うのに体が勝手に進み出す。
小窓からは、キースの腕に自分の腕を絡め、商品を楽しそうに選んでいる二人がいた。
「いやだ」
大粒の涙がぽとぽと落ちる。何もかも、欲しいものは全て自分の物にはならない。そんな現実。
「姉さんがいけないのよ、ちゃんと欲しいものは欲しいと言わないから」
小窓から瑞希の、ミアの声が聞こえた気がした。そしてまた大嫌いなあの勝ち誇ったような笑みを浮かべている。




