拒絶
帰宅後、ルカのたちの手を借りて誰が私の行動をミアに逐一報告していたのかを突き止めることが出来た。予想していた通り、ミアの専属侍女の二人が御者と手を組み私の情報をミアに流していたのだ。侍女と言うのは、時として家族より距離が近い。しかも専属ともなれば、大概どこに行くにも行動を共にしてくれる。そのため家から出る給金の他に、感謝の気持ちとして個人から侍女へ物やお小遣いを払うこともある。そうして長く仕えるうちに、主人が本来の雇い主である当主ではなく、仕える個人へと勘違いを起こしてしまったのだろう。ただ今回の件は、そのままうやむやには出来ない。いくら相手が妹だったとはいえ、侯爵家の令嬢の行動を他の人間に漏らすなど、あってはならないことなのだ。
「ミアに加担していた侍女たちは、みんな解雇することにしたよ。ミアも家でしばらく謹慎させようと思ったんだが、侍女たちを連れて領地へすでに出て行った後だった。しばらく向こうで頭を冷やすだろう」
父はややため息混じりに、私のベッドサイドの椅子に腰掛け、事後処理の説明をしてくれている。やはり誰の耳にも入れないというわけにも行かず、父へと相談するとすぐその日のうちに対応してくれたのだ。それが昨日で、おそらく処分を察したミアが侍女たちを連れて、領地へ逃げたのだろう。
「逃げたところで、婚約の話を進めなくてはいけないのに、ミアはどうする気なのか……」
「今回、この事態を知っているのは私とお父様だけです。大事にならなければ」
「そういう問題ではないんだよ、ソフィア。根本的にミアが変わらなければ、この先必ず同じことを繰り返す。その時、離縁という形になって、困るのはあの子自身だ」
確かに、この世界では貴族の女性は婚約者や配偶者以外とは二人きりになってはいけないという暗黙のルールがある。前の世界では普通に出来たことも、ここではしてはいけないことが本当に多い。記憶が戻っているミアなら、それを堅苦しいと思うのも仕方ないことではあるのだろう。
「体の具合はどうだい?」
「熱も下がったのですが、まだ体が少し重たいです」
全ての報告が終わった後、気が抜けたのか私は熱を出してしまった。熱は頂いたお薬ですっかり良くなっているのだが、一人になるとどうしてもあの時の光景を思い出してしまうのだ。
「ゆっくり休むといい。ミアの婚約が決まってから、ずっとバタバタしていたから疲れが出たんだろう」
「そうかもしれません」
「殿下におまえのことを聞かれたが、風邪を引いて休んでいるとだけ伝えてある」
父には、ミアが私のことを侍女を使って監視し、追いかけ回していたとは伝えたが、具体的にキースの名前は出さなかった。それでも父が殿下と具体的に名前を出すということは、きっと父の耳には全て入ってきているのだろう。
「ここは、おまえの家でもあるのだから、しばらくゆっくりしなさい」
父はやや複雑そうな顔をしながら笑うと、私の頭をなでた。その手は温かく、モヤモヤとした感情も少しだけ消えていく。
「あとこれを預かって来たのだが、これはもう少し体調がよくなってからでいいと思うからしまっておきなさい」
差し出された手紙に押された封蝋はキースのものだ。風邪だと伝えたために、心配して届けさせたのだろう。
「熱も下がったのにいつまでも寝ているわけにもいかないので、一度王城へ行き、キース様への挨拶とグレン様へ数日ミアが領地へ戻ったことだけ伝えてきます」
「しかし」
「ちょうど報告しなければいけないこともありますので、少しだけ行って、すぐ戻って来ますわ」
「それなら暖かくして、少しの時間にしなさい」
「はい、そうします」
馬車の中で読んだ手紙には、私の体調の心配と会いたいという言葉が書かれていた。
逃げたところでという父の言葉は私にも当てはまる。この先、キースとの関係をどうするのかちゃんと答えを出さないといけない。そう、ちゃんと考えないと。
正門にて用向きを伝えると、すぐさま執務室まで通された。
「ソフィア、もう起き上がっても大丈夫なのか」
全ての仕事を放りだし、キースが迎えてくれる。そして私は勧められるままにソファーへと腰かけた。
「あまり顔色が良くなさそうだが」
奥から書類を抱えたグレンもやって来る。
「そうね……。だから今日は少しだけ。ギルドより報告は入っていますか?」
「魔物の肉とか言っていたやつか」
「ええ。この前キースと行った時に、魔物の肉を用意してもらうようにお願いしていたの」
「昨日、俺のとこにギルドからお礼が来ていたぞ。なんでも、とても好評だったと」
「美味しかったですよ。皆さんもとても喜んでいただけて、宴会のようになっていましたけど」
向かい側に来て座ったグレンが、何か考えるように私をじっと見つめていた。
「まさか、ソフィアも魔物の肉を食べたのかい?」
「ソフィア、そのせいで具合が悪くなったんじゃないか? すぐに宮廷医を呼ぼう」
「ちょっと待って下さい。毒や中毒なんてことはありませんから」
「いやしかし」
「本当に美味しかったです。うちの侍女も食べましたが、何ともないです」
父以外に、こんなとこにも過保護な人が二人もいるとは思わなかった。昨日、アンジーさんからも手紙をいただいたが、美味しかったので今度またレシピを教えて欲しいということだったのに。
「二人とも、さすがに失礼ですよ。まるで私の料理が毒みたいに言って」
ぷーっと頬を膨らますと、グレンが横を向き、キースは盛大に噴き出す。
な、何。私、何かおかしなこと言ったかしら。
「違うんだ、ソフィアの料理がダメだったと言ったわけではないんだ。魔物の肉が、合わなかったのかと思ったんだよ。それにしても気にする点が、あまりに違うから」
「まさか、貴族の令嬢が本当に魔物の肉なんて食べるとは思わなくてね」
「魔物の肉を食べるって、そんなに変なことでした?」
「変ではないかもしれないが、普通の貴族だったら魔物と聞くだけで嫌悪感を表すだろう。ましてや、それを調理しようなんて思いつきもしないさ。ソフィアはどうして調理しようなんて思ったんだ?」
急にグレンが真顔に戻る。ただの質問のようで、それでいて他の何かを探るような感じだ。
「食糧問題を考えたときに、肉っぽいものなんて魔物以外には思いつかなかったからよ。もちろん、食べられるかどうかは、半信半疑だったけど。でも実際に、冒険者たちの中にはすでに食べている人がいる方が私は驚いたわ」
「ま、冒険に出てれば食糧問題はどこまでも付いて回ることだからな。前に騎士団の遠征について行った時に食べた携帯食のまずいことと言ったらないさ。毎日あれを食べるくらいなら、魔物でも何でも焼いて食べたくなる気持ちも分かる」
キースの出した助け舟に、グレンは眉を顰める。元々とても頭の良いグレンは、私たちのことを何か気付いているのかもしれない。それならば尚更に慎重にならないと。
「そんなにまずいのですか、携帯食って」
「あれは確かに砂か、石を食べているような感じですね」
保存のきく携帯食というくらいだから、乾パンみたいなものなのだろうか。
昔、賞味期限が切れると言われて食べたことはあるけど、砂や石というほどひどいものではなかった。そう考えると、こっちの携帯食は何で出来ているのだろう。
「一度、食べてみたい」
「……」
二人は本当に珍しいものでも見るように、見ていた。
「え。そこまで言われたら、普通食べてみたくなりますよね?」
「基本が変わっているんですね」
「グレン、せめて好奇心旺盛と言わないか」
この場合、どちらもあまりいい意味とは言わない。怖いもの見たさなので、仕方ないじゃない。
「そうだ。この前のお礼も兼ねて、渡したいものがあるんだ」
執務室の引き出しから、綺麗にラッピングされた箱をキースは取り出す。そしてニコニコしながら、私の前に置いた。中身を見なくても、これが何か分かる。
「ありがとうございます」
引きつらないように、上手に笑う。これはキースが私のために選んでくれたもの。そう言い聞かせているのに、ズキンズキンとどこかが痛む。手を伸ばして受け取らなければと思えば思うほど、体が固まったように動かない。痛みで世界が占められたように、音も消えていった。
それでも箱に触れようとした私の手を、立ち上がったグレンが掴む。その瞬間、私の中の世界が音を取り戻した。
「顔が真っ青だ」
もしグレンが止めてくれなかったら、私はどうしていたのだろう。どんな顔で、どんな思いでこの箱に触れようとしていたの。
「……気持ち悪い」
精一杯の言葉を絞り出す。言い終えると、強烈な吐き気と共に、世界がぐにゃりと歪んだ。
「ソフィア」
「誰か、すぐに宮廷医を」
遠のく意識の中で、二人の叫ぶ声だけを聞いていた。




