醜い心
片づけを終えて、ギルドを出る頃にはすっかり日が傾きかけていた。お礼をというギルド長の申し出を断り、すっかりお酒の入って出来上がった冒険者たちに挨拶をしてようやく解放された。
「それにしても、すごかったですねお嬢様」
「そうね。まさか、握手を求められるなんて思わなかったわ」
「お嬢様が全ての人に優しくするからですよ」
「でも、楽しかったわ」
普通の侯爵令嬢ならば足を踏み入れないような場所で、それもキースがいなかったら会話をすることもなかった人たちと、まるで仲間になったかのように騒ぐ。そのノリは、なんだか高校の文化祭の打ち上げのようだった。あの頃は参加すら出来なかったけど。
「ルカはお嬢様が楽しそうにされているなら、いいんですけど」
「ありがとう、ルカ。さあ、急いでお土産を買って帰りましょう」
ミアに何をあげれば喜ぶのだろう。ソフィアに転生してからも瑞葉だった頃の苦手意識からか、無意識のうちにミアとはあまり仲良くしてこなかった気がする。瑞希にも、何かあげたことがあるとすれば、小学校の頃にクマのぬいぐるみをあげたくらいだろうか。
「この歳になって、人形というのもね……。んー、何がいいかしら」
お菓子が無難なところだが、それだと少し安っぽくはないだろうか。
「お嬢様」
その場で、うんうんと考え込む私にルカが声をかけてきた。
「どうしたの、ルカ」
「あの馬車、侯爵家の物じゃないですか?」
ギルドの斜め向かいの店の前をルカが指さす。そこには確かにうちの家紋が入った馬車が停められていた。私たちはまだ買い物があるからと、帰りの馬車は呼んではいない。そう考えると、あの馬車を使っているのはおそらくミアだろう。
「こんなところで、何か買い物かしら」
向かいの店の看板には装飾品店と書かれている。ミアがいつも好む、高級品店ではない。それなのに、こんなところで買い物をするなんて、と、ふとそんな疑問が頭をもたげる。私がここにいるのを知っていて、わざと当てつけをしているかのように思えた。
「……考えすぎよね」
馬鹿馬鹿しいと頭を振り、店に向かって歩き出した。
「お嬢様、行かれるんですか?」
「中にいるなら、一緒に選んでプレゼントすればいいわ。そうすれば、何にするか考えなくてもいいし」
「それはそうかもしれませんが……。ですが、ここはやっぱり他のお店できちんとお嬢様が選ばれた方が、喜ばれると思いますよ」
あまりいい予感のしない出来事に、ルカが止めに入る。しかし、私は歩みを止めることはない。まるで吸い寄せられるように、店に近づいた。どうしても確認したかったのだ。ミアが何を考えられるのかを。
「!」
「お嬢様?」
店の小さな小窓から見える風景に、私は言葉を無くした。一番見たくないものだった。今自分の顔が、どれだけ醜いかなんて見なくても分かる。
クルクルと可愛さをいっぱいに振りまきながら、キースに語り掛けるミア。二人はショーケースに陳列された商品を並んで見ていた。優しそうなキースの横顔。そして時折、キースの腕をポンポンと叩いては、この商品はどうかと勧める仕草を見せるミア。それは、まるで恋人同士のように見えた。
「……」
店のドアに手をかけ、そしてその手に力を込める。いろんな思いが、頭の中でぐちゃぐちゃになっていた。まるで混ぜすぎて灰色になってしまった絵の具のように。
「……お嬢様」
思いきり咬んだ下唇から、かすかに血の味がした。そして息を吐いた後、急に冷静に頭が動き出す。私には今のこの状況をとやかく言う権利はない。キースには婚約の返事をしてはいないし、私はミアに姉たることをしてきてはいないのだから。
「帰りましょう。疲れてしまったわ」
「はい、お嬢様」
それにしてもこんな偶然は、もちろんない。おそらくミアが侯爵家の誰かに頼み、私の行動を把握しているのだろう。そう考えると、ミアの行動は異常だ。そんなにまでして、私を苦しめたいのか。
「ルカ、帰ったらすぐに信頼をおけるものを連れてきてちょうだい」
この先、あの子が嫁いだ後もこんな状況が続くならば耐えられない。そのためにはまず、ミアの協力者を探し、辞めさせなければ。
「すぐ手配いたします」
「そうして」
そしてこのことを、グレンの耳に入れるかどうか。婚約者が決まった身でありながら、他の男性と一緒にいるなんてありえないことだ。グレンの耳に入れば、白紙に戻る可能性すらあるのに、ミアは何を考えているのだろう。
私は今一瞬、何を考えていた?
ミアとグレンの婚約が白紙になったところで、私にはダメージ以外の何ものでもないのに。でもそれでも、私と同じ思いをすればいいと思ってしまった。そんなことを思う自分に、また苦しくなることも分かっているのに。




