気づき
あれからつみれ汁を全員に振る舞い、さらにトカゲを大きくしたようなモンスターだというバジリスクの肉をカツレツにしたものも出した。しかし、かなりの量があったにもかかわらず、あっという間になくなってしまった。
「あれだけ作っても、これだけしか残らなかったのですね……」
ルカがさみしそうに、辺りを眺める。途中で自分たちの分が残らないと察したため、つみれ汁を三人前とカツレツを三枚だけは残しておいたのだ。
「やっぱり体を動かす仕事をする人たちは、胃袋も大きいのよ、きっと」
「ただ単に美味しかだけだと思うわよ」
「あ、ありがとうございます」
アンジーさんが用意してくれたお茶を受け取る。紅茶とはまた違う、香ばしい匂いがした。味もほうじ茶とウーロン茶の中間のような味だ。ご飯を食べる時にはこっちの方が合うと思う。
「ソフィアお嬢様の作ったこのスープ、本当に美味しいですよ。これが魔物の肉だなんて、絶対に分からないですよ。もっとも、分かってもこの味なら食べちゃいますけどね」
「ホントね。これが魔物だなんて、びっくりよね」
つみれをフォークでつつきながら、二人が関心そうに頷く。しょうがとネギ、あとはお酒で臭みを飛ばした肉は、ただの肉よりも濃厚で、コクがあるため汁にもいいダシが出でいた。
「初めソフィアちゃんを見たときは、さすがに貴族のご令嬢なだけあって綺麗だわーって思ったけど、そんな子が魔物料理までしちゃうなんてね」
「綺麗だなんてそんな。私より綺麗な人なんて、たくさんいますし」
「何言っているんですか、お嬢様は社交界でも五本の指に入るくらいの美しさなんですよ」
「ほら、やっぱり」
「ルカ、大げさよ。社交界でなんて、私以上のひとばかりじゃない。それに、小さくてクルクルと動くルカは小動物のように可愛いし、アンジーさんはスリムなのに胸が大きくて羨ましいし」
ルカはうちの侍女の中で、特に可愛い。大きなくりくりっとした紫の瞳に、グレーの短い髪で、私より小柄な体格で動き回る姿はまるで子リスのようだ。アンジーさんも健康的な小麦色の艶やかな肌に、たわわな胸。たくましく、私とはまるで正反対のような強い美しさがある。
「あーやだやだ、この子は。これは相当たちの悪い無自覚ね」
「そうなんですよ。もっと言ってやって下さい」
「無自覚って、何なんですか。さっきギルド長にも言われましたが」
「触れれば溶けてしまうのではないかというような、氷の花のように美しい人に、可愛いとか言われてもねぇ」
「はい。ソフィアお嬢様、謙遜すぎるのも、一歩間違えるとただの嫌味にしか聞こえませんよ」
「嫌味って。私、そんなつもりはなかったんだけれど」
「本人に自覚がないから、たちが悪いと言うんです」
「ホントよ、ソフィアちゃん。あなた、十分すぎるぐらい綺麗よ。その髪も、夜空を思わす瞳も。それに冒険者たちにだって、区別することなく接して笑いかける姿は、あいつらからしたら女神ね」
「女神だなんて、言い過ぎです。妹の方がよっぽど可愛らしいんですよ。キツイ顔の私なんかと違って、ふわふわしていて。とても女の子らしいし」
「そんなの、ない物ねだりよ」
ぴしゃりと言われ、それ以上の言葉が出てこない。ない物ねだりか。確かにそうかもしれない。今だけではなく、過去でもずっとそうだったから。同じ顔なのに、何が違うのだろうって。ソフィアとミアとして、全く違う顔に生まれてきたのに、それでも比較してしまう。ミアの方が瑞希と同じように可愛がられ、多くの人に囲まれているから。
「あのね、あたしたちが出会って、一緒に料理して一緒に笑いあったのはソフィアちゃんよ。そして仲良くなったのも、好きになったのも、あなたの妹じゃない。そうでしょ」
「それにミア様なら、こーんなこと思いつきませんし、思いついたとしても来たがりませんよ」
「……うん、ごめんなさい。そしてありがとう」
「いいのよ、あたしも外見ばっかり褒めたから、いけなかったのよね。気分を悪くしたなら、謝るわ。ごめんなさい」
「いえ、違うんです。綺麗とか、可愛いとか、そういうのを言われ慣れてなくて」
「は? 世の中の男どもはどれだけ意気地なしなの」
あり得ないとぶつぶつ言いながら、額を抑えている。社交界などで、お世辞として言われたことは何度かあったが、心から言われた相手は、おそらく一人だけ。そう思ったところで、キースの顔が思い浮かぶ。空に思い浮かべた顔を、急いで手でかき消す。
「ど、どうしたんですか、お嬢様」
「な、なんでもないの」
さっきアンジーさんに言われて一つ気付いたことがある。この前、ミアが怒ったことだ。私はキースの勧めで褒めてみればと言われ、思わず外見だけを褒めてしまった。ミアが外見に自信があるのは知っている。しかしその外見も、ルカに言わせるとちゃんと努力して作られているらしい。ただ外見を褒めるだけでは、そこにある努力を無視されたような気になったのではないか。だから、ルカは怒った。そう考える方があっている気がする。
「私、この前妹の外見ばかりを褒めて怒らせてしまったんです。きっと、嫌な思いをさせんですね。帰ったら謝らないと」
「みんな、ない物ねだりなのよ。きっと、妹さんもソフィアちゃんのことが好きで、そしてそれ以上に羨ましいんじゃないのかな」
私を羨ましいと思うことなんてあるのだろうか。でも無自覚だと言われる以上、どこかあるのかもしれない。
「ルカ、帰りにミアに何かお土産を買って帰りたいんだけど」
「はい、では、ここを片付けたら買って帰りましょう」
次々にセルフで運び込まれる洗い物たちを見ながら、私たちは苦笑いを浮かべた。




