料理(後)
食堂の厨房は、とても広い反面、やはり見たこともないような調理器具と食材が並べてあった。中では一人の女性が魔物の肉を捌いている。
「ソフィア嬢、紹介するよ。この食堂を切り盛りしている女将で、妻でもあるアンジーだ」
アンジーと呼ばれた女性は小麦色の肌に長い栗色の髪を三つ編みにしている。背もギルド長と変わらないくらい高く、スラっとしていて筋肉がしっかり付いている。白いエプロンを付けていても、筋肉戦士だと分かった。
「初めまして、アンジーさん。ソフィアです。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、侯爵家の令嬢だって聞いていたから構えていたんだけど、ソフィアちゃんでいいかしら?」
「ええ、もちろんです。私、そんなに料理は得意というわけではないので、いろいろ教えて下さいね」
「おれはあいつらがこれ以上うるさくならないように抑えておくから、ちゃちゃっと作ってくれ」
そう言うと、ギルド長が冒険者たちの元へ戻って行った。楽しみにしているのに、待たせてしまうのもかわいそうなので、簡単にできるものから順番に出していく方がいいだろう。
「さて、まずは簡単にアヒージョから~」
私の掛け声に、ルカもアンジーさんもぽかんとしている。そうか、アヒージョなんで料理、こっちにはないんだっけ。元々、大して料理を作る派ではないから、基本的なものと自分の好きなものしか作れないのよね。
「アヒージョ?」
「ソフィアお嬢様、それはどこの国の料理なんですか」
「本で読んだのよ。気にしない、気にしない。フライパンに、家から持ってきた油と唐辛子を入れて弱火にかけます。火の使い方が分からないので、お願いしていいですか?」
「え、ええ」
言われることにかなり疑問を持ちながらも、アンジーさんは素直に動いてくれる。今集まっている冒険者たちの人数も考えて、フライパン三つ分で調理を始めた。オリーブ油のような油が温まる前に、肉と野菜の下ごしらに取り掛かる。今日の料理用に野菜なども取り揃えてもらっていたので、私はその中からキノコたちを取り出す。
「ルカ、これを一口サイズに切って欲しいの」
「はい、分かりました」
「肉はどれがいいかな? この中で、臭みが多少あってもあまり硬くないお肉ってあります?」
「それなら、コカトリスの肉がいいわ。これよ」
何種類かある肉の塊から、コカトリスの肉を受け取る。ほんのりピンク色の肉は、確かに鶏肉に近い。唐揚げにしても美味しいだろうけど、片栗粉らしきものは見つからなかったから、あとで焼くように半分とっておいて残りはアヒージョにしてしまおう。
「コカトリスの肉も、一口サイズに全部切ってしまいましょう。けっこうたくさんあるので、切るの手伝ってもらってもいいですか?」
「もちろんよ」
私の胴体くらいありそうな肉を手分けして切り分けていく。それだけでもかなりの量だ。
なんとかフライパン三つ分の肉を切り分けたところで、肉に塩とこしょうを振り、揉みこむ。そして熱していた油の中ににんにくみたいなものを入れる。みたいなというのは、味はとても似ているのだが、名前がこの世界では違うらしい。しかし、昨日料理長にいろいろな食材の名前を教えてもらったのだが、多すぎて全く頭に入ってこなかったので、名前を覚えるのは早々に諦めることにした。
「すごい、いい匂いですね、ソフィアお嬢様」
「そうね、これを料理に使いことはよくあるけど、こんな丸ごと入れるなんて私も初めて見るわ。でも、とても食欲をそそる匂いね」
「これはとても簡単で、ここに切った肉とキノコを入れて混ぜながら火が通れば完成です。みんなに出す前に味見してみます?」
火の通ったアヒージョをやや深めの器に盛りつけながら、二人に声をかける。出来立てを食べられるのは、作った人だけの特権だ。
「そうね、せっかくだから一口食べましょう」
アンジーさんとルカはコクコクと頷いた後、フォークでコカトリスの肉を刺す。二人ともこれが魔物の肉だということをすっかり忘れているようで、そのままアヒージョを口に入れた。
「何これ。これはなんの肉だった? 口に入れるとこの油? タレ? の匂いが口中に広がって、ピリリと後を引くこの味ー。やだ、お酒欲しい」
「お嬢様、すごいです。こんな美味しいもの、ルカは初めて食べました。辛いのに、すごくおいしいです」
「この油にパンを付けても美味しいのよ」
どうやらアヒージョは成功のようだ。次は煮込みとスープの用意をしてから、残りのコカトリスの肉を焼いてしまおう。
「ルカ、これをみんなの元に届けてきて」
「はい、お嬢様」
とりあえず、深皿六個分あるからしばらくは大丈夫だろう。
「アンジーさんは残りのコカトリスに塩だけ振って焼いてもらっていいですか? 皮を先に焼いて、パリパリになるまで焼いてしまって下さい。私は煮込みの料理に取りかかります」
「分かったわ」
寸胴鍋に水と人参や白菜のような葉物を切って入れ、火にかける。残っている肉は二種類だ。そのうち、やや臭みのあり硬そうな肉を手に取る。このまま調理しても美味しくないだろうから、とりあえず肉をみじん切りにする。切った肉にすりおろしたショウガとネギ、卵の黄身を入れ、塩とコショウを加えて混ぜればつみれの完成。そのつみれと少量のお酒を入れれば、つみれ汁の出来上がりだ。
「大変です、もうなくなりました」
出て行ったばかりのルカが、空のお皿を抱えて帰ってくる。
「早すぎね」
冒険者たちの食べるスピードがこんなにも早かったなんで、想定外だ。寸胴鍋の中はまだつみれを入れたばかりだから、すぐには出せない。そうなると先にアンジーさんの焼いている肉だ。
「アンジーさん焼けましたか?」
「ええ、これはお皿に盛っていいのかしら」
「はい。盛ってから味付けしますので、次を焼き始めて下さい」
「分かったわ」
アンジーさんの焼いた肉に、別で作っておいた焦がしネギ油を乗せる。ジュっといういい音と、香ばしい匂いが広がっていく。
「肉はあと二皿ほどあるからケンカしないように言ってきてね」
両手で抱えるほどの大きなお皿があと二つもあるのだから、これを食べる頃にはだいぶお腹が膨れるだろう。残りのコカトリス肉を焼きながら、つみれ汁の味見。野菜はすっかり柔らかくなっていて、つみれからも出汁が出ている。
「んー、これはこれで美味しいけど、みんなにはちょっと薄いかな」
濃い味の物を二品出したので、薄くてもいいのだが、みそとか醤油があればもっと美味しくなるのに。だけどそうなると、今度は米が食べたくなる。この世界にも米はあるのだろうか。恋しくなっても、どうしようもないのに。
「ソフィアちゃん、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。これ、味が薄くて何か調味料はないですかね?」
「そうね、塩とコショウではないものなら、ここにあるけど。みんながお土産に他の地域から買ってきたものばかりで、使ったことはほとんどないものばかりだけど」
アンジーさんが指さした棚には、瓶に入った色とりどりの香辛料が置かれている。どれが何かも見ても分からないので、一つ一つ開けてはまず匂いを確認することにした。その中の黒い液体を開けると、やや魚の匂いのするものがある。一滴、手のひらに垂らして味見。
「ん、魚っぽい醤油……」
「しょうゆ?」
「そういう調味料です。すこしくせがあるけど、つみれ汁に入れるなら大丈夫でしょ」
そのままスプーン一杯分入れて、かき混ぜる。
「お嬢様、あの人たち食べるスピードがおかしいんですけど。先ほどの焼いたお肉なんて、取り分けたら一瞬ですよ。お酒も飲みだしていますし」
向こうに行かなくても状況が目に浮かぶ。きっと宴会のようになっているんだろうな。
「残りのコカトリスも焼けたから、これとつみれ汁を合わせて持って行きましょう」
「そうね、とりあえず届けましょう」
一旦、全ての火を止めると、出来上がった物を両手に持ち配膳を始めた。




