料理(前)
「ルカ、この前購入した服たちの中に、ワンピースもいくつかあったわよね」
キースに冒険者ギルドに連れて行ってもらってから1日経ち、昼を過ぎた頃にギルドからの吉報が届いた。冒険者たちが口にしたことのある魔物の肉が、数種類揃ったというのだ。あれから1日半くらいしか経っていないというのに、仕事の早いことだ。
伝令を帰した私は、屋敷の厨房からお目当ての物をいくつか分けてもらい、急いで着替えることにした。
「あるにはありますが、あんな地味なものを着ていくのですか?」
貴族の令嬢が着るには、普通のワンピースは確かに地味かもしれないが、元々ドレスを着る習慣のない私には十分だ。
ルカはブツブツ言いながらも、衣装ケースから比較的フリルの多い水色のワンピースを取り出す。私としては今から調理をするので、もっと汚れても目立たない感じの色のワンピースがいいのだが、これ以上言うとルカがヘソを曲げてしまいそうなので、言うのは辞めておこう。
「女性もののズボンもあればいいのに」
「ズボンですか! あんなものは、農村部の人ですら女性は履かないですよ。ソフィアお嬢様は、冒険者か何かになってしまうのですか?」
ワンピースを抱えたまま、ルカがすでに涙目になっている。
「そうじゃないのよ、ルカ。そういうファッションもあってもいいと思うのよね。この前、発注したお財布も使いやすかったでしょ」
「はい、あれはとてもかわいいです。使用人たちにもとても好評で、奥様がお友達の方にもプレゼントしたと言っていましたよ」
この前、巾着からじゃらじゃらとお金を出しているのを見て、ドレスを作ってもらう時にイメージのデザインだけ渡して財布もどきを作ってもらったのだ。前の世界とは違い、ほぼ硬貨なので硬貨を入れる仕切りの付いた長財布のような物。いろんな布で作ってもらったため、使用人に配ったところとても好評だったのだ。基本的に貴族はお金を自分では持ち歩くことがないため、ほぼ庶民や使用人向けなのだが、巾着よりもやはり使い勝手が良くウケがいい。
「ソフィアお嬢様のそのアイディアは、どこから出てくるのですか?」
「なんとなくよ。今まであんまり自分から外に出ることも、他の人に関わることもしてこなかったでしょ。いろんなことに目を向けるようになったから、いろいろと思いつくようになったのよ」
「お変わりになりましたね、お嬢様。それも、とても良い方に。ミア様のご婚約が決まってからでしょうか。ルカは、とてもうれしく思います」
「ありがとう。さあ、急いでギルドに向かわないと。ルカも手伝ってくれるかしら?」
「もちろんです」
ルカはにこやかな笑みを浮かべながら、私にワンピースを渡すと髪を綺麗に結い上げてくれる。装飾品などは付けず、そのまま着替えると馬車に荷物を載せてギルドへと向かった。
ギルドにはすでに20人くらいの人が集まっていて、やや打ち上げ会のような雰囲気になっていた。私とルカが入ってくるなり、そのにぎやかな室内に歓声が上がる。
えっと、私はここへ何しに来たのだろうか。一瞬、入ってくる場所を間違えてしまったかのような錯覚を覚える。
「お、お嬢様、これはどんな感じなのですか?」
私の横にぴったりくっついたルカが、小さな声で私に尋ねた。私もそれが聞きたいのだが、ルカはこんな場所になど来たことはないだろう。かくいう私も2回目でしかないのだが。
「ソフィア嬢、来てくれたか」
手を上げながら、一際大きな男性が奥の部屋から出てくる。ギルド長だ。彼を見るなり、冒険者たちは少し静かになった。
「いえ、急ぎ頼んでおいた品を用意して下さり、ありがとうございます。さっそく試してみたいのですが、どこかで調理出来そうな場所はありますか?」
「奥にキッチンがある。手伝いも付けるから、そこで作ってくれ。味見を待っている奴らが、これ以上うるさくならないうちに」
ギルド長の言葉に、その場にいた人たちはにこやかだ。彼らはみんな味見に集まった人間らしい。どうりでお祭り騒ぎのはずだ。しかし彼らがわざわざ捕ってきてくれた魔物なのだから、一番に食べる権利は彼らにこそあるだろう。
「料理の腕はあまり期待しないで下さいね。でも、急いで作ってきますから」
冒険者たちの方を向き、首をかしげながらにこやかに微笑むと、歓声が上がった。
「みんな楽しみにしているから頑張らないとね、ルカ」
こんなにも魔物料理を楽しみにしてもらっているなんて、予想外だ。これだけ期待が集まったのなら、気合を入れないと。
「ソフィア嬢はもしかして、無自覚か?」
「はい、お嬢様は全くの無自覚な上に、自己評価がとても低い方でいらっしゃいます」
視線を冒険者たちからルカたちの方へ向けると、いつの間にかルカとギルド長が仲良さげにこそこそと会話していた。
「全く困ったものだ」
「はい、全く困ったものです」
「え、何、なに? 二人でなんの話をしているの」
さっきから、じとっとした目で2人に見つめられている。なんとも居心地の悪い感じだ。無自覚と言われても、全く意味が分からない。
「奥ですね。さっさと始めましょう」
視線を無視し、そのまま奥の部屋へ進み出す。とにかく今は魔物料理を完成させないと。




