怒り
自分から考えて決めて、誰かの顔色をうかがうこともなく何かをするということは、やはり楽しい。何かあった時は自分の責任にはなるが、それでもしっかり地に足を付けている気がする。そう考えると、今までどれだけ逃げてきたのか。今日のギルドでの収穫も大きかった。キースの婚約者になるなんて、そんなことはまだ考えられないが、今日みたいにキースとどこかへ出かけたり書類整理をするのはいいなと思ってしまう。
「……まずいなぁ」
そう、まずい。楽しくて、どんどんキースに惹かれている自分がいる。ありのままのキースは、私が初めに抱いた印象とは全くの逆だから。チャラチャラしていて、女の子を取っ替え引っ替えなんていうのは、おそらくキースがそういう人物像をわざと作っていたのだと今なら分かる。彼は王弟殿下で、元より今の王と並んで王位継承者候補の一人だった。おそらく、自分ではなく兄を王にするためにああいう行動をしていたのだろう。それほどまでに、兄のことを大切に思っていた。きっと私とミアとは違い、いい兄弟なのだ。
「お姉さま」
軽いノックの後、ミアがいつも通り勝手に私の部屋へ入って来た。
「ミア、部屋に入る時はまず、相手の許可を得てからにしなさいといつも言っているでしょう。侯爵夫人ともなる人が、そんなではきっと困るわ」
小言を言われたミアは、大して気にする様子もなく、部屋のソファへと腰かけた。ベッドの縁に座ってた私も、仕方なくソファへ移動する。
「こんな遅い時間に一体どうしたの? 今、メイドにお茶でも持ってこさせるから、待っていて」
はっきり言って、2人きりになるのは避けたい。いつボロが出てしまうとも限らないから。
「お茶なんていらないわ、さっき部屋で飲んだから平気よ。それよりお姉さま、今日はどこへ行ってらしたの?」
「今日……。今日はキース殿下の市内視察に同行させていただき、冒険者ギルドへお邪魔させてもらったわ。でも、それがどうかしたの」
今日、ミアはグレンと街で衣装合わせだったと言っていたっけ。おそらくどこかで、私とキースが一緒にいる姿を見られたのだろう。
「やっぱり……。姉さまが権力に興味があるなんて、わたし知らなかったわ」
権力。それはキースのことを指しているのだと分かる。キースのことなど、何にも知らないくせに……。キースが王族だからという理由でそのひと括りにされたことに、無性に腹が立つ。
「殿下は、この国の雇用や貧困について考えられているのよ。それを権力だなんて。それに、私は仕事を探すために殿下を紹介していただいたと、この前もちゃんと言ったはずよ?」
「でも結局お姉さまは、玉の輿狙いなんでしょ」
「ミア、あなた」
「わたしより高い地位の方に見初められて、お姉さまはさぞ満足なことでしょうね」
怒りが、すっと降りてくる。そういうことか。自分の婚約者よりも高い地位の人間と私がくっつくのが、嫌なんだ。私のことをいつまでも見下していたいから。
「ミア」
グレンのことを想っていないのなら、婚約など辞めてしまえばいいじゃない。そう言いかけて、なんとか押しとどまる。昼間に、キースに言われたことを思い出したから。もし仮に、ミアが私に憧れて嫉妬から言っているのだとしたら。褒めろって、キースにも言われたっけ。
「ミア、あなたもしかしてマリッジブルーなの? あなたはこの国の次期宰相となる人の妻になるのよ。すてきな方に見染められたのはあなたでしょう。社交界でもあなたはいつも花で、注目の的だった。みんなが口々にあなたのことを花の妖精のようだと言っていたわ。私だってそう思っている。このふわふわした奇麗な髪も瞳も、あなたよりかわいらしい子なんて社交界にはいないでしょ」
「……」
「私はあなたと違って人付き合いが苦手だし、顔もキツイし、社交界では不名誉な二つ名を付けられたわ。あなたのように、かわいく振る舞うことが出来ればいいんだけど」
言葉を言い終える前に、ミアがテーブルをドンとたたき立ち上がる。あまりに大きな音にミアの顔を見ると、ミアはまるで苦虫をかみ潰したような顔をしていた。自分ではミアのことを褒めていたつもりだったのに、どこかで言葉を間違えたのだろう。いくら考えても、答えは出てこない。
「もう結構です。よく分かりましたわ、姉さま」
「ミア、待ちなさい」
何が分かったというのだろう。しかし、ミアの目から伝わってくるのは今まで以上の敵意でしかない。ミアはこの部屋に来た時のように、大きな音を立てながらドアを閉めて出て行った。




