魔物
「行きたいところって、ここだったんですか」
半ば呆れたように私は言葉を紡ぐ。まさか私に借りを作ってまで行きたかった場所が、冒険者ギルドだったなんて。
「いや、一度気になったことはちゃんと確かめないと眠れそうもないからな」
キースは好奇心が強いというか、なんというか。
「今日はどういったご用件でしょうか」
キースがギルドの受付嬢に用向きを話す。場違いな私たちは明らかにこの中では浮いていて、通り過ぎる人たちがジロジロと見ていく。何とも居心地が悪い。しかしキースはそんなこと、全く気にする様子はないようだ。
「奥でギルド長に今から会えることになった。行こう、ソフィア」
「はい」
今ここで待つよりは、居心地が悪いということはないだろう。受付嬢に案内され、私たちは一番奥の部屋へ入る。
「これはこれは、殿下、今日はどういう御用でしょうか。こんな綺麗な方までお連れになって」
中にいたのは、50代くらいのがっちりした男性だった。デスク越しのため、上半身しか見えないが、おそらくキースよりも背が高いだろう。腕の太さは私の太もも以上ある。いかにもと思ってしまうのは、私が転生者だからだろうか。
「いや、少し確認したいことがあってな」
「殿下、うちはなーんにもやましいことも隠し事もないですよ」
その言い方にはややトゲがある。冒険の依頼料から数%とはいえ、お金を払うことになったのだ。キースが敵と見なされても仕方ないことだろう。
「いや、もちろんギルド長には絶大な信頼を置いているさ。確認したいのは、そんなことではなくて、魔物が食べられるかということなんだ」
やはりキースが気になっているというのは、その事だったのか。しかもそれを直接ギルド長に尋ねるなんて。聞かれたギルド長も、意味が分からず、ぽかんとしている。
恥ずかしい。穴があったら、入ってしまいたい。
「正気ですか、殿下。あんなもん、食う気ですか? どうしちまったんですか」
「いや、頭とか取って、皮剥いたら肉だろ」
「まぁそりゃあ、肉といえば肉だとは思いますが……。殿下、ホントに食うんですか」
「食べられるなら、食べてみたいんだが」
「チャレンジャーですな。まさか王族のような方がそんな突拍子もないことを言い出すなんて」
「いや、言い出したのは俺じゃないんだが」
キースはそう言いながら、視線を私に移す。すると、ギルド長はさらに珍しいモノを見るような目つきで私を見た。
「……」
居た堪れなくなり、私は両手で顔を覆った。
「食べるんですか……」
「食べられないなら、いいんです。でも、肉だと思って……」
もうこれ以上、何も聞かないでほしい。
「お貴族様は、そんなもん食わなくったって困らないでしょ」
「別に貴族だからどうというわけではありません。美味しく食べられるなら付加価値を付けて高級食材に仕立てればいいですし、普通だったら食糧難や困窮者の食糧にならないかと思っただけです。冒険者たちは魔物を狩るでしょ。その魔物の皮や鱗、爪といった部分だけでなく肉も買い取ってもらえば、いいかなと。そして退役した冒険者などがそれを解体・加工して卸せれば新たな職業として成り立つのではないかと思ったのです」
「このソフィア嬢は、退役した冒険者を冒険者広場の警備兵として雇えないかという案も出しているんだ」
「お嬢さん、あんた、そこまでして」
「税を取る代わりではないんですが、冒険者だっていつまでもやっていける職業ではないでしょ。そしたら、退役した後の居場所の確保も、この国の治安を守るためには必要だと思ったのです」
今度はちゃんと前を見て、ギルド長の目を見て話す。ここまで来たのだ、言いたいことはちゃんと言おう。
「確かにそれは有難い話だ。冒険者をケガや歳で辞めた奴らが、荒くれていく姿なんて、仲間として見たくないからな」
「で、どうなんだ」
「魔物の肉ですか。んじゃ、いっちょ確認しますか」
ギルド長は立ち上がると、私たちが来た受付の方へ歩き出す。どうやら付いて来いということらしい。
「おーい、この中で魔物の肉を食ったことある奴はいるか?」
ギルド長は受付嬢の前に立つと、そのまま大きな声でその場にいた冒険者たちに尋ねた。明らかにその場にいた冒険者達が怪訝な顔をしている。
ああ、なんでみんなそうもストレートに聞くのだろう。もうちょっと、オブラートに包むという考えはこの国にはないのかしら。
「ギルド長、食うんすか」
「さすが、ギルド長。あの顔は何でも食うな」
「違いない」
口々に冷やかしが聞こえる。やはり、魔物はこの世界では食べないものらしい。この件は諦める方が良いみたいだ。
「おいおい、ちゃんと答えろ、お前ら」
ギルド長の一喝で、冷やかしや野次が止まる。
「何の魔物でもいいんですか? うちのチームはバジリスクだったら食べたことありますよ。硬くてうまいもんではなかったですけど」
確か、バジリスクはトカゲのような大型の魔物のはず。トカゲならば、確かに肉付きは悪そうだ。
「あの、そのお肉は硬いだけで、問題はなかったですか?」
硬いだけならば柔らかくするか、揚げるか何かしてしまえば大丈夫なはず。毒と、あまりに不味いのならば話はまた別なのだが。ギルド長の代わりに私が聞いても、先ほどの様な野次はもう飛んでは来ない。
「ああ、毒とか特に問題はなかったよ」
「コブリンやオークは食えないぞ。あいつら汚すぎて、匂いからして食べられる類のもんじゃない」
「わたしのとこは、コカトリスを食べたって子がいるわよ。尻尾と頭は無理だけど、胴体は所詮鳥だし」
次々に食べられる魔物と食べられない魔物が出てくる。
「あの、今出た以外の魔物を食べる時に、何か確認する方法っていうのはないものでしょうか」
そう、これが一番大事な質問だ。行き当たりばったりで、食中毒や死んでしまうようなことがあってはいけないから。
「それならお嬢さん、協会の連中の中に鑑定士っつうのがいて、そいつらなら見分けがつくみたいだ。尤も、今まで魔物を好き好んで食べようなんて奴はいなかったから、やったことなどないと思うが」
「キース様、協会に鑑定は頼めますか?」
「そこは大丈夫だろう。協会の人間もこれがビジネスに繋がるとなれば、必ず協力してくれるはずさ」
「でもお嬢さん、硬い肉や見た目が悪いものはどうするんだ」
「硬ければ柔らかくする方法など、いくらでもあります。また見た目についても、加工してしまえば問題ありません。今度、今出た食べたことがあるという肉が手に入りましたら、血抜きして一度冒険者ギルドまで運んで頂けないでしょうか。ブレイアム侯爵家が買い取らせていただきます」
私が家名を出した途端、またギルド内がザワザワとし出す。侯爵家の令嬢が魔物の肉を買いたいと言えば、それもそうだろう。しかし実物を見て、実際にやってみないことには何とも言えないのだから仕方ない。私が言い出した以上、私が最後までやらないと。例え、今はお貴族様の遊び事だと思われたとしても。
「ソフィア」
「いいんです、私が言い出して、私がやりたいことですから」
キースに微笑むと、ギルド長が大きく咳払いをした。思わずギルト長を見上げると、やや悪巧みを思い付いたような、そんな笑みを浮かべている。
「お前ら、ソフィア嬢がここまで言っているんだ。もちろん持って来れるな」
『了解』
そんな言葉が口々に出てくる。みんなどこか楽しそうだ。私までつい、ウキウキしてくる。
「お嬢さん、肉が手に入ったら侯爵邸まで遣いを出すとしよう」
「ありがとうございます、ギルド長。その時はすぐ飛んで来ますね」
「いいてことさ、こっちも利益がある話だ。大船に乗ったつもりで待っていてくれ」




