休憩
お昼を過ぎ、ティータイムに差し掛かるころ、ようやく全ての書類が完成した。朝食べたきりのお腹が、やや不満を訴えている。
「やっと終わったー。お腹空きましたね、キース様」
「いつもグレンとはこんな調子だから、すっかりお昼ご飯のことを忘れていたよ、すまなかったソフィア」
思い出したように立ち上がり、キースが謝ってくる。なんとなく想像はついたのだが、ある意味ここの二人の仕事ぶりは社畜に近い気がする。もう少し、何人かで仕事を分け合えればこんなに休憩なく仕事をしなくても、いいと思うのだが。取り扱う書類が書類だけに、そうもいかないものなのだろうか。
「大丈夫ですよ。そうだ、プリンを持ってきたんです。一緒に食べませんか?」
すっかりテーブルの端に追いやられた篭からプリンを二つ取り出す。透明のガラス瓶に入れた黄色い艶やかなプリンは今ならカロリーなど気にせず食べられそうだ。
「これは、ソフィアが作ったのか?」
「そんなところです。なので、味の保証は出来ませんよ?」
とはいうものの、ちゃんと味見をしてみんなが美味しいと言ったから持ってきたのだけど。
「いや、作ってくれるだけでも、うれしいよ」
キースは私の隣に座りなおすと、プリンを受け取る。そして、物珍しそうに少し上に掲げ眺めている。この世界ではプリンもあると思うのだけど、基本的に今まで全てのことに執着してこなかったため、知識が偏ってしまっている。今後、ミアに転生がバレないために一般知識など気を付けなくてはいけないな。
「お酒も入ってますし、そんなには甘くないと思うんですが。あ、もしかして毒見が必要でした? それなら私が先に」
キースが王族ということをすっかり忘れていた。普通なら、こんな気軽に物を食べられるようなことはないんだ。
「いや、大丈夫だよ。ソフィアが作ったものなら。ただ、綺麗な色だなと思って。ソフィアの方とはまた下の部分が少し違うみたいだが、これとそれとでは味が違うのか?」
「ええ。こっちは、お酒なしの方です。とはいっても、キース様の方のプリンにも風味程度にしか入ってないので酔うことはないと思いますよ」
まるで宝石でも眺めるように二つのプリンを見つめた後、受け取ったスプーンでプリンを食べ始める。それを確認してから、私も食べ始めた。やや固めの素朴なプリンだ。よく流行っているやわらかいプリンは作り方を知らないので、私はお菓子はこれしか作れない。家で料理を作るということがなかったので、高校の時に家庭科の授業でやったものくらいしか作れないのだ。
こんなことになるなら、もっといろいろな物の作り方を覚えておけば良かったと思う。今になっては、ここでは食べれないものばかりだから。
「これは確かにお酒の風味が効いていて、おいしいな。初めて食べたが、これはクセになりそうだ。手間でなければまた作ってきて欲しい」
「これぐらいでよければ、また……」
「ああ、頼む。さて、小腹を満たしたことだし、街に出るとするか。お昼ご飯のお詫びもかねて」
「でも、まだ書類が残ってますよ」
私の方の簡単な書類は片付いたものの、キースの執務机の上にはまだ三分の一ほど書類が残っている。今出かけてしまえば、その書類をキースが帰ってからやれなければならなくなってしまう。そうなれば、仕事が終わるのは何時になることか。
「私のことなら気にしなくても結構ですよ。出かけるのは、また今度でもいいですし」
「いや。これだけ終われば十分さ。あとは幸せいっぱいの奴が帰ってきたら、全てやらせればいい」
「……それもそうですね。彼はとーっても優秀ですから、これくらいすぐ終わりますね。一人幸せを満喫してますし」
「そうだろう?」
キースのいたずらっぽい笑みに、私もつられる。幸せいっぱいなのだから、これくらいの仕事を残されても文句はないだろう。
「さぁ、そうと決まればとっとと出かけよう」
キースが私の手を取り、立ち上がらせてくれる。今朝届いたばかりの、仕立てたの濃紺のドレスはワンピースにも見えるシンプルなものだ。これなら、街へ出ても大丈夫だろう。長時間座っていて、ややシワになっているドレスを払うと、キースにエスコートされるまま執務室を後にした。




