お手伝い
朝一番で出した手紙の翌日、私が屋敷ではという手紙に返事をもらい、キースから自分の執務室まで来てくれないかと返信が来た。ミアが花嫁衣裳の話し合いのために出かけたのを見計らい、私は急いで馬車に乗り込む。手には、昨日ルカと作ったお菓子の籠を持って。
別にこのお菓子は下心があるわけではない。純粋に、思い出した記憶を元に自分が食べたいものを作っただけ。そしてそれが思いの外、美味しかったから、おすそ分けしに持ってきただけだ。キースが甘いものが苦手かもしれないということを考慮して、ブランデーのようなお酒をいれたプリンだ。
そう、自分の甘いプリンを作るついでだったんだと、馬車の中で何度も呪文のように自分に言い聞かせる。
「お嬢様、到着しました」
御者に馬車の扉を開けてもらい、城の裏手につけてもらう。門兵はいるものの、侯爵家の家紋の入った馬車で来ているため、もちろん止められることはない。庭園を横目に、演習場の横を通り、城へ入る。まだ数回した来たことがないため、キースの執務室と大ホール以外の場所は分からないが、それだけ分かれば今は大丈夫だろう。
大きな赤い扉の前にいた騎士に話しかけ、中にいるキースの許可を取る。すると、勢いよくキースがドアを開けた。
「すまない、ソフィア。こんなところへ呼び出してしまって。さぁ、中へ入ってくれ」
うれしそうなキースの顔を見ると、私も思わず笑みがこぼれる。キースの机の上には、この前の二倍近い書類が右と左に分かれて乗せられている。
「お忙しいなら、また今度にいたしましたのに」
「ここはもう、誰もいないから普通にしてくれ。なんだか、そのしゃべり方をされると落ち着かない」
「そうですか? いつもキャーキャー言う女の子たちにばかり囲まれていたから、てっきりこの方がいいのかと思いましたよ。仕事、ずいぶんありますが、大丈夫なんですか」
「いや、あんまり大丈夫じゃない……。でも、会いたかったんだ」
そう言って真っすぐに見つめられると、嫌みの一つも思いつきはしない。
「この前、ソフィアが税をと言っていたのを書類にまとめたんだが、それについての具体的な金額や計算といったものも、多数上がってきてしまって。グレンにもやらせているのが、何分処理する書類が多くてね。本当だったら、今日はソフィアと何か贈り物を一緒に見に行きたかったんだが」
「グレンに書類を押し付けられ、逃げられたと」
「そうなんだ。婚約者が花嫁衣裳を作るのに顔を出しに行かないといけないからと言われてね」
今日出かける時に、ずいぶんミアの機嫌がいいと思ったら、グレンと合流することになっていたのか。だが、その分押し付けられたキースは可哀相の一言に尽きる。私は籠をテーブルに置くと、キースの机に近づいた。
「この書類は私が見ても大丈夫ですか」
「ああ、こっち側のは基本的に誰が見て、処理しても問題ないものだが。そんなものを見ても、面白くはないだろう」
キースの指さした書類を手に取る。税率の計算や、その他人件費などの計算書などだ。また、城に仕入れる物の、見積書などがある。これぐらいならば私にも問題なく出来る範囲だろう。書類の束をそのまま、キースのテーブルから客間用のテーブルに移す。
「ソフィア、それをどうするんだ」
「こういうものは二人で手分けした方が早く終わります。計算は得意ですので、問題ありません。何か書いても問題ない紙と、ペンを貸してください」
「いや、それはいいんだが……、だがしかし……」
「その代わり、早く終わったら何か買ってくださいますか?」
いたずらっぽく、笑いかけると、キースは笑い出す。
「分かった。では、そちらを頼む。今日は何とも味気ないデートになるかと思ったが、急いで終わらすとしよう」
仕入値の計算は普通にかけ算と足し算で出来るので、もらった紙に書いて筆算をし、合計額があっているか確かめるだけ。それだけでも、武器類から食品まで、30枚近くあり急いで計算していく。
問題はその次。まずは、商会への手数料についてだ。
まだ初期段でいきなり金額を跳ね上げてしまうと、びっくりするので、基本は1%から。これには利点もある。これくらいならという相手方の安心感もそうだが、計算がしやすいのだ。また、商品に関しては銀貨1枚、つまり千円以下のものには課税しない。そうすれば、露店商などにまで税を求めるようになった時でも安心だ。基本的に、露天でそんなに高い物といえば、アクセサリーくらいだろう。誰が見ても分かりやすいように、1%もらう時の表を作成する。
次はギルドの表だ。冒険者ギルドでは依頼があった場合、手数料と紹介料として約30%取っているらしい。そのギルドが手にした手数料から1%、そして登録料にかかる手数料から約10%もらう。登録料はカードを発行するだけなのだが、これは冒険者ギルドがその人の身分を証明するという意味合いがある。なので、簡単には発行出来ないのだ。まず、登録料として銀板一枚かかり、身分証明書を提出するか、教会へ罪を犯していない証明書を作成してもらい提出するか、身分のはっきりした者2名の紹介状が必要となる。カードの審査にそこまでかけているので、反発は避けられないと思うが、その代案としてカードを持っている冒険者の身分を国も保証するという案をキースが出したと書かれている。ギルドとしても、国が保証するとなればその意味合いは大きい。また、引退した冒険者たちを再雇用するシステムもゆくゆくは作る予定となっていると書かれていた。
「この冒険者たちの再雇用ですが、冒険者たちの広場に立たせる兵というのも、いいかもしれませんね。冒険者は気が荒い方も多いようですから」
「冒険者広場なんて、よく知っていたな」
「学園のすぐ近くにもありましたから、何度か見たことがあるんです」
冒険者たちは、街から村などいろいろな所を渡り歩くため、拠点や自宅以外ではテントで生活する者が多い。特に王都の宿屋など、高すぎてとても泊まれるものではないだろう。森の中でテントを張ることもあるそうだが、依頼を終えると次の依頼までは街の中などにテントを張り、そこで生活するのだ。そのため、よほど狭い村でない限りは、冒険者がテントを張ってもいい広場が出来ている。
「広場の警備としての再雇用なら、引退してからの職業問題も解決出来るし、ギルドはいい顔するだろう」
どこの世界でも、働きたい人が働ける環境を作るのは、必須なことのはずだ。
もう少し、何か雇用問題の解決策があるといいのだけれど。
「あ、キース様、そーいえば、魔物って食べられるんですか?」
「ぶっ」
前々から気になっていたことを口にすると、びっくりしたようにキースが吹き出す。
「食べられるのか?」
「いや、食べられないんですか? 大きいですし、切ったら所詮肉じゃないんですか?」
瑞葉の時に読んだ異世界モノの話では、おいしく調理されていた本などあったのだが、この世界では魔物を食べるという話を聞いたここはなかった。家族に聞けばミアの耳に入り、私が記憶を戻したことがバレてしまう可能性があったので、今まで誰にも聞けずにいたのだが。
「魔物を食べるなど聞いたことはないが、令嬢の言う台詞ではないことは確かだな」
キースが若干引いている。確かに、魔物を食べると言うような貴族令嬢はいないだろう。言った後、自分でも少し恥ずかしくなってきた。
「魔物なんて本でしか見たことないので、大きいし、もし食べられるのならば買い取りとか出来るだろうし、食糧難があった時も比較的にいいかなと思っただけです」
言い訳を言いながら、恥ずかしさのあまり、だんだん声が小さくなっていく。
「皮や鱗、爪などは加工して使えるが、確かに肉のことまでは考えたとこもなかったな。面白い発想だ。今度ギルドへ行った時に確認してみよう。食べてうまければ、儲けもんだ」
「いえ、でも言って恥をかくと……」
「恥なんて、かける時はかけておけばいいさ。それで解決出来る問題があるならば、安いもんだ。他にももっと変わった話があればいくらでも聞かせて欲しい」
こうやって話しているのは、やっぱり嫌いじゃない。自分の知識とか、思いとか、そういうことを言い合うことがこんなにも楽しいなんて思ってもみなかった。




