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合わせ鏡の呪縛。転生して双子というカテゴリーから脱出したので、今度こそ幸せを目指します。  作者: 美杉。(美杉日和。)6/27節約令嬢発売中


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父娘

「殿下、ブレイアム侯爵がお見えになっております」

 渡りに船とはこのことで、約束をしていた父がタイミングよく迎えに来てくれたようだ。この空間から逃げ出せるというだけで、少しほっとし、私は立ち上がる。

「そうか、通してくれ。挨拶がしたい」

「かしこまりました」

 挨拶? 挨拶とはなんだろう。おはようございますとか、こんばんわというような挨拶ではないことだけは分かる。そうなると、残る挨拶とは。

「結構です。挨拶など必要ありません」

「そういう訳にもいかないだろう。何せ俺は明日からソフィアに求婚をしようと……」

「ですから、それがダメだというんです」

 父が部屋に入って来たことにあせり、思わず両手でキースの口を塞ぐ。その姿を見た父が、大いに眉を顰める。あ、不敬罪……。

「何をしているんだ、ソフィア」

「えっと、これは、その……」

 諦めて手を放そうとした時、キースが抑えていた手にキスをする。

「みゃー」

 慌てて手を放し、両手を上げる。もう手まで赤い。

 まさかこんな風にいたずらをしてくるような人だなんて思ってもみなかった。

「くくくくく、残念。でも、叫び声すら可愛らしいなソフィアは」

「殿下、娘で遊ぶのはやめていただきたい」

 本当に、心の底から私もやめて欲しい。こんなの、心臓がいくつあっても足りない。

「いや。遊ぶ気はないさ。侯爵、ソフィア嬢に求婚することの許可をいただきたい。追って、書状にはまとめよう」

「……」

 先ほどより、更に父の目つきが悪い。私の不敬罪など、可愛いものだと思えてしまう。

「殿下の今のお立場は理解しているつもりです。しかし親としては、何とも言い難い。娘の意思を尊重するとしか、わたしには言いようがありません」

「要は、ソフィア嬢次第ということか」

「とにかく今日は遅いので、これにて失礼させていただきます。ソフィア」

 父はそう言って、私に外套を羽織らせる。そう言えば、この姿の私に言い寄ってくる輩は覚えておくようにとのことだったけど、王弟殿下でもその中に入るのだろうか。

「では、ソフィア嬢、また」

「殿下、グレン様、失礼させていただきます」

 きちんと礼をすると、父と共に部屋を出た。

 広間は先ほどまでいた人混みが嘘のように、まばらだ。あれから思ったより時間が経っていたらしい。母とミアの姿が見えないところを見ると、二人もすでに先に帰ったのだろう。


 外に出ると、夜風は思っていた以上に冷たい。外套がなければ、確かに風邪を引いてしまいそうだ。急いで父と馬車に乗ると、馬車はゆっくりとした速度で夜道を進み始める。

「ソフィア、いつから殿下とは知り合っていたんだ」

 沈黙を先に破ったのは、父だった。馬車の椅子に深く腰掛け、やや困ったような顔をしている。

「いつと言われても、この前カフェで一度お会いしただけです。今日はグレン様が私と殿下を引き合わせたいと言われて」

「で、今日婚約を申し込まれたと」

「はい……」

「そうか」

「お父様、一つお聞きしてもよろしいですか?」

「ああ、なんだ?」

「先ほど、お父様は殿下のお立場をとおっしゃられましたが、あれは王族としてのお立場ということですか?」

「……」

 父は考えるように、片手で額を押さえる。聞いてはいけない質問だったのだろうか。

「ああ、いや……そうだな……。王族としてという意味ではないんだよ」

 肩を落とし、小さくなる私を見た父が慌てて答える。

「これは、まだ内々の話だから誰かに言ってはいけないよ。知っているのは王宮でもごくわずかな人間だけだ。現国王が退位を願っていてね、そう遠くないうちにキース殿下が王位を継承をすることになるだろう。今はその調整段階で、国王が退位した後に混乱がないように、継承後すぐかまたは同時にキース殿下は婚姻をという形を取ることになるはずだ」

 現国王の体調不良は前々から貴族間では噂になっていた。しかも国王夫妻には子どもはいない。そうなれば、自然的に王位継承権第一位のキースが次期国王となる。次期宰相候補であるグレンが、常にサポートしているところを見ると、確かな現実味がある。しかし、問題はその先。王位継承の後すぐに婚姻ということは、キースと結婚する人間は自動的に次期王妃となるということだ。

「もしかして、私がキース様の婚約をお受けした場合」

「ソフィアが次期王妃ということだ」

「な、バ……」

 口を押え、言いかけた言葉を噤む。令嬢として言ってはいけない言葉が出かけてしまった。記憶を取り戻してから、どうも性格が瑞葉だった頃に引っ張られてしまっている気がする。ミアに気付かれないためにも、もっと慎重にならないと。

「侯爵家としては、娘が王妃となるということは、これほどない名誉なことだとは思う。だがお前の父としては、何もそんな苦労することが目に見えている所へなど行かせたいとは思わない」

 侯爵家の立場としては、王家が望むのならば娘を差し出すのが普通だ。本来なら、こちらに拒否権など存在しない。しかし、キースはちゃんと父に許可を取ろうとしてくれた。それが当たり前であるかのように。そして父も、父としての意見をキースに言ってくれた。それだけでも、みんな私のことを考えてくれていることが分かる。

「お父様」

「お前はまだゆっくりでいいと思う」

「ありがとうございます。そうですね……全部、グレン様が悪い」

 私はその結論へ至る。こうなるなら、さすがに前もって情報を共有してくれてもいいはずだ。そうすれば、もう少し心構えやキースへの接し方を考えたものを。

「……そうだな、全てマクミラン公のせいだな。今度我が家に来た時に、今日のドレスの件も兼ねてしっかり言っておこう」

「それだけでは足りませんわ。婿になったら、チクチクいじめてやって下さい」

 そう言いながら私が笑うと、父もつられるように笑った。

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