もう一つの仕掛け
もう一つの仕掛け。
それはひぐらしがノベルゲームであるという事が実は重要だったのだ。
ひぐらしはノベルゲームだ。
そしてノベルゲーム的要素を羅列してみると
①ノベルゲームには本格推理はほぼない、つまり需要がないともとれる
②ノベルゲームにはバッドエンドで終わるものよりハッピーエンドで終わるものが
ずっと多い
③ノベルゲームはB級といってもよい
こうして見るとひぐらしはノベルゲーム的にストライクど真ん中なのだ、ミステリーとしては大暴投でも。
つまり読者の期待が
ミステリー→アンチミステリーで(正→負)
になると同時に
ノベルゲーム的需要では
本格推理&悲劇エンド→ハッピーエンド(負→正)
と逆転し読者を導く二重構造になっているわけだ。
物語への期待とジャンルへの需要というこの二つは大きく分類すると期待だが、やはりこの二者は別物だ。
しかしそれらが同時にまざったら?区別できるだろうか。
この二つのの仕掛けこそが作者のひとりよがりでなくするための仕掛けだ。
まぁこれらの仕掛けでもハードランディングがソフトランディングにかろうじて変わるくらいだろうけど。
なぜここまで工夫されていても、ああも騒ぎになったのか。
これらの工夫でも補えない誤算が生まれたからだ。
ここで言っているノベルゲームとはいわゆる
ストーリー主体で立ち絵で進めていく普通のアドベンチャーゲーム全般も含んで
いると思ってもらっていいです