寂しいのかもしれない
ドラゴンの縄張りの近くは、弱く小さい生き物しか居ない。兎みたいなのとか。
「あれ?兎?耳がやけに硬質な気が……?まあ、魔物だしそんなモノか」
そして、ある程度離れて別の強者が縄張りを作る。つまり、弱く小さい生き物は強い生き物の隙間を縫って生活しているのだ。
前門の虎、後門の狼と言うことわざが有ったが、この世界では大体虎と狼が争う間に弱者は逃げるチャンスを得る。つまり縄張りの境界線が最も戦闘が多く、弱者にとって最も安全である。
おおよそ、人の街も強者(数の暴力)の縄張りと言えるので街の近くは弱者しか居ない。
「あ、鼠の国。おお凄いな。人の街みたいだ」
代表的な数の暴力は人類だが、鼠のような数の多い魔物も数で強者の位置に立つ事がある。大体、その場合は優秀な統率個体が居る。
「あ~、ペスラッテか。毒性の有る魔力が厄介なんだっけ」
鼠系の魔物には効かない毒かつ、魔力は匂いのように移る。あれだけの集団の鼠が毒の魔力を纏って襲うのだ。大きな勢力にもなるだろう。
その毒で一国の半数の人を殺したと言われている。
特性上、ペスラッテの魔力生産量は多いのでちょっと味見。尚、味はないが空気が綺麗になった。
ふわふわふわふわ。世界は魔素の海のようである。
精霊はその中を自由に游ぐのだ。
稀にドラゴンと目が合うが、スルーされる。悲しい。
ドラゴンは竜眼と言う、魔素を見る能力がある。
異世界だが、空は青い。
けれど、雲はない。雨も降らない。水が欲しければ植物だって魔法を使う。
太陽は前世より若干赤く、毎日の半分の空を占領する。
夜にしか出ない月はきっちり30日で満ち欠けを繰り返し青白い。
星は常に同じ場所で夜空を飾って方角を示し、一際明るい惑星?はその場所で季節を示す。
「季節星が玄武座に近いから11月の三日月程かなぁ」
高く空を飛んでも地平線は平だ。
12月30日の真夜中にだけ、朔月は天央で黄金に輝く。
「……ファンタジーの癖に大分、システマチックだ」
「それはね、若い世界だからだよ。美しい精霊さん」
「誰?」
ソレはドラゴンだった。
畏怖する程に綺麗な龍と呼ばれる形のドラゴンだった。
「私はクーレゥと言う」
「……僕はニホ」
「ニホと呼んでも?」
「うん。僕もクーレゥと呼ぶ」
何となく、静かに会話が続いた。
「私をそんな風に呼ぶ存在はあまり居ないから嬉しいよ」
「……ふ~ん」
よくよく考えてみれば、僕をニホと呼ぶ存在も3つ位しか心辺りが無い。精霊生130歳。
「ニホは精霊だから神と言う存在を知っているだろう?それとも忘れた?」
「ああ、思い出した。魂の管理者と言っていた」
精霊は前世を持つが、前世が人とは限らず自我も曖昧な場合も多い。
「魂に限らずあらゆるモノに管理者と言う存在は発生するらしいのだけどね。管理が必要な時に、何処からともかく現れる。この世界にも管理者は居てね。世界だけではやっていけないから、精霊と言う存在を作ったり空暦を作ったり、魔法でゴリ押したりしているそうだよ?」
「ゴリ押し?」
「ちゃんとした世界は魔法が無くても生きていけるらしいよ?この世界の大型生物は身体強化魔法が無ければ軒並み死滅するし、魔素が無ければあっという間に植物は食い尽くされる」
「ああ……水」
「水?」
「この世界は雨が無いね」
「アメ……」
「水が無いと死ぬでしょう?空から水が降る仕組み?みたいなもの」
クーレゥはあんまり友達が居ないらしい。雑談をするような。
何だかんだ、僕も久しぶりに前世の話を沢山した。
「……くるくる、くるくると、全ては繋がってる世界だった。……魔法が繋ぎになるのなら、そう言う世界として成立してるんじゃないかな」
「ニホはそう思うんだ。私は魔法の役割が大きすぎる気もするけれどね」
「ふ~ん?大は小を兼ねると言う。いざと言う時には、精密過ぎるより多少ガバな方が壊れにくいと思う。ねぇ。クーレゥは強すぎて困った事は有る?」
「友達が少ないとか?」
「それは個人の問題だと思う。強いって出来る事が多いって事」
「そうだね」
僕はいつかのグルウガを思い出した。
僕を恐れて番を作る事を躊躇った。
「出来る事が多いって、自由って事」
「そうかな?」
少なくとも選択肢は増える。
「手段を選んでも得られる事って僕は少ないと思うんだ」
「そうかもしれないね」
クーレゥは強すぎて知らないのだろう。
一人で出来る事の少なさを。
誰かに頼る情けなさを。
迷惑をかける心の痛みを。
誰かに要らないと言われる恐怖を。
僕は人だった僕に何が出来たのか知らない。
結局何もやらなかったから。
何をやっても絶対成功する確信が無いと動けない臆病な僕だったから。
常に成功しなければならないと思い込む僕自身のプレッシャーに、僕は負けた。