精霊1
精霊樹の周りは当然、世界で最も魔素が豊富であると言っても過言ではない。
精霊樹は複数有るがその何れもが、生物最強種と呼び名高いドラゴンの縄張りに有る。精霊樹の別名が竜樹と呼ばれる由縁でもある。
魔素の豊富な地域は植物に限らず、動物にとっても居心地が良く、最強のドラゴンは精霊樹の付近を譲る事はない。
が、精霊にはあまり関係ない。
そもそも魔素は不可視(例外除く)のモノで、その塊である精霊も普通は目に見える事はない。
……普通は。
「ぐるっ」
「こ、こんにちは~」
竜は例外だった。
『ああ、知らない精霊だな?』
「はい。新入りのニホです。そこで産まれました」
竜が喋った!
『そうか。我はここの精霊樹を縄張りとするドラゴンどもの長、グルウガだ』
「よ、よろしくお願いします」
見つかったのは大きな竜、グルウガのすぐ近くに居たからだ。普通は精霊は見えないと聞いて、おもいっきり油断した。ドラゴンは巨大で、恐ろしく、美しかった。
抜け鱗だろう、ドラゴンと同じ真っ赤な鱗を魔法で持ち上げた所でバッチリと目が合ってしまった。
「こ、コレください」鱗。
『我と契約すると言う事か?』
あっ!
自然界のモノは半分精霊のモノであり違う。しかし、抜け鱗とは言え正当な持ち主に自分のモノにしたいと言ったのだ。ドラゴンがそれに頷けば鱗の魔素は全て僕のモノになる。
契約の成立である。
僕は鱗にみあったお願いを聞かなければならない。
精霊とはそういうモノだ。
『くっくっく。良いだろう。好きなだけ持っていくが良い。代わりに我の身体を洗ってくれ』
「……良いの?」
縄張りの長級のドラゴンの鱗だ。お願いの度合いが低すぎる。……と思う。精霊生1日。
『生まれたばかりの子精霊に無茶を言う筈が無かろう。仮にも精霊樹、精霊の親が縄張りに居る所の長だぞ?』
「……はい」
グルウガが思っていたより理性的で優しかった。精霊樹が親なら祖父か。祖父なのか。
アウラは自然と覚えると言っていたけれど、精霊の本能なのか魔素をエネルギーとする魔法の使い方は手羽を操るように意識せずともわかった。
特に、グルウガの言う洗浄、汚れの分解は精霊の専売特許と言っても良い。
まず、(たぶん精霊樹の)落ち葉から繊維を抜いて編んで袋を作って首から下げる。服?服は最初からシンプルなシャツとズボンをはいていた。精霊としての身体の一部のようで変化させる事も出来る。
欠けたり傷の付いてない綺麗な鱗を縮小化して、袋にしまう。グルウガの周りをうろちょろする間に汚れの分解もしてちゃんと綺麗にしていく。おまけで魔素に分解した一部は僕のモノになって保有魔素が増えたのも分かる。
地面近くが綺麗になったら上の方へ。汚れを落とす訳ではないから順番は関係ない。分解した魔素は空中へ。よく見れば、魔素がグルウガの呼吸と共に吸い込まれているのが分かった。
ドラゴンに限らず魔素を魔力に変える器官が体内に有って、それは基本的に魔力が満タンでも常に稼働している。
グルウガの身体から溢れる魔力は、グルウガをより威圧的に魅せた。
けれど、精霊にとっては魔力も食材。汚れの次いでにせっせと魔素に変える。うん。僕の魔素も増える。
何と言えば良いか、僕の魔素が増えると魔法の影響力も増えるようだ。効果が良くなっていく。鱗の隙間の塵も分解。
前世は引きこもりだったけれど、こういう何も考えなくて良い地味な作業は嫌いじゃない。
……人の社会は考えなくてはいけない事が多すぎた。
グルウガは汚れが消え魔素に包まれて満足そうだし、僕も充実している。
気が付けば、1日が過ぎていた。
いつの間にか眠っていたグルウガが目を覚ます。僕を見て、ちょっと驚いてから呟いた。
『そろそろ狩りに行ってくるが』
「えっ、汚すの?」
『んん?いや、契約は既に履行済みだ。綺麗になったぞ?』
「……そっか」
そう言えば、契約だった。
ちょうど綺麗にしていた尻尾の上から避ける。グルウガはグッと身体を伸ばして羽ばたいた。動かないようにしてくれて居た事に気が付いた。魔力の濃い風ならともかく、羽ばたきでおきる程度の暴風に精霊は関係ない。
グルウガはあっという間に遠くに行った。
ふと、地面を見るとグルウガの下ははっきり言って汚かった。グルウガも鱗は好きなだけ持っていって良いと言っていたし、綺麗にしつつ落ちていた鱗を集めた。
グルウガはここを定位置にしているのだろう。周りは木々が繁っているが、ここはぽっかりと開いている。踏み固められたのであろう地面は凸凹でカチコチである。
「……タイル」
魔法で平らにする事は可能である。しかし、たぶん鱗を持つドラゴンのグルウガはゴツゴツの地面でも気にしていないだろうし、逆にツルツルにすると滑ったりして不便かも知れない。
そこで思い出したのが、抜け鱗の存在である。アレなら硬いし、どうせ敷き詰めても隙間と言う名の凹凸も出来るし、何より見た目が良い。住み家が目立つと言う問題は最強種ドラゴンの前では問題無いだろう。
「ちょっと勿体ないけど」
契約に基づき貰ったモノであるから、全て取り込めば僕は相当に成長するであろう。けれど、やっぱり何となく綺麗なモノは綺麗にしておきたい。
あの美しいグルウガが、地べたに寝そべるのはなんとも赦しがたい。
「あーっ!」
『おい!?』
綺麗に整地した僕と、血塗れの顔で獲物を咥えてきたグルウガは同時に叫んだ。