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カフェオレに砂糖

特に何かを伝えたい訳でもない。

ただ何となく、書いてみた。

「お前さぁ、調味料って言葉知ってる?」


 とある閑静な町の角にある喫茶店。

 友人が肩肘をついて放った言葉には、半ばため息が混じっていた。


「知ってるよ、“味”を“調”える“材料”のことでしょ?」

「おーおー分かってらっしゃる。なら、その手に持ってるものをな、もう一度よぉーく見てみろ。調えるってレベルじゃねぇよな?」


 言われて青年は今まさにカフェオレに入れようとしていたものを、まじまじと見つめる。

 コーヒースプーンにできた白い山は、手のかすかな震えで二、三粒零れ落ちる。

 青年は友人の助言通りしばらく見つめていたが、やがて首をかしげると、目の前のカフェオレに躊躇なく放り込んだ。

 その一部始終を肩肘つけたまま見ていた友人は、背けるように目を閉じ、鼻から短く息を吸い、吐きだした。


「……ま、言うだけ無駄か。糖分お化け」


 吐き捨てながら、ブラックのコーヒーを三度大きく回し混ぜてて啜る。

 その様を一目見た青年は、溶けきれない砂糖をかき回しながら、まるで舌が共鳴したかのように顔をしかめた。


 ザラザラとした感触が無くなったのを確認し、満足げな笑みを浮かべて一口啜り、眉間に皺寄せてコップを置いた。


「あのさ、カフェオレって人生だよな」

「どうしたお前。砂糖か、砂糖がお前を狂わせたのか」


 友人は唐突に不可解な言動をする青年に突っ込みを入れながら、コーヒーを置いて両肘をつき、口元で指を組む。

 彼なりの聞く姿勢をとり、そんで? と青年に促す。

 青年はカフェオレをかき回しながら、改まって口を開く。


「人生って、透明に見えても真っ黒で、顔をしかめたくなる程苦い思い出が山ほどあるじゃん」


 青年は語りながらブラックのコーヒーを一口啜って眉をひそめ、口をつけた部分を拭って置いた。友人は咎めることもせず、黙ってコーヒーを見つめる。


「でもそれだけじゃ生きていくのがしんどいから、真っ白で不透明で、ほんのり幸せな思い出で埋めるじゃない」


 フレッシュを一つ開け、コーヒーに一滴。吸い込まれるような黒の中に、白が広がる。

 2滴、3滴、黒と白が混じって、温かみのある木を思わせる色合いに生まれ変わる。


「でもさ、それだけじゃ足りない人もいるんだよ。どれだけ白で埋めても埋めても、苦みに耐えられなくて、飲み進められない人がいるんだよ」


 友人は難しい顔でコーヒーだったものを一口、味わうようにゆっくりと口に含み、飲み込んだ。


「そこで何もない人は、捨てちゃうんだ。せっかく淹れたのをさ、味わうことができなくて、涙を呑んで捨てるんだ」


 沈痛な面持ちで友人のカフェオレに視線を向ける青年。その目が見ているのはカフェオレでないことを察した友人は、軽く天を仰ぎ息を吐いた。


「だからそういう人たちのためにもさ、ミルク以上の甘みが必要なんだよ。ほんのりなんてもんじゃない。一口目から幸せを感じられるような、確かな甘みがさ」 


 フレッシュと一緒においてある瓶を手元に寄せ、蓋を開ける。

 ミルクのように白く、一粒一粒が星のように輝いてみえる、甘味を調えるための材料。

 それをスプーンで一掬い。端から零れ落ちるそれは、差し詰め流れ星か。


「人生における楽しみ、それをこの砂糖としたら、カフェオレってさ、人生だよね」


 青年はスプーン一杯の砂糖を見つめ、薄ら笑いを浮かべる。それを自身のカフェオレに注ぐようにゆっくりと入れ、かき回す。

 しばらく混ぜていたかと思うと、溶けきらないうちに飲み干し、満足げに息を吐いた。

 友人はそんな青年を見て、組んでいた指を解くと、白けた目をして自身のカフェオレを飲み干した。


「砂糖追加で入れたいならすっと入れろよ。別に怒んないから」

「バレたか」


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― 新着の感想 ―
[良い点] シリアスなお話なのかと思いきや、ほのぼのとしたオチにほっこりしました。主人公、きっとすごく甘党なんですね。それでも、カフェオレに砂糖投入とは……。
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