花束を君に
この小説は、「我が姫様と五令嬢、凶暴につき」の設定を使用しております。
「Feliĉan naskiĝtagon!」
その言葉と共に、目の前に桃色の何かが差し出された。何か、というのはどうやら花のようで、私とルーチェの目の前に一輪ずつ差し出されている。ルーチェの方の花は青紫色で、私の方のものとは違うようだった。そこまで観察したところで、私はそれを差し出してきた人物の方に目をやった。
「で、ソラ?どしたん、急に。」
彼女はこの国のものではない言葉を発した後は、薄く微笑みながらこちらを眺めているだけだった。そのままぐいぐいと此方へ花を差し出してくる。受け取れ、ってことだろうか。おずおずと花を受け取ると、ソラはますますにっこりと笑った。どうやら正解だったらしい。ふと横を見ると、ルーチェも受け取ったようだった。すると、ソラはくるりと私たちに背を向けて去って行ってしまった。
「なんなんや一体…」
そもそも掛けられた言葉の意味も分からないし、花を貰う心当たりなんてない。隣のルーチェも、受け取った花を眺めながら首を傾げている。彼女にも心当たりがないんだろう。まあ、ソラがおかしいのなんていつものことか。無理矢理そう納得した私たちは、とりあえず自分の部屋に戻るべく廊下を進むことにした。
しかし歩き出したその瞬間、開いていた窓から突風が吹き込んできた。
「わっ!?」
思わず目を覆って立ち止まる。突風がやんでから目を開けると、正面にウィンディが立っていた。なるほど、さっきの突風はウィンディの仕業か。目の前の彼女も、どうやら二本の花を持っているようだった。
「عيد ميلاد سعيد!」
「なんて?」
またもや意味の分からない言葉と共に、一本ずつ花を押しつけられる。今度は両方とも白い花だ。形が違うから、別の種類だと思うけれど。しかしおかしい、ウィンディは脈略もなくこんなことするキャラではなかったような気がする。まだソラだけなら理解できるけれど。そんな、ある意味ソラに失礼なことを考えていると、急に身体が宙に浮いた。
「えっ?あ、ちょ、えっ!?」
そういえばルーチェは大丈夫なのか、と横を見ると、こちらもぷかぷかと浮いていた。何を考えているのか分からない真顔だが、心なしか楽しそうにも見える。連れ去られていない、ということはどうやら危険なことに巻き込まれている訳ではないらしい。そう理解した私は、ようやく正面に視線を戻した。…あ、そういえば今ウィンディいるんだった。彼女は浮かぶ私たちを見て未だにこにこ微笑んでいる。なら、これもウィンディの仕業なのだろう。
「えーっと、下ろしてくれへん?」
するとウィンディはにっこりと笑って……私たち二人を窓から放り出した!
「わーー!!?」
(飛、飛んでる!?)
突然の浮遊感が襲い来る。私が目を白黒させているうちに、私たちの身体はゆっくりと城の中庭に着地した。体勢を整えて落ちてきた窓を見上げると、ウィンディはひらひらとこちらに手を振っているところだった。そしてそのまま彼女は歩き出し、私の視界からはいなくなってしまった。
「えっと…どうしよ…。」
「…さあ?」
私とルーチェは二輪の花を握りしめたまま途方に暮れた。
すると、視界の端で何か黒いものがひらりと動いた。つられて振り返ると、
「祝你生日快乐!」
「へ?」
クロスが花を差し出してきた。やっぱり、なんて言っているのかは分からない。これ、何語なんだろうか。
(あ、これ…)
クロスがくれた花は、私にも分かる品種だった。
「私のがチューリップで、ルーチェのが薔薇やんな?青色って珍しいな。」
私には桃色のチューリップ、ルーチェには青い薔薇。私の方はともかく、ルーチェのは何の脈絡もなく贈られる花にしては珍しすぎる。しかしクロスは、というかクロスも説明しようという気はなさそうだ。
「あーうん、ありがとう?」
とりあえずお礼を言うと、クロスは左の方を指さした。
「おお…なんやあれ…。」
そちらにはなにやら水でできているらしい建物があった。昨日まで…というかさっきまではなかったはずだ。十中八九、ソラが作ったんだろう。クロスは私とルーチェの背に手を置き、ぐいぐいとそちらへ押していった。
「えっと、入れってこと?」
私が質問すると、クロスは大きく頷いた。そして私とルーチェが中に入ったのを確認すると、クロスは手を離し、一歩後ろに下がる。その瞬間、クロスとの間に流れ落ちた水が入り口を塞ぎ、私たちは閉じ込められてしまった。
驚いた私がぽかん、としていると、ルーチェがくいくいと私の服の袖を引っぱった。振り返ると、彼女は建物の奥の壁を指さしている。そこには二枚の写真と、さらにその下に一枚ずつカードが置いてあった。
「あ、これ私らがソラから貰った花やんな?」
ルーチェの貰った花の写真には、「ブローディア 花言葉:守護」。
私の花の方には、「カンパニュラ 花言葉:感謝」
というカードが添えられていた。
そして、私たちがそれを読み上げると同時に奥の壁が崩れ落ちた。そして次には、風で出来ているらしい建物が続いているようだ。ひゅうひゅうと風の音が鳴り響く中、奥には先ほどと同じように、写真とカードが浮いている。これはウィンディがやっているのだろう。
写真には、やっぱりウィンディから貰った花が写っていた。
ルーチェの方には、「水仙(白) 花言葉:神秘」
私の分の写真の下には、「カラー(白) 花言葉:凜とした美」
と書かれたカードが浮いている。そしてそれらを読み終わると、風の壁の代わりに真っ黒い壁が現れた。推理が正しければ次はクロスの番だから、この黒いのは影だろう。そんな真っ黒い空間の中で、また写真がぽつんと、しかし色鮮やかに浮かび上がっている。
ルーチェの花の写真は、「薔薇(青)花言葉:ミステリアス」
私のチューリップの方には、「チューリップ(桃):優しさ」
とあった。また、奥の壁が崩れる。その向こう、土でできた建物の中にカーレスが立っていた。彼女もまた、二輪の花を持っている。私たちが近寄ると、彼女は満面の笑みで花を差し出してきた。
「Happy birthday!」
やっぱり異国の言葉ではあったけど、今度は私たちにも理解できる言葉だった。
「あ、そういうこと!?」
思わず口から言葉が飛び出る。そうか、みんなの今までの奇行は誕生日祝いだったのか。驚きと嬉しさとで固まる私に、カーレスがカードを差し出してくる。私の代わりにルーチェが受け取り、読み上げてくれた。
「ええと、なになに…?『ポピー 花言葉:労り』やって。ちなみに私のは『鈴蘭 花言葉:純粋』やったで。」
ルーチェがそう言ったのと同時に、土の壁が崩れ去った。代わりにテープや紙吹雪がはらはらと私たち二人に降りかかってくる。開けた視界の中に、クラッカーを持った三人が現れた。四人の声が、ぴったりと揃う。
「「「「お誕生日おめでとう!」」」」
「「…ありがとう!」」
私とルーチェは四輪の花を握りながら顔を見合わせ、にっこりと笑った。
おまけ
「あれ、でもちょっと待って?」
感動的な空気の中、ルーチェが声を上げた。
「私は誕生日過ぎたし、ファルルは誕生日まだやで?」
「………あ、せやった!」
雰囲気に飲まれて忘れていたが、そういえば私の誕生日はまだだ。すると、ソラがからからと笑いながら説明してくれた。
「ああ、ルーチェの時のサプライズはばれちゃったやろ?でも、ルーチェサプライズちゃんとしてほしかったみたいやから、もう過ぎちゃったけどやろうかと思って。で、近いからファルルもやろうかな、と。」
その後ろから、ウィンディが補足してくれる。
「ちなみにサプライズの内容は、『難しい言語から段々簡単な言語でお誕生日おめでとうって言っていったらいつ気づくのか』やで!」
さらにウィンディの横から顔を出したカーレスが、
「花は花言葉をもとに自分らで選んだんやで!」
と満面の笑みで言った。それに、クロスが
「二人の誕生日、8日と19日やろ?やから、(8+19)÷2=13.5で、今日、つまり13日の昼に祝うことにしてん。」
と続ける。ああ、もうお昼か。そう認識したところで、私とルーチェのお腹がくうと音を立てる。それを聞きつけたカーレスがやんややんやと囃し立て、ウインディがそれを宥めた。
「そしたらもう食堂行こか-。」
そんなソラの声と共に、みんながぞろぞろと歩き出す。麗らかな春の日、城の中庭では、六人の笑い声が響き渡っていた。
おまけ2
「おーい、ルーチェ、ハル。お届け物やでー。」
クロスが間延びした声と共に、二輪の花を持って現れた。
「え、まだあんの?」
「いや、私も知らんねんけど…。『語り部』からやって。」
「誰やそれ…。」
「さあ…。」
語り部?なんの語り部なのだろう。クロスも正体は知らないようだ。ルーチェもやはり首を傾げている。
「まあ、とりあえず受け取っといたら?二本とも同じ花みたいやから、一本ずつな。」
受け取った花には、一枚のシンプルなカードが付けられていた。内容は、
「Joyeux anniversaire! スノーボール 花言葉:大きな期待」
というもの。
「誰だか分からへんけど、期待されてるんやったらがんばろか…。」
スノーボールをつつきながら、私はそう独りごちた。
…いやでも、本当に誰やねん。
解説
Feliĉan naskiĝtagon! エスペラント語
عيد ميلاد سعيد! アラビア語
祝你生日快乐! 中国語
Happy birthday! 英語
Joyeux anniversaire! フランス語
ちょっと遅刻した…。