6
呆然としていたアイリーンは、偲ぶ会の後、流れるようにエスコートされて、王族居住区にある応接間に入り、四人が並んで座れそうな大きなソファーに座らされた。
ようやく頭が正常に回転したところで、隣に座るオルレアンを見上げた。
「あの、条件とは…何を言われたか存じ上げませんが、無視して頂いて結構です。自由に…とまではいきませんが、候補を選定しますので、その中からお選びいただければっ」
「選択権をくれるのか?優しいね」
にっこりと微笑まれて、その距離の近さに気付いて肩が跳ねてしまったアイリーンは、距離を取ろうにも広いソファーの肘掛がオルレアンとは反対側、すぐ側にある。
「選択肢の中に君は入っているのかな?アイリーン」
焦りながらも、なんとか体を反らせて少しでも離れようとするアイリーンだったが、無駄な足掻きのようだった。
「あの…書類上ですが私、婚姻しておりますの。対象外ですわ」
「白紙になるだろう?ジェファーソンの戴冠自体を白紙に。それに関連してアイリーン、君の婚姻も白紙に戻る。結婚ありきの継承だったからね。
…ああ、乙女じゃないと言いたいのか…それはどうかな、聞いてみなくては「乙女ですっ誰ともいたしておりません!!」では問題ないな」
なんて事を口走ったのかと、両手で口を塞ぎ、ニヤリと笑んだオルレアンをキッと睨んで話題を変えて疑問をぶつけた。
「良いのですか?せっかく放棄して研究の道に進んでいたのでしょう?このままでは、それも手放さなくてはなりません」
「別に?王位継承問題が面倒だったんだ。
わざわざ対抗させるように仕組む奴らを相手にするのもね。それに兄上の方が情に厚く人に好かれるし、政治手腕も上手かった。
揺るがす存在が近くにいない方が良いと判断したまでだ。
兄上とは時々手紙でやり取りはしていたし、アイリーンの事も聞いていたよ。
『うまく婚約者として据えられたから、ひとまず安泰だ』と書いていたよ」
「……うまく?」
「ぁあ、兄上はああ見えてタヌキだからな。
思わず同情して使命感を覚えてしまったろ?
だから今まで何とかあの甥を抑えつつ、政治を回してきたんだろう」
「ぁ…確かにそうです…けど…」
婚約者選定の時、三回ほど呼び出しに応じ王宮に上がった。
興味のなかったアイリーンは、全ての会でジェファーソンと顔を合わせもせず、他の候補者と話してお茶を楽しみながら、横目で全体を眺めていた。
候補者は段々と減り、残るは五人となったところで国王夫妻に別室へ呼ばれて、懇願するように言われたのだ。
その時に確かにアイリーンは、『確かにあれではダメだ』と、懇願する夫妻に同情もした。
「全てが演技ではないと思うが、兄上はそういう匙加減がうまくてね。
思惑通りに、かつ相手がそれに沿って自発的に動かす力も持っていたんだよ」
今更してやられた感が湧いて来るが、文句をつけようにも本人は綺麗なお星様の上でいらっしゃる。
今後空を見上げる時に半目になりそうだと、アイリーンは苦々しい気持ちになった。
「俺はそういうのは出来ない。直球で言ってしまう質でな。あの甥を支える為に君を含めて優秀な者を揃えているなら、偶に研究する時間も取れるだろう?
そしてこんな可愛い奥さんもついてくる。文句もないね」
逸らしきれなかった話題が戻ってきて、アイリーンの心に突き刺さる。アイリーンは引きつりそうな顔を抑えながら、渋々その話題に乗った。
「しかし、本当に私で良いのでしょうか?結婚は?恋人は?いらっしゃるでしょう?」
すると口角を上げたオルレアンは、アイリーンの髪先を弄びながら返事をした。
「鉱石の研究は性質上、男社会だ。これといった女も居なかった。煩いのばかり纏わりつくからな。あ、さすがに童貞ではないぞ。隠し子はいないから、そこは勘弁してくれ」
「そっそこまでは聞いておりませんっ!」
「そうか。気にしないなら安心だな」
そう言うと弄んでいた髪に、オルレアンはリップ音を立てながら口付けた。
呆気にとられたアイリーンは、そのまま段々と赤くなってしまい口を開閉するが言葉が出ない。
「ウブだな。そこも良い。頭の回転が早くて努力家で、政治手腕も素晴らしく一人でも立てる女なんて最高じゃないか。
よろしく、未来の奥さん」
色気を漂わせながら、アイリーンの髪を手から溢れるように離すと、段々と顔が近くなっていく。
「ヒェッまっっっ!!」
身体をよじって、目をギュッと瞑り手でなんとかガードするアイリーンを、少し間を置いてから揶揄うように喉を鳴らして笑う声が聞こえて、そっと目を開けた。
「必死になって…真っ赤でホント可愛い。
まだ“既婚者”だからな。何もしないよ。では、双方異論はないという事で」
今し方のやり取りは夢だったのかと思うほど、オルレアンはサッと立ち上がり、上着を整えた。
アイリーンもハッとして立ち上がり、ドレスのシワを手で整えて、オルレアンに顔を向けると、いつの間にかすぐ近くに寄っていた。オルレアンは、虚を衝かれたアイリーンの頬に手を添えると頬に口付けて「ではまた明日」と耳元で低く囁いて去っていった。
礼も執れなかったアイリーンは固まり、立ち上がったはずのソファーにへたり込んだ。
「私には上級向けすぎだわ…」
その呟きを拾う者はいなかった。