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「なに…を…!彼以外継承権を持つ王家の男性はいないのですよ?!だからこそ、彼を支えるための布陣をここまで揃えたのでしょう?」
「その事なのですが…。前王陛下の弟君、オルレアン様に復権していただこうと…」
会場内は一気に騒めき始める。
前国王の弟であるオルレアンは、継承争いによる内部分裂、兄弟間の諍いへの発展を恐れて早々に継承権を放棄し、国外へ留学して鉱石の研究の道へ進んだと聞く。
「貴族院としての意見は、本人の意思を確認出来次第で、王位継承法において復権を承認いたしましょう」
「しかし、それでは…」
『私はどうなるのだ』と続きそうになった言葉を、アイリーンはなんとか呑み込んだ。
国のためにと言いながら、自分の立場を口にするのは違うと感じたからだ。
今のところジェファーソンが王位に就いた事は貴族間に速かに告知されたが、王妃は前国王の喪が明けるのを待って、国内の暗い雰囲気を払拭すべく、慶事として大々的に結婚式を挙げる予定だった。
まだ国民に周知されていない王妃。
今なら国王を挿げ替え、貴族間に通知するだけでどうにかなる。
そして新しい国王にふさわしい年齢の釣り合う聡明な女性を探し、教育して王妃に据える。アイリーンはそれまでその女性へ王妃教育に力を貸して、役目を終えれば父の侯爵領へ戻れば良い。
今までの努力が惜しく無いと言えば嘘になるが、無になることもない。知識を侯爵領で活かせば良い。
そう自身を納得させ、言いかけた言葉の方向を変える。
「それでは、オルレアン様の意思を急ぎ確認しなければなりません。そして新たな王妃を選出しなければ」
「その必要はないよ」
低く、しかしよく響く声が会場を覆った。
その言葉を発した人物は、大階段の上からゆっくりと降りてきていた。
ブルーグレイのスーツに白シャツ、胸ポケットに喪章として黒のポケットチーフが入れられていた服装だが、スーツの上からでもわかるガッチリとした体型に、スラリとした長い手足。柔和で優しげな印象の前国王とは違い、精悍な顔立ちだが親しみを感じるのはどこと無く似ているからなのだろうか。
彼の姿を一目見ると、彼を知る者は喜びの声を上げ、近い者は握手を求める。
囲まれながらもゆっくりとした足取りで段上まであがり、王太后にも親しげに挨拶をした。
「遅くなってすまない。皆久しぶりだね。
義姉上、大変な時に居なくてすみません。一層騒がせると思い、落ち着いた頃にと思っておりました」
「ああ、オルレアン様。お変わりないようで安心したわ。急に呼び戻して申し訳ないわね」
王太后の言葉で、アイリーン以外は彼を呼び戻す事を知っていたのかと内心で驚いた。
オルレアンは、王太后への挨拶が終わると、アイリーンへ向き直った。
「はじめましてレディ。前国王の弟のオルレアンです。お見知り置きを」
そう言うと、アイリーンの手を取って軽く口付けた。
流れるような所作にアイリーンは、ポカンと見つめてしまった。
「は、はじめまして、アイリーンです」
我に返って咄嗟に名乗ったアイリーンの手を離さずそのまま微笑んだオルレアンは、何故か鋭い捕食者のような光を宿しているように思えた。
「アイリーン、良い名だ」
「あの…手を…」
「宰相、必要であるなら放棄した継承権を復権して王位に就く。
条件として、アイリーンを王妃として据えたままにする事にも異存はない」
「へ?」
何かとんでもないことが飛び出た気がして、握られた手もそのままに、淑女らしからぬ言葉が飛び出た。
すると、オルレアンは思い出したかのように片膝をついた。もちろん手は握ったままだ。
「ああ、その前に聞かなくてはいけないな。
美しく聡明なアイリーン陛下、私と結婚してほしい」
「えっっあの…」
お一人様で一生を貫き、王妃業に精を出すところから、王の交代によって領地に引っ込む算段をつけていたアイリーンだが、急展開すぎて目が回りそうなところをなんとか耐えていた。
返事がないアイリーンに、オルレアンが捨て犬のように寂しげに眉を下げて見つめる。
「一回り年上の私では、やはりダメだろうか…?」
好みかそうじゃないかで言えば、あのジェファーソンよりも断然好みだ。
年齢も年上の方が話が合うので、好ましく感じる。そう思い悲しげに見上げられて告げられた言葉に、咄嗟に否定の言葉をこぼしてしまった。
「あ、いえ。そんな事は」
その瞬間ニヤリと笑みを浮かべたオルレアンはスッと立ち上がり、ピッタリと横に寄り添われた。
「皆、良い返事を貰えた。では、継承権の復権と、アイリーンとの婚姻に向けて準備を頼む」
「「「「「承知いたしました」」」」」
ザッと次々に頭を下げて礼を執ると、宰相が合図を出して扉を開放して、下げていたカーテンを一斉に上げさせる。
会場にいた貴族院の者や重鎮たちは、そのまま急ぎ去っていく。
入れ替わりに献花などを終えて、王太后に挨拶をしに会場へ入って来るその他貴族たち。
「えっちょっっ」
そのまま王太后は挨拶を受けはじめ、ゆっくりとした音楽が流れる。
すっかり元の流れに戻った会場を呆然と見つめ、引き止めるように中途半端に上げたアイリーンの手は宙を漂ったのだった。