1
またふんわりと設定で、勢いで書いております。
生温い目で見守って下れば幸いですm(_ _)m
アイリーンがこの王国の王妃になって1年。
暗愚な王を支えるべく選ばれたアイリーンは、今や「あれ?女王制じゃなかったっけ?」と言われるほどに国にとってなくてはならない存在となった。
***
アイリーンの婚約が決まったのは7歳の頃。
元々候補には上がっていたのだが、殿下の好みとはかけ離れた冷たい印象のアイリーンは、選ばれないだろうという気持ちで、候補選定が終わるのを待っていた。
それもそのはず、殿下の周りにはいつも、アイリーンとは正反対のフワフワとした砂糖菓子のようなご令嬢ばかり溢れていて、それに鼻の下をこれでもかと伸ばしていたのだから。
これが終われば、好きな学問に五年は打ち込んで良いと父母に了承を取り付けていた。
アイリーンは好きな分野を、好きなだけ学びたい欲求のために侯爵令嬢としての、そしてブツブツと不満を漏らす往生際の悪い父母を黙らせる為に、領主としての勉強も最速で終わらせた。
その野望が崩れ去ったのが、選考最終日だった。
「へ?もう一度おっしゃっていただけますか?」
「…アイリーン。すまぬが我が息子ジェファーソンを、その溢れる才能で支えてくれ」
「…。王命でございますれば……」
すっっごく苦々しい、ともすれば不敬に当たるレベルの表情で、青ざめた父母に挟まれながら、アイリーンは重苦しい空気の陛下と王妃様を前に、渋々婚約を受けたのだった。
当の本人は…………どうしようも無く阿呆だった。
男系継承のこの国で、姫が三人生まれてしまった王家。四人目に願い叶ってやっと生まれた、悲願の王子ジェファーソンは甘やかされて育ち、諫言には耳をかさずに甘い言葉に直ぐコロンコロンと転がる、ダメな子の典型のような人となってしまっていた。
婚約成立後初の対面で礼を執るアイリーンに、ジェファーソンは言うに事欠いて
「誰だ。お前なんて選んでないぞ」
コレである。
アイリーンは、父に「その顔怖い」と言われる氷点下の笑ってない笑顔を浮かべて口を開く。
「政略結婚とはそんなものでございましょう?ご存知ありませんの?
(訳:あんたの意見なんて通るわけないだろ!そんな事も分かんないわけ?)」
侮蔑の色だけを感じ取ったジェファーソンは、ギャーギャー喚いていたが、フンッと素知らぬ顔でやり過ごした。そんな荒れた空気の中で、初顔合わせは終わったのであった。
しかしこの初顔合わせで、アイリーンの心が変わった。
言うなれば国王夫妻に同情し、国の未来、ひいては自身に関わる環境が、あんなのの采配で影響するかと思うと、不安しかない。
いくら領地を囲って守ったとしても、やらかされては溜まったもんじゃない。
そうしてアイリーンは、嫌々で取りなされた婚約に向き合うことにしたのだ。主に政治面で。
足元を固め、顔つなぎをせっせとし、時には弱みを握り、時にはジェファーソンを懲らしめ鼻で笑い、着々と力を付けていった。
ジェファーソンとの子供なんて微塵も考えられなかったアイリーンは、大人しく聡明である第一王女にいっぱい子供を作って、1人養子にくれと懇願した。
もうすぐ隣国の王家に輿入れする王女に、なんてことを言うんだと、周りは騒いだがアイリーンは頑として譲らなかった。
「考えてもみなさい。
貴方達、あの方の子に頭を下げて仕えるのですよ?
その子供が外見だけで無く、性格までそっくりだったらどうするのです?
私はその時に居るとは限らないのですよ?!」
ほぼアウトな発言だったが、名前は出さなかったし、王女殿下の私室だったのでセーフだ。きっと。
そしてアイリーンの発言で皆閉口したのが、何よりもの答えとなった。
「わ…わたし、2人以上産めば良いのよね?
でも期待に添えなかったら…」
「その時は鉱山で研究に籠もっている陛下の血縁を引っ張って媚薬でも盛りますわ」
青くなるやら赤くなるやらで狼狽る王女殿下に、内心で「その場合のお相手探しもしないと」と呟くのであった。
暫くは続くと思っていた日常が変わったのが、アイリーンが十八歳となった頃。
陛下が病に倒れて、手を尽くす間もなく身罷れた。お優しく温厚で皆に愛される賢王だったので、国民は悲しみにくれた。
王妃は意気消沈し、離宮に篭りがちになってしまった。
しかし王座を空位にしてもおけず、王妃に直談判したアイリーンはジェファーソンと書類上結婚を先にし、王子殿下の王位継承と共に王妃として立つことになった。
王妃は王太后として立ち、無理のない程度に腕を奮ってもらうこととなった。
結婚式は喪に服している事もあり、喪が明け次第にと話を進めた。
そんな裏で王位についたジェファーソンは、類友な側近を引き連れて国王の執務室(と思い込んでいる、空き部屋をそれっぽく改装した部屋)で、不満を垂れ流していた。
「なんで誰もがアイリーンの言うことばかり聞くんだ!
俺は王だぞ?!」
「そうです!まだ結婚式も挙げていない婚約者程度の女がなぜ王妃と名乗っているんですか!」
「そうだよな…俺、結婚してないよな?
なのに俺が王になったらなんでアイリーンも戴冠式で冠を受けていたんだ?」
お部屋で頭を傾げる面々。
王になる時、色々言っていたことを「王になる」の言葉ですっ飛ばし、書類にハイハイとサインしていたジェファーソンは、その中に婚姻誓約書とそれに関する書類があったこと、アイリーンと並んで提出した事も浮かれてすっぱり忘れていたのだった。
「え、じゃ私、ジェイ様のお嫁さんになって、王妃になれるの?」
その中の紅一点、ハニーブロンドのフワフワした髪の可愛らしいまだ少女とも言える容貌の女が、ジェファーソンの胸にしなだれかかりながら尋ねた。
女の腰を抱き寄せてその髪に頬を寄せながら、だらし無くデレついた顔でジェファーソンは答えた。
「王妃はお前しかいない。ブリアナは俺の最愛だからな。
それにこんな愛らしく、心優しいブリアナを王妃に掲げられる国民は幸せ者よ!」
アハハ、ウフフと夢想するお花畑の住人達は、頭を寄せ合ってアイリーンの排除に向けて、声を潜める事も、人払いすることもなく話し出した。
「まずは出て来れないよう、部屋に閉じ込めるのだ。
その内に俺が朝議に出て、存在を知らしめる。そして夜会を開き、ブリアナが真の王妃と発表する!」
「わぁ!すごーい!!
ねーねージェイ様、私貴方に釣り合うようなドレスが欲し〜い!」
「む?そうか?わかった。
よいな、ブリアナの良いように致せ!」
「「畏まりました」」
頭を下げた側近達は、早速とばかりに予算申請をしに出て行った。
部屋に居た使用人は、取り敢えずとばかりにアイリーンの元へ急ぐ。
その直ぐ後、アイリーンは、その会合(?)の内容を伝え聞いて呆れ返った。
「ちょっと、理解できなかったのだけど、もう一回言ってくださるかしら?」
「はい。要約すると、王妃様をニセ王妃と決めつけ排し、ブリアナという男爵家の庶子を王妃としてお披露目しようと画策なさっておいでです」
「ありがとう。端的でわかりやすいけど、脳細胞が死滅しているとしか思えない内容ね。
陛下は、自分で書いた婚姻についての書類も忘れたのかしら?
…あぁ、でもあの時ポワーンとしてらしたし、覚えてないのかしらね。
ついに行動まで夢心地になってしまったのかしら。救えないわね」
流れるようにジェファーソンを貶したアイリーンは、淹れてもらったお茶に口をつけて、その熱さとともにこれ以上湧き出る罵詈雑言を飲み下した。
「ふぅ、で、排するってどうするつもりなのかしら?
刺殺?毒殺?それとも冤罪で処刑とかかしら?」
スッと切れ長の目を細めて、海のように青く煌く瞳に剣呑な光を浮かべたアイリーンは、ジェファーソンの監視として付けている使用人に先を促した。
見据えられた使用人は、そのピリッとした空気になんと言って良いか口をモゴモゴさせたが、意を決して内容を口にした。
「と…閉じ込める!だそうです…」
衣擦れ一つしない静寂が辺りを包み、ピリッとした空気は硬直したように感じた。
それを破ったのは、アイリーンの一言だった。
「……は?」
「いえ…だからその…閉じ込める…だそうです」
「…幽閉、それとも監禁ということかしら?」
「…お部屋にだと…」
「……馬鹿なの?いえ、馬鹿だったわね。ココをどこだとお思いなのかしら?王宮よ?王族の住う所に、隠し通路や部屋がどれだけあると思っているのかしら?
…っ。これ以上言っても仕方ないわね。
貴方も大変だろうけど、引き続きお願いね。あ、箱を受け取って行きなさい。婚約者と召し上がって」
「お心遣い痛み入ります」
ほっとした様子で出て行った使用人を見送り、扉が閉じられた事を確認したアイリーンは、部屋に居た王妃付きの女性文官と宰相、その補佐官を前にして、幼稚すぎる妨害行為に対しての対策を口にする。
「そうね…では伝令を」