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死んで異世界  作者: ららりと
3/4

彼らは何も知らない

2019/09/29 ベリアの口調を変更しました。

2019/10/09 内容をかなり変更しました。それに伴って「ベリア」→「レヴィア」になりました。

 朝。レヴィアは彼よりも早く目覚める。だが起き上がろうとはしない。なぜならそれは、幸せを感じているからだ。彼の腕を枕に、彼の胸に抱かれて眠る。そこから顔を上げれば、彼の顔が見える。それが何よりも愛しく、名残惜しいのである。

 今のレヴィアには記憶がない。あるのは粗末な言葉と、多少の生き方。それ以外は彼に対する愛情と。あとは、接吻(キス)によって再び紡がれた、彼との魂の繋がりだけなのである。けれども、レヴィアは気にしない。彼が居る。今はそれだけで十分なのだから。


 貴仁は目を覚ます。最初に見たのは、純真無垢な瞳でこちらを見つめるレヴィアだった。


「……」


「……」


 目が合う。だが、気まずくなって。


「楽しいか……?」


 と、聞いてみると。小さな頷きが返ってくる。次いで、レヴィアはこちらに身体を押し当てるようにして小さく丸まった。レヴィアの体温に触れた貴仁は、彼女はまだ寝足りないのであろうと、ぐっとこらえた。それから貴仁は顔を洗おうと身を起こす。その時に名残惜しそうな声が聞こえたが、ぐっとこらえた。


(みず……みず……そういやない……)


 顔を洗う水がないことに思い至ると、どさりとベッドに座り込む。すると、その横にレヴィアがまとわりついてきた。貴仁はなんとも言えない感情を抱いたが、ぐっとこらえた。


「みずって……何処にある?」


 まだ寝ぼけ眼な頭を懸命に働かせながら彼は聞いた。するとレヴィアはまぶたを軽くこすり小さく「こっち……」と先導するのであった。


 洞窟の横。歩いて五分ほどのところに泉が湧いていた。湧き出た水は上流から下流へと降っていき、川となって小気味いい音を立てる。そのせせらぎを聞けば、あたたかな日差しも相まって、かなり居心地よく。貴仁は流されるままに目を瞑り、しばし自然の感触を楽しんだ。レヴィアはそのうちに、手慣れたように水を飲んでから顔を洗って、木陰でぼうっとする。自然の空気を堪能する貴仁はひととおり満足すると泉へに近づき顔を洗おうとして――思わず水面を覗き込んだ。


(左目が紅い……)


 水面に映る彼の左目は十字に割れ、その片方が紅く染まっていた。


(いつから紅く? でも普通に見えるし、すぐには大丈夫そうか……)


 直ちに影響はない。余り驚いた様子もなく、貴仁はそう結論付けた。ただその根拠は考えても仕方がなさそうだという諦めと怠惰からきているのであるが。


(……やっぱり、本か)


 貴仁の脳裏によぎったのは木小屋にあったあの本棚である。本が数冊おさまっているていどではあったが、重要な情報源には変わりない。


(ただ、問題は……)


 ――読めるかどうか。そのときになって貴仁は、レヴィアと言葉が通じていることを不思議に思った。それから、言語が同じであれば文字も同じではないか? と貴仁は淡い期待を抱く。


(とりあえず見てみるか)


 貴仁はそうするべくして、木陰でうつらうつらと首を傾げているレヴィアを連れて、洞窟の中へと戻っていった。



「……まったく読めん」


 貴仁は現在、よつん這いで項垂れていた。言葉通りの意味で文字がまったく読めないのであるからして、貴仁は己の愚かな期待が容易に打ち破られたことを知るのであった。そして最後の望みとしてレヴィアに読めるかと聞き、「よめない」という槍で貫かれたのが、この惨状なのである。だがしかし、絶望するばかりではなかった。諦めず、調べたるその先に見えたのは一筋の光明であったのだ。そう彼は、地図を見つけたのである。けれどもそれは、あまりにも特徴的であったのだが。


「国名、地名らしきところにすべてバツマーク……。それから南から北に伸びるように矢印で、強調された読めない文字……」


 察するにそれは。


「地図の見方があってるなら『北へ!』とか……『逃げろ!』とかか……。なにがあったんだよ……」


 戦争か? とも思うが、仮定として不思議力(ふしぎぱわー)が働くこの世界を基準に考えるのならそれ以外の要因も考えられるのだろう。そしてまた、これも考えるべき問題ではない。そして結局、この地図の発見によってもたらされた情報としては。


「この周辺に国があったってことと、北に移動した者がいるかも知れないぐらいか……」


 わかったことは限りなく少ない。だがしかしこれは、大きな情報なのである。ともすれば、当分の行動方針も見えてくるのだから。


「まずは洞窟周辺の散策。何もなかったら北に行く……聞いてるか?」


 そう言って貴仁はレヴィアを見る。なにも彼は独り言をつぶやいていたわけではなく、レヴィアにも聞こえるようにという思惑によって思考を声に出していたのである。貴仁が聞けば、彼女はこくりこくりと頷いた。怪しい……という視線を送りはするものの貴仁はそれを甘んじて受け入れる。

 それから貴仁は、当分の目標が定まったことに落ち着くと、ふと顎を片手で押さえて考えた。それは彼女のこと、レヴィアについてである。貴仁はずっと疑問に思っていた。それはなぜ彼女が自分を慕うのかということだ。それに加えて彼女の言動は不思議に尽きる。そうして思い出されるのは昨日のことで、レヴィアに出会ったときのことなのである。見ず知らずの人間相手に『みつけた』、『会えた』などとあまりにもおかしなことを彼女は言っていた。それが気になって仕方がない。

 貴仁は地べたから立ち上がると、レヴィアの隣。ベッドに座る。


「なぁ、レヴィア? 聞きたいんだけど」


 貴仁の声掛けにレヴィアは「うん?」と首を傾げる。こちらの声を聞き取ったのを見て、貴仁は聞く。


「どうして俺を慕うんだ? 俺とレヴィアは会ったことがないだろ?」


 その問いにレヴィアは少し考えて。


「好き、だから……?」


 と答えた。貴仁は内心で「は?」と呟く。


「えーと、じゃあその、昨日の……『みつけた』とか、『会えた』っていう意味は?」


「待ってたから……」


「……なんで?」


「好き、だから……」


「……」


 貴仁はなにかこう、もやもやせざるをえなかった。答えになっていない、そう思ったのだ。彼女の言葉から察するに、好きな男を待ち望んでいたということはわかっても、そうなってしまった理由が見当たらないのである。なぜ慕うのか? 好きだから。なぜ待っていたのか? 好きだから。ではなぜ待つことになったのか? 答えていないのである。

 そこまで考えて貴仁は、質問が悪かったのだと考え直す。なぜ待っていたのかを聞くのではなく、どうして待つことになったのかを聞くべきだったのだ。それはつまり、彼女の記憶の中。彼女の過去へと踏み込まなければならないということなのである。

 貴仁は人の過去へと踏み込むその行為に僅かな躊躇いを覚えながらも聞く。これから先も彼女と過ごすことになるかもしれないのであれば、どうしても聞いておきたかったのである。


「言い方を変えるけど……なんでその、待つことになったんだ?」


 レヴィアはその問いに俯いて苦悩する様子を見せる。それは、問いに対する答えを記憶の中から探っているように見受けられた。だが――。


「……好き、だから?」


 ただ彼女はそう答えるだけだった。

 貴仁はその返答に言い知れない何かを感じた。彼女は何かを隠しているのだろうか? だとすれば。好きな男を待ち望むことになった理由を隠す意味とは、いったいなんであろうか? ……わからない。彼女にはきっと明かせない事実があるのかもしれない。けれども、それを明かせない理由がわからない。その答えもつまりは彼女に依存してしまっている。だとすれば、彼女に聞かなければわからないことなのである。しかし、そう簡単に踏み込んでしまっていい問題とも貴仁は思えなかった。だから彼は誤魔化すように笑って。


「そうか」


 と一言、答えるのみであった。



「いい眺めだなぁ」


 のんきな言葉が空から零れ落ちた。貴仁は今、龍となったレヴィアに乗り大空を舞っているのだ。雲ひとつない青々とした空を、風を切って旋回する。寒さもなく、心地よい感触に貴仁はほうっとため息をついた。

 現在、洞窟の木小屋の中から地図を見つけた貴仁は、そこに書かれていた国名や地名とおぼしき場所を探し、散策へとでていた。しかし、空から眺めて気付けたのはあまりにも森が広すぎる――樹海といってもいいほどに広い――ということだけだった。地図を見つけたとはいっても地形もわからなければ方角も――調べる方法も――わからなかった。なので貴仁は、洞窟を中心として渦巻き状に旋回することでその周辺を余すことなく眺めていたのだが、何も見つけることはできなかったのである。

 というわけで今はどうにかして北へ向かおうと空を旋回していたのだが、そこでぐぅと腹が鳴った。貴仁ではない。するとレヴィアは高度を下げ、地へと降り立つ。それから、一本の細木の前に立ってそれをゆらゆらと揺らした。なにをするのかと思えば、ぽろぽろと落ちてくる果実の類。一言でいえばそれは青かった。レヴィアはそれを拾い上げて汚れを拭い、しゃくりと歯を立てる。甘い蜜が彼女の口内を犯し、胃袋を満たして、彼女を喜ばせた。

 その始終を見ていた貴仁は「そういえば何も食べてなかったな」と思い出す。貴仁がこちらに近づいてくることに気付いたレヴィアは、果実を拾って拭い、それを貴仁に向かって投げた。受け取った果実を見つめる貴仁。やはりそれは青く、毒々しかった。一瞬、口にすることを躊躇うもレヴィアの視線を受けてそれを食す。しゃくり、と音が鳴った。その瞬間、目を見開いた。圧倒的な旨さが貴仁を襲ったのだ。そしてあっという間にそれを食べ尽くして満足した貴仁は、レヴィアに聞いた。


「なぁ、北ってどっちかわかるか?」


「あっち」


 レヴィアはいとも簡単にその方向を指さす。一瞬、呆気にとられたように首を傾げた貴仁だったが、「そうか」といってすぐに気を取り直す。


「よし、じゃあ北に向かうか!」


 こくりと頷くレヴィア。そして彼らは文明を求めて北へと向かうのであった。

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