そして彼らは瞳を閉じる
2019.10.08 ポイントを付けてくれた方が居たようで申し訳ないのですが、内容を大幅変更しました。またそれに伴い作中の登場人物である「ベリア」が「レヴィア」に変わりました。3,4話も続けて変更します。
突然の出来事に呆然としていた貴仁は、ふと正気を取り戻し目の前の少女を見る。
燃え上がるような緋色の瞳と、しなやかで淡い光沢を放つセミロングの髪。顔立ちは幼いながらも美しく。身長は一見して七~八歳児程度に見受けられるその少女は、貴仁を見ると涙を浮かべながら抱き着いて。
「みつ、けた……。 みつけた……っ!」
と、噛みしめるように貴仁の腰をホールドした。
――化けて出た。
とは、まさにこのことだと貴仁は思った。
なぜなら彼女が現れたと同時に、龍が姿を消したのだから。
そして、なんであろうか。少女のその異常な様子は酷く貴仁を惹きつけた。
だから彼は気になって聞く。
「あ、ああ、どうした?」
「あ……やっと、みつけた。会え、た……」
そういう彼女の喋り方は酷く歪に聞こえた。幼児が覚えたての言葉を喋っているというよりは、忘れかけていた言葉を少しずつ思い出しているかのような、歪な喋り方。
しかし、歪なのは少女だけではなく貴仁も。
(ああ、わからない……)
一言でいえばそんな感想を貴仁は抱いた。
それは彼に、今までの出来事に対して何かを図るだけの答えがない故の必然だった。
自分がなぜ助かり、なぜこのような――森のような――場所にいて、なぜ龍が現れ、少女となり自分を求めるのか。そう、彼は何もわかっていないのである。それはなぜであろうか?
事ここに至り、貴仁は未だ踏み出せずにいたのだ。色々とあり得ないことが続き、これが現実であるのか、それとも夢や幻で片付けられてしまうことなのか。そのような猜疑心が彼の行く手を阻んでいるのである。もし、これが夢や幻であるのなら、目覚めた時にまた絶望するだけだと……。
しかし、目の前の少女をしてそのようなことが思えるだろうか。自身が抱く疑念にだけ頼り、果てはそれが真実だと思い込んで、いつまでも足踏みをしている。それでは死んでいるのと変わらないのではないだろうか。生きる。それがどういうことであるのか。彼が本当に知りたいのはそれなのである。
彼は強く目を瞑る。そして今まさに自身の本音と向き合った。
これまでの生きているようで死んでいた生活を顧みて。絶望し、命を絶った時のことを思い出し。次に目が覚めた時、彼はまず何をしようとしていたのかを思い出して。そう、生きようとしていたのだ。それこそ、二度目の覚悟など持てなかったほどに彼は、もう一度死にたいという激情を抱くと同時に未知を解き明かしたいという活力を得ていたのである。それは人間が持つ、単純で本能的な欲求であり、探求心ないしは知的好奇心と。そして恐怖なのである。
かくして彼は、その目に強い意志を宿して、瞳を開いた。次に目覚めた時、何が映るのか。そして彼は今、変わらない現実を目の当たりにしたと確信したのである。
彼は聞く。少女の名を。
「なぁ、名前は?」
そして少女は答える。
「レヴィ、ア……」
そして彼は答える。
「そうか、レヴィア。俺は貴仁、深山貴仁だよ」
「たか、ひと?」
「そう、たかひと」
レヴィアは貴仁の名を手に掴みこんで胸に大事に抱く。次いで彼女は顔を上げると貴仁に飛びついた。反射的にそれを抱きかかえる貴仁。
すると次の瞬間、予想だにしていなかった出来事が貴仁を襲った。
「ん? んんーーーっ!」
「あむ、れろ」
いうなればそれは愛情表現。つまりは接吻であった。
(は!?)
貴仁はそれによって、自分の中にあったすべてが吹き飛んでいくのを感じた。その風は濃密な時間が過ぎていけば行くほど強く吹き荒れ……暫くして。
「ぷは……満足」
その頃には、見事に茹で上がった木偶の坊ができ上がっていたのであった。
「ファーストキスだった……」
それは何の気なしに呟やかれた言葉だった。だが、それに答えるものがいた。
「満足」
ご満悦の少女――レヴィアである。レヴィアは喜色満面の様子で――強い衝撃を受けて――よつん這いに俯く貴仁の周りを小躍りしている。
それを顔だけ上げてぼうっと眺めていた貴仁はふと正気に戻る。それから思わずおかしくなり小さく吹き笑った。
(あー、なんだかもう、急に馬鹿馬鹿しくなってきた)
そう思うけれども、より決意が深まったと貴仁は思う。まさに今、生きている心地が湧いてきているのだ。本当に馬鹿馬鹿しいと思う。
「まぁ、とりあえず色々聞きたいことはあるんだけどさ。それは朝になってからにしたいんだけど……」
そこまで言うとレヴィアは首を傾げて、気付く。
「うち、くる」
「そうそう、行く行く」
「じゃあ、はなれて」
ふたつ返事で話が進んでいき、レヴィアは龍へと姿を変えた。
しかし、その姿は最初に見た時よりもかなり小さくなっていた。
(大きさを変えられるのか……?)
疑問には思うものの口にはしない。
それから龍となったレヴィアは、その首を回して貴仁を見ることで背に乗るように促す。
貴仁がその首元に飛び乗れば、レヴィアは大きく翼をはためかせて大空へと舞い上がった。
「寒い! 寒い! 寒……い?」
夜の空。ということで体感的に寒いと感じた貴仁は、しかし寒くないことに気付く。そればかりか仄かに温かい何かに包まれているような感覚すらあるようで、思わず首を傾げた。それはまるで春の陽光を浴びているようで、うたた寝でもしたくなってくるほどに心地よい。自然と瞼も落ちてくるのだが、貴仁は気合でそれを持ち上げる。
(こんなとこで寝たら絶対落ちる!)
確固たる確信を持って言えよう。脳天直下などたまったものではないのである。
かくして貴仁は龍の住処へと向かったのである。
地面へと伝う風が土埃を起こし、草木をざわめかせる。やがてその大地に一匹の龍が降り立った。次いで、軽い音を立てて一人の人間がその背から現れた。
言わずもがな、貴仁とレヴィアである。
着いた場所は洞窟。入り口はさほど大きくなく、しかし真っ暗でその奥行きは見渡せない。
貴仁がきょろきょろと辺りを見ていると、いつの間にか人に戻ったレヴィアが裾を引っ張って誘導してくる。
「ちょ、暗いけど。行けるのか?」
そういう貴仁であったが、レヴィアは意に介した様子もなく洞窟へ入ろうとして。ぼうっと掌に炎を浮かび上がらせた。
(なんだ、すげぇ!)と、内心で反射的に叫んだ貴仁。
だが、本当にすごいのはここからだと言わんばかりにレヴィアはその炎を洞窟の中へと放り込む。すると、奥から順に光が灯っていくのが見える。横幅に設置されていたのだろう松明が、奥行きの先から猛烈な速さで灯ってきたのである。貴仁は気付く。自分の身体が震えていることに。なぜかはわからない。しかし今、猛烈に楽しいと思っているのは確かであり、それと同時に怖いとも感じているのである。
しかして、まるで子供のようにはしゃぎたい心を抑えつけながら、貴仁はレヴィアに引っ張られて洞窟の中を歩いていく。その最中、貴仁が気になった事と言えば、いくつかの松明が灯っていないことだけだった。
暫く歩くと、段々と見えてくるものがあった。一軒の木小屋である。なぜこんなところに? と思い浮かぶ。それから貴仁はレヴィアを見て、「まさかな……」と――彼女が木小屋を作ったのではないかと――憶測したのであった。
レヴィアが木小屋の戸を開ける。中は見た通りでかなり手狭だった。ベッドのような、幅の広い長椅子のような、おんぼろな何かがひとつと、本棚が奥にふたつ。そして中央に丸机と椅子がひとつ置いてあった。見た限りではかなり簡素である。
「これは……レヴィアが作ったのか?」
そうではないと思いながらも貴仁は一応、聞いておく。
「違う」
予想通りの返答ではあるが、聞きたいことはもうひとつある。
「じゃあ、他に誰かいるのか?」
「いない」
レヴィアは淡々と貴仁の言葉を否定していく。予想していたことだとは言え、そう簡単に否定されてしまうと多少のやるせなさを感じてしまうのは仕方のないことだろう。考えるべきことはすべて明日の自分に任せてしまおう、と貴仁はそう思った。
貴仁が木小屋の戸を閉める。すると、レヴィアは貴仁の服の裾を引っ張りベッドへと誘導し、示すように先に転がる。それから貴仁の目をじっと見つめた。
「……一緒に寝ろ、と?」
そう言いたいのかと問うと、レヴィアはこくりと頷くのみであった。