死んで異世界
はじめまして、ららりとです。少しでも読んでいただけたら幸いです。
2019.10.03 大筋は一緒ですが内容をかなり変えました。
少年――深山貴仁は空気の流れを肌に感じながら宙を落下する。
一度、覚悟さえしてしまえば自ら命を絶つという行為がこれほど簡単なことだとは思わなかった。
ただ、そうであっても死ぬという恐怖はどうしても浮かんでくるものらしく。
――死にたくない。などと、そんなことは考えてもいないはずなのに、そんな言葉が脳裏をよぎる。
しかし、今更あがいたところでどうにかなるわけでもない。
やがて、少年は終わりを迎えた。
鈴虫の鳴き声につられて貴仁は目を覚ました。
感じるのは、湿った土の感触のほかに強烈な倦怠感と、油断すれば胃の中のものをすべて吐き出してしまいそうなほどの吐き気。
無理をして頭を上げれば、揺らぐ視界の中に映ったのはあり得ないほど大きな月と、立ち並ぶ木々だった。
「……、?」
貴仁は自然と首を傾げた。次いで、自分の掌を見て握りしめ、開くのを繰り返す。そして、やがて、自分が生きているのだということを自覚しだすと一気に思考が駆け巡り始めた。
もしかすれば『助かった』という言葉が最初に浮かんでくる。だとすれば、なぜこんなところに? という疑問も浮かぶ。
しかし、それに答えてくれる者は誰もいない。
もし、助かったのであればすぐさま病院に搬送され、目覚めた時にはきっと白い天井があるはずだ。
実はどこかの誰かが愉快犯的にこんな山奥に捨てていったのだろうか? などと、妄想も甚だしい。
では、やはり、なぜこんなところに? ……どうにも考えて答えの出る問題ではないのだろう。判断すべき情報が足りていないのである。
貴仁は情報を集めるため、周囲を散策しようとして。わずかな意識の空白の後、ある事を思い出す。
「なにを、してるんだ俺は……あれ?」
ふとした瞬間に気付いてしまった”それ”。今、自分は何をしようとしていた?
いち早く、この状況を呑みこみ、あまつさえそのために行動しようさえしていたというのか。
なぜ? なぜ、自分がそんなことをする必要がある。なんのために、どうして――貴仁は思わず卑屈な笑みを漏らした。
「違うだろ、そんなはずじゃなかっただろ? だって死のうとしてたんだよなぁ? 何してるんだよ、おい……」
自問自答。自らを責めることで。自らを追い詰めることで。過ぎ去っていた意識が元に戻ろうと遡り、再び”それ”を捉えた。
――自分は、死にたかったのではないのか。
それほどまでに死にたい理由があったはずではないか。
早くに両親を亡くし、頼る親戚もなく。働くために学校を辞め、会わなくなれば必然と友達すらも失っていった。
それでもまだ妹がいたから頑張れた。まだ小さく、病弱で、病室に籠りっきりだったが、それが唯一の光で生きる喜びだった。
しかし、その光さえも見えなくなってしまった。死に目にもあえず、冷たくなった彼女の手を握りながら「許してくれ」と何度謝ったことか。
最早、何もかもがどうでもよくなった。気付けば、病院の屋上から身を投げていたのだ。
「だから、死んだんだろ! なにを生きてやがるんだよ、お前は!」
怒号。貴仁は荒い息を立てながら鋭くとがった木の枝を忙しなく拾う。それを喉に突き立てるとぷつりと赤い血が垂れ、首筋をなぞっていく。
「つっ! くそ、くそ!」
――痛い。焼きつくような痛みが喉元に走り、これ以上のことを躊躇させる。
「あの時はあんなに簡単だったのに、今はどうして死ねない! 怖いのか? いや違う……。まだ、死にたくないんだ」
貴仁は木の枝を投げ捨てて深く項垂れた。恐らく、未練ができてしまったのだ。それは最初に戻って、どうしてこんなところにいるのかという”謎”。それがどうしても脳裏にちらついて離れない。謎に直面したという恐怖が、それを解き明かしたいという欲求が、心の奥底から勝手に滲んでくるのだ。
もしかしたらこじつけなのかもしれない。そういうことにしておけば、とりあえず死ぬことを考えないで済むのだから。
しかしどちらにしろ、結局は命が惜しいことには変わりない。
一度は覚悟し、実行しえたことだというのに。あまりのおかしさに口元が緩んでしまうではないか。
貴仁は、しばらく地面を見つめた後、悔しそうにひと叩きする。立ち上がり、ため息をつきながら空を仰いだ。
黒い空に黄色い月が魅惑的な光を放ち、それに負けじと数多の星々が輝いている。そして、もう一度ため息をつく。すると、さきほどまで煮えくるっていた心が急速に冷めていくのを感じた。
最早、死ぬことなど、どうでもいいことなのかもしれない。そう思わせるだけの輝きがそこにはあった。
(まずは……なんでこんなところにいるかを考えるか……)
そして少年は動き出す――その時だった。月の表面に黒点が浮かんだのを見たのは。その黒点は徐々に大きさを増し、間違いなくこちらへと近づいてきている。
貴仁が、なんだあれは、と思う暇もなくやがてそれはひとつの咆哮と共に正体を現した。
「……龍、か?」
それは、意図した呟きではなく、ただ呆然としていたが故のただの反応だった。
空を飛ぶ龍は、やがてこちらを認識すると地面へと降り立った。次いで、ぐるると、まるで獣のような唸り声を上げながら頭をこちらへと近づけてくる。
貴仁には、ただそれを見ていることしかできなかった。意識の空白はすでに溶け、あまりの恐怖を自覚し始めたのか、身体が震えて動けなかったのだ。
それから龍が頭を近づけてきたのを見て、食べられるのかとも思ったのだが、どうもそういうのではない様子。というよりも、頭を擦りつけようとしている気がしてならない。
貴仁は奥から湧いて出たつばをごくりと飲み干すと、意を決する。
「もしかして、撫でてほしいのか……?」
問うと、龍は「ぐるぅ」とひと鳴きして、さらに頭を突き出してきた。
まさか本当に? 言葉が通じるのか? 貴仁は信じられないという心持ちで恐る恐る龍の頭を撫でる。すると突然、龍の身体を輝きを放ち始めた。それは果てしなき光量で、夜の世界を昼へと変えてしまうほど。辺り一面が真っ白へと塗りつぶされた。
「うわっ……!」
途轍もない眩さに、咄嗟に両手を翳し瞼を落とす。だがそれでもなお、まぬがれ得ない光が貴仁を襲う。
「いったい何が!」
なにがどうなっているのか。誰か、説明してほしい。目を瞑っている間、そんな言葉が浮かんでくる。だが答える者は誰もいない。
そしてやがて、龍の輝きがおさまり始め、それに合わせて貴仁の視界も元に戻っていく。薄らと開けた瞳には何も映らない。
龍が消えた? ではどこに。そう思うのと同時だった。腹部に感触を感じたのは。
「みつけ……! みつけた!」
まるで舌足らずな言葉。貴仁が声の主を探して頭を下げると、そこにはひとりの少女がいた。