悩み男と相談ネコ その2
水野は相談屋から帰ってからは数日は穏やかに過ごしていたが、また角が生える予兆を感じていた。相談屋から言われたことや自分で悩みを打ち明けたことで自分自身の気持ちが軽くなったことをその時は感じていたが、時間が経つにつれまた小林(仮名)に関する辛い思い出がふと蘇るようになってしまった。水野は一人部屋で「はは、、まだまだだな」と自分の中にある負の塊が消えておらず、消えていないことでまだ影響を及ぼしていることに絶望感を抱いていた。水野はそれまでも、小林(仮名)のことを思い出す度に心の中で彼を痛め続けていた。首を絞めたり、顔を殴ったり、スマートフォンの角で顏付近を殴打して顔の骨を骨折させたりと痛め続ける想像をしていた。当然、良い想像ではないため水野自身の心も疲れるし筋肉も強張った。心の中で小林(仮名)の顔が出てくると心が「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す、、、、、、」と唱え続けるのだ。心の中で消えないのならもういっそ小林(仮名)を実際に探して行動に出るしかないんじゃないかと思うほどだった。まだ学生だった頃は親や先生、クラスのその他大勢の目があったため、目立つことはしたくなかったが、社会人となった今はそういった水野を縛る目も無いため何をしても許されるという気持ちにすらなっていた。他人の目があることの影響として他人と同じ時間や場所を共有し続けないといけないため、何か問題を起こすと短くはない期間、その他人の目に晒されることの苦痛も考えて行動、小林(仮名)を痛めつけることを控えていたが、社会人となって親元を離れた今は自分を止める者はいない。何でも出来てしまうということに水野は開放感を感じつつ、小林(仮名)が目の前にいれば痛めつけてやるが、いないことに悔しさを感じていた。「ちくしょう、、、」水野はそう呟いて部屋でじっとしていた。体の動作は無いが心の中では嵐が吹き荒んでいた。古いテレビで接触不良等で画面にたまに出ていた砂嵐のような状態だ。心の中では小林(仮名)が憎いという感情とそれに伴う記憶の動画再生、それを打消して心を落ち着けたいという自制心が一遍に働き、水野の精神力を消耗していた。そんな折、中学時代の同じ部活の柴岡(仮名)から連絡が来た。柴岡によると小林(仮名)が死んだとのことだった。どうやら自殺のようで、自室で自分の首を絞めて死んだらしい。普通なら自分の首を自分で絞めて死ぬなんて考えられないが、どうやら本当のようだった。柴岡は続けて死ぬ前の小林(仮名)の状態も話してくれた。実家を出て一人暮らしをしていたが、知人に騙されて借金を背負い、金銭的に苦しかったらしい、小林(仮名)が死んだ部屋は電気やガスが止められた状態であり、冷蔵庫も空だったらしい。と言っても電気が止まっていれば冷蔵庫はただの箱なのだが。どうしてここまで柴岡は詳しかったかと言うと、小林(仮名)と仲の良かった者から聞いたようだった。生きている小林(仮名)に最後に会ったのもその者らしい。その者曰く、小林(仮名)に最後に会った時の様子は中学時代と比べると顔はやつれ、痩せこけており大分様変わりしたらしい。小林(仮名)は時折その者に「首を絞められる夢を見る。怖くて眠れない」と訴えてそうだ。水野は柴岡からその話を聞きながら「まさか、、」と思っていたが何も言わなかった。葬式が近く行われるようで行くかどうか柴岡に聞かれた。水野は少し考えたが行かないと告げた。柴岡も水野が行かないなら行かないつもりだったらしい、水野の意思を確認すると「じゃあ俺も行かなくていいかな」と自分に言い聞かせるように言った。柴岡も水野ほどではないが小林(仮名)に嫌がらせを受けていた一人だった。中学を卒業してからも水野は柴岡と親交を続けており、水野は中学時代の部活の友人数人とは社会人になっても交流があり、定期的に食事をする時には水野が中心となり集まる仲となっていた。柴岡との電話を終えて水野は自宅のベランダに出た。ベランダから見える空や電車の音、夏の熱の籠った風を感じて自分が生きていることを確認しているようだった。人間どうなるかわからない。柴岡や自分のように社会人となり数年を過ごし淡々と生きている者もいれば小林(仮名)のように早くもその生を終わらせる者もいる。水野は小林(仮名)が死んだことを思い返し「ざまあみろ、罰が当たったんだ」と思ったがそれもすぐに虚しさに変わった。寧ろ水野は「死んだら復讐出来ないじゃないか」という残念な気持ちを抱いていた。そしてやはり相談屋で猫を過ごした時間を経て自分の心に安寧を見出していたがそれもひと時だけだったと感じていた。だが水野は柴岡との電話で気になることがあった。それは小林(仮名)の死因と「首を絞められる夢」だった。これには鬼が関わっている。水野は直感的に感じていた。水野は再び相談屋を訪ねることを決めた。