Now or Never 戦慄の深夜ドライブ
不意にある光景が現れた。
暗いトンネルの中、私は車の運転席でハンドルを握っている。
壁面のオレンジライトが規則的に迫っては飛び退る。
けれど、猛スピードの車窓からは、その輪郭を確かめる事すらできない。
トンネルの出口はまだ遠いようで視界に対向車はなく、遥か前方を行く二つの赤いテールランプが見えた。
冷たい革巻きのハンドルを強く握りしめる。
不意に激しく押し寄せた恐怖と焦りが、意識の集中を噛み切ろうとガチガチ歯噛みする。
それを振り払うべくアクセルを踏むと、エンジンが一段と高い唸りを上げて加速した。
そして疾走。
なおも私は走り続ける。
急に強い光を感じて視線を走らせたバックミラーに、迫り来る二つのヘッドライトを捉えた。
それはこちらがスピードを上げても上げても、すぐにジリジリと追い上げて来て振り切れない。
ああ全く肝心な事が、こうなった理由が分からない。
いつから、なぜこうしているのかも。
ただ一つ理解している事と言えば、後方から迫るそれに追いつかれた時、全てが終わるということだ。
まだトンネルを抜けられない。
アクセルをさらに踏み込むとエンジンが一層高らかに咆哮する。
ミラー越しのヘッドライトを一瞬遠ざけた、と思うと背後から別のエンジン音が高らかに威嚇してきた。
来るぞ!
暗いオレンジ色の車内が射抜かれるような明るいビームに舐められた。
バックミラーが酷く眩しい。
行く手の路面が強烈な光と影のコントラストで切り分けられた途端、銀色の車体を操る追っ手が素早く右に切れて対向車線に踊り出た。
行く手に対向車は見えないが、あまりに無謀だ!
コイツは狂ってる!
しかもそいつは横並びに並んだ途端、左にハンドルを切り接触寸前まで車体を寄せてきた。
「危ないっ畜生、脅かしやがって!」
一人叫ぶ。
もしも弾みで左に少しでも大きくハンドルを切っていたら、トンネルの壁に激突していたところだ。
再び右の助手席越しに銀色の車体が接近し、今度は運転席の黒い人影を視界の隅に捉える。
と、同時にガツン!と衝撃が来た。
体が左右に大きく振れて、車の前部が右に傾く。
まずいっ!
瞬時にアクセルを離す。
ガガガガガッ!
車体左後部が壁面に擦れる音が響き、激しい振動で視界が細かくブレて手が震える。
ハンドルの重さがこたえる。
だが対向車線に大きく入り込んだ右前部を必死で立て直し咄嗟に後ろを見ると、幸いにも後続車は居ない。
状況を確認する間に、追っ手の銀の車体が吠えて加速しながら遠ざかり、やがて見えてきたトンネルの出口を超えると遥か前方で走行車線に戻った。
命拾いした!
息が切れ、汗が流れ落ちてくる。
運転手の顔はおろかナンバーすら読み取れなかった。
これで終わりか?
いや、そんな筈のない事はもう理解した。
一旦離れたと見せかけた銀の車体が再び視界前方に現れ、再びこちらのスピードにシンクロさせながら車体を寄せて来た。