私の存在理由
ヒトリキコの呪いが生まれた元凶・小夜に関する一つのお話
夕日に照らされ赤く染った部屋でもう動くことも、息をすることさえも出来なくなった愛しい息子の亡骸を抱き、私は一人涙を流していた。
時間が経つにつれ、冷たくなっていくその亡骸を抱きながら、私は唯々後悔をしていた。
兄妹でただ一人だけ身体が弱く、役立たずでしかなかった私に兄様は本家に嫁ぎ、跡目を産むという大切な役割を下さった。
私よりも可愛くて、性格も良い妹なんかではなく私にそういって下さり、私は喜んで桐生の本家へと嫁いでいった。
桐生の当主であり、私の旦那様となった紅琳様はとてもお優しい方で、いつも身体の弱い私を気遣ってくださった。
私は雨宮の家にいた時よりも幸せな日々を過ごしていたが、身体が弱いせいなのか、なかなか子ができることは無かった。
そして私が紅琳様の元へ嫁いでしばらくした頃、今度は妹が紅琳様の弟である紅叉様の元へ嫁いできた。
私は健康である妹に先に子供ができてしまったら、また私は誰からも必要とされなくなってしまうのが怖くなり、なんとか子を成そうと努力を繰り返した。
そしてそれからしばらくした頃、妹よりも先にようやく子を身ごもり、私はそのことが嬉しくて仕方なかった。
紅琳様も子ができたことを喜んで下さり、私達は幸せだった。
しかしその幸せは長くは続かなかった。
ようやく生まれてきた我が子は私に似て身体が弱く、すぐに何かしらの病気にかかり、外に出ることも叶わなかった。
私は自分の身体を呪った。
桐生の跡目となる子だったから、強い子に産んでやらなければ、しっかりとした子に産んであげなければいけなかったのに、私の身体が弱かったばかりに、こんなことになってしまい、涙が止まらなかった。
しかしそんな私を紅琳様は責めずに、大切に育てようと言ってくださった。
私はそんな紅琳様に励まされ、なんとか持ち直し、我が子をしっかりと育てようと決めた。
しかしその後すぐ、妹に元気そうな双子が生まれ、またもや私は深い深い穴の中に落とされた。
そんな私の様子を見てか、それとも生まれた双子の片方の髪色が異様だったからなのかはわからないが、紅琳様は妹たちを屋敷から追い出し、屋敷の離れに追いやってしまった。
妹と紅叉様は異議を唱えていたが、私は目障りな妹がいなくなり、嬉しくて仕方なかった。
さらに少し成長した息子は少しだけなら外に出ることが出来るようになり、私たちは三人で幸せな日々をおくった。
しかしそれから数年後、息子は重い病気に罹り、今ではこうして私の腕の中で、冷たくなっていってしまっていた。
悪いのは身体の弱い私なのだとは分かっていた。
いつの間にかそばによってきていた紅琳様が私を後ろから優しく抱きしめてくださった。
私は息子の亡骸を大事に抱えたまま、紅琳様にそっと身を委ねた。
すると視界の端にいつの間に来ていたのか、妹と紅叉様と双子の片割れがうつり、紅叉様が私たちを嗤ってみているのがわかった。
私にはそれが不快でしかなくて、嫌だったけれど、そんなことよりも息子を失った悲しみの方が大きく、追い出すことはしなかった。
それからしばらくして日が完全に沈みきった頃、私は真っ赤に腫れた目を擦りながら、そっと息子の亡骸を離して、床に横たえた。
そしてその場をあとにしようと、ふと顔を上げると、そこにはまだ妹たちが立っていた。
しかし私の目には妹も紅叉様も映ってはおらず、こちらを睨みつけるように見つめている双子の片割れを、私はじーっと眺めていた。
そして急に私はとてもいい案が思い浮かび、口を開こうとしたが、それよりも先に、私の行動を怪しんだ妹たちはすっと身を翻し、離れの方に戻っていってしまった。
私がそれを恨めしそうに見つめていると、そっと紅琳様が私のそばにやってきた。
『小夜?』
『……』
『小夜?』
『紅琳様…』
『どうしたんだ、小夜?』
『私、今とてもいい案が浮かんだんです』
『いい案…?』
『聞いてくださいますか?』
『……』
紅琳様は私の問いに返すことなく、黙り込んでしまったが、私はそっと紅琳様に近寄り、耳元でひっそりと計画について話をした。
すると紅琳様は私のその計画に賛同して下さり、私たちは数日後にその計画を実行することに決めた。
それから数日がたち、我が子の葬式なども終わった頃、私と紅琳様は計画を実行するために、妹たちの住む離れへと向かった。
離れに着くと、妹たちは驚きと困惑が混ざったような顔で、私たちを出迎えた。
そして離れの一室に着くと、妹が意を決したように切り出した。
『それで姉様、なんの御用でしょうか?』
『……』
『姉様?』
『私の息子が…本家の跡目が亡くなったのは知ってるでしょ
でも身体の弱い私にはもう子を成すことは叶わない
だから…ね…?』
『私の子を…紅蘭を差し出せとおっしゃるのですか?』
『そう、あの子を養子にして跡目にするの』
『そんなこと私たちが許すと思うのか?』
『紅叉様…』
『紅雪を忌み子だと蔑み、私たちを離れに追いやったくせに
都合のいいことばかりを!』
『…それがどうした?』
『兄様?』
『それとこれは話が別だろう?
まあいい、今日のところは帰ることにするが
紅蘭をよこすまで何度でも来るからな』
『……』
『小夜、帰るぞ』
紅琳様はそう言って立ち上がると、妹たちと、部屋の外からこっそり話を聞いていた双子をひと睨みすると、私を連れて、その場をあとにした。
それから私と紅琳様は毎日のように離れを訪れたが、妹たちが首を縦に降ることは無かった。
紅琳様は計画が進まないことに苛立ちを感じているようで、日に日に昔のような優しさが失われていき、私にでさえ辛く当たる日が増えてきていた。
私は一人部屋に篭もり、なんとかその辛い現実をやり過ごしていたが、ふとまた一つの計画が浮かび、私はニヤリと笑った。
そしてその翌日、私は誰もいない時間を見計らい台所に忍び込み、その中でも特に切れ味の良さそうな包丁を懐に隠して、ふらふらと覚束無い足取りで離れへと足を運んだ。
私が離れを訪れると、出迎えた妹は一瞬嫌そうな顔をしたが、私の異様な雰囲気に気づいたのか、すぐさま逃げ出そうとした。
『朱里?どこへ行くの?』
『…姉様…っ!』
『ねぇ朱里?私やっと気づいたの』
『……』
『貴女が、紅叉様があの子をくれないなら』
『……』
『私が貴女たちを殺して奪えばいいんだって』
『…姉様…』
『だから死んで?』
私の言葉に妹は恐怖を覚えたのか、なんとか奥にいた紅叉様の元へと逃げ、助けを求めようとしていた。
私は懐から隠していた包丁を取り出すと、容赦なく妹の背中に突き刺した。
私が妹が動かなくなるまで、何度も何度も妹に包丁を突き刺していると、異変に気がついた紅叉様が現れた。
『何をしている?』
『何って朱里を殺したの』
『何故?』
『あの子を私にくれないから』
『お前は…っ!』
『貴方達が悪いの』
『紅蘭は私たちの子だ!』
『いいえ違う、あれは私の子』
『そんなに私たちが憎いのか!!』
『そうよ貴方達が憎いの
だからもう貴方も死んで?』
紅叉様は私の言葉に怒りながらも、私が振り回す包丁を避け続けていた。
しかし紅叉様の視界の端に今まで奥にいたであろう双子がうつると、紅叉様は双子を守ろうとして、僅かな隙ができ、私はその間に紅叉様の背を包丁で切りつけた。
紅叉様がその場にパタリと倒れたのを確認すると、私は急いで紅蘭の手を掴むと、嫌がる紅蘭を無視して、そのまま屋敷まで引っ張って行った。
屋敷に戻ると、何故か私を探していた紅琳様は私が返り血まみれである事に驚きながらも、私に引っ張られている紅蘭の姿を見ると、嬉しそうに笑ってくれた。
それから数日は何事もなく過ぎていった。
紅蘭は最初こそ抵抗していたが、すぐにそれもおさまっていた。
私たちが気がかりだったのは離れに残したままの片割れの方だったが、特に何かをしてくるわけでもなかったため、放置をしていた。
そしてそれからまた数日後、世話役はいるはずだけれども、流石にあの片割れがどうなったか気になった私と紅琳様は離れを訪れた。
離れの扉を開けた瞬間、私は身体に痛みが走ったのを感じた。
何が起こったのかと視線をずらすと、そこにはあの忌み子が血のついた刀を握り締め、狂った笑みを浮かべて立っていた。
『 』
あの忌み子の口が動き、何事かを呟いたが、その声は私たちに届くことはなく、私はそのまま意識を手放した。