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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おさまらぬ大地 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 よう、お前か。また図書室だかで調べものか? 熱心なこった。

 ――天気がいいのに、君が外で遊ばないのが珍しい?

 まあ、そうかもな。今はこうして校舎の窓から、みんなが遊んでいる様子を観察させてもらっている。誰かがケガするんじゃないか、とな。

 いや、別に保健委員の精神とかを発揮しているわけじゃない。俺は怖いのさ。自分が一番手になっちまうことが。

 今日の朝礼で校長先生が話していただろ? グラウンドの土を入れ替えた、と。今までの学校生活でわざわざそんな告知がされたこと、なかったんじゃないか? それが過去の俺のケースとダブって見えて、警戒をさせてもらっているわけよ。

 ちょっと聞いてみないか? 俺が小学生だった時の出来事になるんだが。

 

 その時も同じように、校長先生がグラウンドの土を入れ替えたことを、朝礼で俺たちに告げてきた。校長先生の話というのは、大半が退屈な雰囲気を作り上げる「ありがたいお言葉」というのが俺の印象だ。それに混じってきた、えらく現実的な話。不思議と記憶に残っちまったよ。

 その日は天気が良く、絶好のスポーツ日和だ。休み時間、俺も外で友達とサッカーをし始めたんだ。あの頃は、服がよごれることとかに全然抵抗がなかった。半袖短パンで遠慮なくスライディングタックルをかましたり、とかな。

 けれどその日、最初のタックルで砂利だらけの地面に左手をついて滑った時、周りのみんながうめくような声をあげたんだ。自分の軌跡を振り返って、俺にもすぐその原因が分かったよ。

 俺が滑った地面に、血が長く尾を引いて残っていたんだ。思わず自分の手を見ると、皮膚がべろりと剥けて、左手全体から血が滴っている。近くにいたみんなが、苦々しく顔を背けるほど、ひどいものだった。


 すぐに手を洗って保健室行きを進められたが、当人である俺は、意外なほど痛みを感じていなかった。あまりの現実感のなさに、手の傷と、そこから流れ出る自分の血が、精巧なメイクのように思えて、どこか他人事のような感をぬぐえなかったんだ。

 保健室で先生から施された治療と注意に関しても、どこかうわの空。文字通り痛くもかゆくもなかったんだ。血が出ていたことは、先生の脇に置かれたゴミ箱の中にある、脱脂綿からも明らかなのに。

 教室に戻った当初は、多少気にかけてくれたみんなも、俺が大事ないことが分かると、またいつもの様子へ戻っていった。その日の掃除の量が減ったことは、ついていたと思ったけどね。

 だが、それ以降も俺にとって、不可思議な出血は相次いだ。

 腕、足、太もも、頬……肌をさらけ出していた部分が、勝手に血を出した。いずれも人に見咎められてようやく気付くほど、自覚がない。あの日の手と同じだった。


 不気味さを覚えて内心びくびくしながら、それでもどうにか学校に通っていた俺。ある日のホームルーム前に、俺は校内放送で校長室に呼び出された。

 初めて入る校長室は壁の上部に、額縁入りの歴代校長先生の写真がかけられている。校長先生の意向か、壁際には入ってすぐのところに観葉植物の鉢植えが置かれていること。隣り合った職員室に直通するドアがあることをのぞけば、残りのスペースを本棚が埋めていて圧迫感を覚えた。

 一番奥の窓際には、校長先生が仕事をすると思しきデスクが置いてあるが、校長先生は今、そこにはいない。デスクの手前にある、三人がけのソファに腰を下ろしている。ガラス製のテーブルをはさんで俺の側にも、同じ形のソファが背中を向けて鎮座していた。

 驚いたのが、校長先生の隣に保健の先生が座っていたことだ。いつもの白衣姿で、手にレポート用紙らしきものを持って、背筋をピンと伸ばしている姿。普段はケガの治療の時にかがんでばかりだったから、これほど背が高い人とは思っていなかった。

 同時に俺は直感する。これはきっと、あの奇妙なケガについて尋ねられるのだろう、と。


 予想通りだった。俺は初めてケガをした時から、これまでのあらましを話して欲しいと頼まれたよ。保健の先生は治療の時に俺から聞き取ったことを、レポート用紙に書き出していたらしい。俺の記憶があやふやな部分に関して、ところどころ補足をしてくれた。

 校長先生はうなずきながら、時には保健の先生が手にしたレポートを見つつ、話を聞いていたが、やがて俺の方を向いて、言った。「今度の土曜日に、学校のグラウンドへ来て欲しい。そのケガを止めたいから」と。

 正直、自分から誰かに話すことに、怖さを感じ始めていた時期だった。それを向こうからケガについて触れてくれたことに、どこか安心を覚えたのかも知れない。俺はうなずいた。

 その週、俺は登下校の際をのぞいてグラウンドに出ないよう、指示を受ける。ちょうど体育の内容も室内競技だったのが幸いした。うちの学校は割り当てられた時間以外にクラブ活動を行うことはなかったから、土曜日にグラウンドをふさがれる恐れは少ない。

 久しぶりに、血を見ることのない一週間を過ごすことができた俺は、要請通りに土曜日の指定された時間に、学校のグラウンドへ向かった。


 校門に保健の先生が立っている。彼女に案内されるがまま、俺はグラウンドの中へ入っていった。

 サッカーゴール同士が向かい合っている、その中間あたりに校長先生がいた。ちょうど俺が、最初にケガをした辺りだ。そばには大きめのスコップが転がっている。

 先生の手には数本の榊の枝。その半ばには、神社のしめ縄を飾る、雷のマークにも似た「シデ」がくっついていた。

 先生はもう一度俺から、ケガした場所を具体的に聞き出すと、そこの四隅に榊の枝を差し込んでいく。保健の先生が白衣のポケットから線香の束とチャッカマンを取り出し、線香の先へ火をまとわせると、榊で囲った中央にそれを置いた。


「また自分の身体から血が出てくるかもしれない。特に注意をしてくれ」


 校長先生はスコップを握りながら、声をかけてきた。

 辺りに線香の匂いが立ち込め始めてから、数分後。

 ポタリ、と俺の左手からこぼれたものがある。血だ。

 血が一滴、地面に落ちて吸い込まれた。後を追うように、また一滴、一滴……。

 痛みがない。閉めそこなった蛇口の水のごとく、こちらが意図せぬまま、勝手に落ちていく。保健の先生が、俺の手をガーゼできつく押さえてくれるが、それでもじょじょに赤く染み出してきているのが、目で分かるほどだ。

 

 けれども、地面にも変化が起こる。あの日、俺が地面を滑って残し、みんながうめいたあの赤い線が、じんましんのように浮かび上がってきたんだ。俺が最初に手をついた地点へ近づくに従い、色はどんどん濃くなって、実際に血が溜まっているのではないか、と錯覚を覚えるほど。

 その色が最も濃く出たところ。榊の木で囲った見えないワクの片隅を、校長先生はシャベルで掘り起こす。赤く染まった土を何度か掘り起こすと、やがてスコップ面に何かが乗っかる。

 ひと目見て、それは形が整ったまま灰になった、たきぎのように思えた。半円柱の形状を持つそれは真っ白で、けれども脈打つように震えている。一緒にすくった土の赤さのせいもあって、その全身が余計に美しく映るほど。

 あっけに取られる俺を尻目に、校長先生はグラウンド脇の、大きい水道場へ。例のシャベルごと白い炭らしきものに、勢いよく水を当てる。保健の先生と一緒に近づいた時には、すでにあの物体は姿を消していた。


「すまないな。どうも業者が、十分な選別をせずに土を入れ替えたらしい。迷惑をかけた」


 校長先生は俺の質問に答えながら、燃えかけの線香にも水をかけ、榊の枝を抜き取っていく。


「地鎮祭という言葉を、知っているかな? かなり平たく言えば、ある土地に建物を建てる際にお守りの結界を張り、その周囲の土地に眠る霊や神様が悪さをしないように供養をする。それによって、事故や災害に遭うことなく過ごすことができると考えられているんだ」


 だが、中にはそれを十分に行わないまま、今回の入れ替え用として扱われる土もある、と先生は続ける。

 人が毎日死ぬように、地面でも日々数えきれない命が犠牲になっている。それは自然のサイクルに中で分解され、栄養になって次の生物へ引き継がれるのだけど、時々、どこにも行けない「漏れ」が生まれる。それは土中のいずこかに集まり、あるべきではない命を作ろうとするのだとか。

 俺の痛みなき出血は、その前段階。先ほど洗い流した命が、本能的に求めた餌食に俺の血が選ばれたのだろう、との見解だった。先ほど行ったのは、あくまで今の時点で存在する誤りを正したに過ぎず、またどこかで生まれるかも知れない、と。

 だから俺は同じことが起こりはしないか、今も気が気でならないのさ。


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