第7話 後悔/目覚め
こちらに目掛けて向かってくるトラックを見て。
私は思った。
ーああ、死ぬんだ。
不思議と冷静に、私の中にその言葉がストンと落ちた。
死ぬのは怖いと思っていたけど、以外とすんなり受けいられる物だ。
「 …………え?」
ものにして数秒。
私は最初何が起こったのか頭で理解できず。ただただぼうっとその有様を眺めていた。
ー死んでない。
あの瞬間ー。
「…………ぇ?」
私は…。
「……晴?」
そう、私は。
あの瞬間、晴に突き飛ばされた。
そして、晴がいた場所を通過していく大型のトラック。
本来なら、私がいた所。
晴の体が、とぶ。
とぶ。
おちた。
「………ぁ…………あ」
思考が追いつかない。
口が震える。
え、晴?
『亜紀と白鳥君ってさー、むっちゃ仲良いよね』
『あ、分かるー。なんかーもうカップルって感じ?』
『え、亜紀、白鳥君の事好きなの?』
『まぁ顔はフツーだし、ぶっちゃけそんな目立ってないよね?』
『あんなのがタイプなのー?』
中学生の時、不意に友達に言われた言葉。
それまで日常だった物が、否定される感覚。
それから、まぁ。
なんというのだろう。
友達に見られるのが嫌で、晴と一緒に帰るのをやめた。
学校で話すのもやめた。
そのうち、学校以外でも話さなくなった。
それでも馴れ馴れしく話しかけてくるあいつに腹が立つ事もあったけと、変わらない晴に心の何処かでは実は安心していた気持ちがあった。
だけど。
「…………は……る…?」
動かなくなった晴を目で追った。
晴を通過して行ったトラックは、いつのまにかフェンスに阻まれ進行を停止していた。
「……うそ」
自然と、体が動いた。
晴の下まで駆け寄り、見た。
全身が血だらけで、足や腕など、ありえない方向を向いていた。
「うそ、うそでしょ!晴!なんでアンタが私を庇うのよ!」
口から出たのは、そんな言葉。
わかってる、今いうべきなのはそんな事じゃない。
周りで救急車を呼ぼうとしていた人や立ち尽くす人達の視線が向けられた。
しかし、口は止まるのをやめなかった。
「アンタ!私が避けてたの知ってたわよね!?なんで…なんでいっつも!今までみたいに話かけてくるの!今も!私を助けなければ助かったのに!……なんで、そんなに…」
心臓が、いたい。
今まで感じたことのない痛み。
こう、内側がトゲが刺さってくるような。
「はるぅ………」
目から涙が落ちてきた。
そっか、私泣いてんだ。
「うぅ……っ」
その場に座り込んだ私は、救急車が来た後も、ずっとずっと泣いていた。
なんでそんなに泣いていたのか。
訳が分からなかった。
私は、晴のことが嫌いだった。
いや…。
違うな。
訳は正直、分かる。
でも、それを認めるのが怖かった。
私は晴を嫌いになろうとしていた。
でも、出来なかった。
だから、なるべく。
晴と、話さないように。
目を合わせないように。
話しかけられても返さない。
そうやって、晴との壁を。
自分で作っていた。
周りの目ばかり気にして、私は。
あんなに嫌いだった彼を
ころしてしまった
全てが終わった後だった。
全てが終わった後に、気づいた。
今まで自分の中に封じ込めていた気持ちと。
それが、もう叶わないということに。
後悔の波に溺れたまま。
私、皐月 亜紀は日々を過ごしていく。
◇
ピッピッピッ
規則正しい電子音。
久しく聞いた記憶のない、しかし確かに聞いた事のあるその音が。
目が覚めた最初の俺が初めて聞いた音だった。
「……………………」
声が出ない。
体も動かない。
視界は今、ぼんやりと世界を取り戻している。
白い、天井。
俺は、いったい…?
止まっていた脳を無理やり動かし、記憶を探る。
そして気づく。
そうか、俺は。
戻ってきたのかー。
そう。
俺は、大型のトラックから幼馴染の亜紀を助けようとして死んで後。
神様の意向で異世界で魔王を倒す勇者として、数年間もの間過ごしてきた(この世界では1ヶ月程しか経っていない)。
そして見事魔王を倒し、アクシデントは合ったものの、ついに念願のこの世界に帰ってきたのだった。
元の世界に戻ってきたと気づいた瞬間、胸の中からこみ上げる思いで一杯になり、目の辺りにじんわりとした感覚がやってきた。
しかし、涙はでなかった。
無理に押しとどめたわけではない。
そもそも感覚のみで、そこに水分と呼べる物が感じられなかった。
そもそも目を開けたのが久しいようで、しばらくすると目が痛くなってきた。
俺は目を閉じ、考える。
そうか、たとえ1ヶ月もこうしていたんじゃ、色々と麻痺するよなぁ。
そうして、暫くその体勢のまま静止していた俺は、だんだんと体中に感覚が戻ってくるのを感じ、意を決して体を起こした。
はっきりとしてきた脳と視界から、情報を得る。
まず、俺を覆う違和感。
口元には、酸素ボンベ。
そして、体中に電極が張り巡らされていた。
それらを伝って、機材から聞こえてくるのは、俺が最初に耳にした電子音。
その画面の中は、俺の心臓に合わせて、波が作られていた。
「びょ……い…ん」
病院。
まだ声をまともに発する事のできない口でいう。
…そうか。
そういえば俺は、トラックにひかれてー。
「………ぅ……っぁあああ!」
脳内に、残してきた婆ちゃんの姿がよぎった。
無理矢理体を動かし、体から電極が外れていく。
酸素ボンベも取り、ベッドから地面に立った。
後ろからピーッ!という心臓が止まった事を証明する音がなる。
次期に、看護師さん達もくるだろう。
でも俺は止まらない。
止まりたくない。
一刻も早く、数年間帰れなかった家に帰る。
この世界では1ヶ月とはいえ、長い間婆ちゃんに会えていない。
もう数分でも、1人きりで過ごしていてほしくはない。
もう、爺ちゃんが死んだ時のような悲しい思いを、俺の時もして欲しくない。
俺にとっての育ての親に、そんな1分、1秒でさえそんな思いをして欲しくない。
今すぐに俺の無事を証明しにいかねばー!
だが。
ガクン!と体が歪んだかと思うと、俺は膝から崩れ落ちた。
「ぁ………」
無理もない。
この体は、1ヶ月寝たきりだったのだ。
いきなり動けというのも酷な話だろう。
だけど。
「…………ぁあああ…!」
諦めない。
立ち上がろうとするが、力が入らない。
頭がぼうっとしてきた。
無理に意識を起こした事で、体がついていかなくなったのだ。
くそ、やっと帰ってきたのに…!
そして俺は、意識を失った。