第6話 帰還part3
「ここは…」
気がつくと、ただただ白い空間が、俺の眼前に広がっていた。
魔王の城の、最後に魔王と戦った部屋も広すぎて遠くが見れなかった程だが、ここはなんというか。
壁が、ない。
ただひたすらに、延々と白い空間が広がっていた。
だが、それには俺は対して驚かなかった。
そう。
あの世界に召喚される際、1度この場所にきているのだ。
「う〜ん…」
隣で、俺のものではない声が響いてきた。
「イラハ……」
そう、イラハだ。
いざあの世界に別れを告げようとしたその時。
不意を突くように突進してきた、あのイラハだ。
「…ん、ハル。よかった。無事みたい」
呑気なものだ。
こちらに気がついた彼女は、ふわふわとした様子で安否を確認してきた。
「…イラハ、なんでお前」
「…イラハには、あの世界に帰る場所なんてない。イラハは一生ハルに着いていくって、決めたの」
「…イラハ…」
「…駄目だった…?」
そうだ。
イラハは確かに謝りに行くとはいったが、それは街を勝手に抜け出したことであって、あの街の人々はイラハに対する対応を変える訳ではない。
イラハは、ケジメをつける為にあの場所に行ったのだろう。
……未知の世界に飛び込む支度も兼ねて。
「…いや、駄目な訳がないよ。にしても、無謀すぎだ」
軽く、イラハの頭にグーパンチをかます。
「…うぅ」
そこで。
『全く、やってくれたな、イラハ』
頭上でそんな声。
「神様…」
今まで何もなかったのに、途端に巨大な男が現れた。
その彫りの深い顔に、もじゃもじゃと髭が生い茂っている。
神様はハルを見下ろすと。
『ハルもハルだぞ。イラハが見えた瞬間に気を緩めなければ、こんな事にはならなかった筈だ』
「す、すみません」
ゆっくり語っているが、神様の目にはどこか厚のようなものが感じられた。
「……神様」
イラハが口を開く。
「イラハには、もうあの世界に帰りたいと思う場所がない。イスクスやラーニャ達も素晴らしい仲間達だけど。イラハは、ハルのいる所に帰りたい…。ハルの帰る所が、私の帰る所」
イラハは、意志のこもった目で、神様に訴える。
『ならぬ。どのような理由であれ、特別な権利に他界へ行くことは』
「………っ」
イラハが悔しそうに唸る。
「…っ、でも神様、イラハはー!」
『と、いいたい所だが』
ふ、と。
神様から感じられていた厚が消え失せる。
『私は、イラハ。お主の世界移動も、許可しようと思う』
「………!!」
下を向いて俯いていたイラハが、ばっ、と顔を上げた。
『私も、ずっとお主達を見てきた。イラハ、お主も数奇な体験を数々も経験した勇者ハルの仲間だ。お主がいなければ、魔王を倒す事も難しかっただろう。とても賞賛に値する事だ』
神様は、一息ついて、続ける。
『そして、何より。私の心を動かしたのは、イラハ。お主のハルに対する想いだ』
「……イラハの、ハルに対する想い」
イラハが復唱する。
神様は頷き、言う。
『そうだ。私はお主の、際程の行為に大変な感銘を受けた。本当は、ハルが扉に触れた瞬間に扉を閉じるつもりだった』
またも一息ついて、神様は言った。
『イラハ。お主の想いが、私の判断を変えたのだ』
「……………イラハが…」
イラハはそれ以上は何も言わなかったが、その気持ちは容易に汲み取る事が出来た。
『もし、元の世界に今すぐにでも帰りたければ帰すが…、どうかね』
「いや。イラハは、ハルと一緒」
即答であった。
『…そうか。そうだな。よい。よいぞ!』
神様は自分で何か納得したようだった。
そして、俺の方を向くと、言った。
『ハルよ。そなた達があの世界で過ごしてきた時間。長い年月を過ごしてきたようだが、あの世界と今から戻る世界では、時の流れが違うのだ』
「……えっ?」
俺は、その言葉に旋律した。
俺は、勇者として、あの世界で数年間に渡る旅を続けてきた。
その長い旅の中の年月の倍ほど、時間が経っていたとしたら。
俺の家族や、友人達は。
ぞっ、と。
背筋に悪寒が走り、呼吸が乱れる。
が、神様はそんな俺を一瞥すると。
『そう不安がる事はない。向こうではおおよそ、1ヶ月程しか経っていない』
「……えっ?」
俺はその言葉を聞いて、その場に立ち尽くす。
「…本当ですか?」
『ああ、おおよそ、な。…時にお主。最初にお主に言うたが、お主の本当の体は、あの世界にいるままだ』
そうだ。
俺はあの世界で死んだ後。
まだ俺の体はあの世界に存在している状態だと聞いた。
意識のみこちらの世界にやってきているという事で、元の世界に帰る際に意識を元の体に帰す為、容姿等は元の姿になるそうだ。
ーそういえば、数年間で随分と俺の見た目も変わったものだ。
身長も伸び、筋肉もつき。
顔つきも大人びていることだろう。
「…はい」
『元の世界に帰ったら精神を繋いでいたその体は消滅してしまう。元の世界で、今と同じように動けるとは、思わないほうがいいぞ』
「分かりました」
とはいえ、向こうではそんなに激しく動くことはないだろうな、と思いながら。
『それでは、ハル、イラハ。準備はいいか。向こうの世界に行ったら、もう私と関わる事もできない』
「…はい」
「大丈夫、問題ない」
『…よし、それでは…。っと、イラハ。お主の向こうの世界での扱いは、私が手を加えておいてやろう。安心して行くがよい』
「……神様、ありがとう」
『うむ。では、二人共。これでお別れだ。イラハにとっては衝撃の連続かも知れぬが、用は慣れだ。頑張ってくれ』
そして、俺達の足元が消え始めた。
『さらばだ、勇者ハル!そなたの勇士、私はしっかり見届けたぞ!!!』
「…行ってきます、神様ー!」
俺の意識が途切れた。
ーこうして、俺とイラハは、俺の世界へと旅立った。
俺の世界、俺の国。
俺の故郷ー。
日本、に。
これでようやく、異世界編が終わります。
長かったですね。