第4話 帰還part1
元の世界に帰る話も、1話に纏めようと思ったら長すぎた為、またしても分割になってしまいました…。
俺達が魔王の城から帰還したその後、ランドゥラム王国は、勇者達を讃えるパレードを開き、数日間もの間昼夜お祭騒ぎの宴ばかりやっていた。
…まあ無理もない。
数百年にも及ぶ魔族との確執は終焉を迎え、真の平和が訪れたのだ…。
俺が今まで訪れ、危機を救ってきた様々な国の重要人達が、感謝の言葉を述べながら、次々と俺達の元に向かってくる。
この城を出るまでは無名だった俺も、今では立派な勇者サマ、ねえ…。
なんとなく誇らしい気分になり、陶酔感に浸る。
いや、しかし。
俺が世界を救ったそもそものきっかけは、元の世界に帰りたかった故だ。
一刻も早く戻りたいところだが、もうこの世界に帰ってこられないとなると、きっぱり帰るには、長い年月をこの世界で過ごしすぎていたのだったー。
◇
数日たったある日の夜。
俺は城のテラスに立ち、眼前に広がる夜の城下町を眺めていた。
「………綺麗だな…」
街は静かな雰囲気に包まれている。
所々に散らばる松明の明かりや家から漏れる光が、幻想的な空気を纏っている。
「元の世界に帰ったら、こんな景色は見れないだろうな…」
俺の元いた世界。
機械産業が発達し、街並みはガラス張りのビルが立ち並ぶ、幻想的とは程遠い風景。
自分の故郷の街並みを思い出し、ふう、と溜息をつく。
………あれはあれで、慣れていたんだがな…。
この世界に来てからというもの、自然と調和した静かで美しい数々の国々を見てきた。
国によって環境等は違うものの、どの国もそれぞれに味があって華やかで。
触れれば触れるほど、美しい街並みに心を奪われた。
この世界は、とても素晴らしい。
確かにそう思えた。
俺もこの世界に生きて、一生を過ごしていたい。
そう思う事もある。
だが、俺は。
まだ、俺は。
「……向こうの世界で、まだ…」
そう、まだだ。
まだ、俺は、あいつをー。
と、そこで。
城の内部とテラスを繋ぐ扉が、静かに開かれた。
そこから現れたのは、ルーチェだった。
「……?ルーチェ?」
「……どこにもいないと思ったら、こんな所にいたのね、ハル」
ルーチェは静かにそう言うと、ゆったりとした動作で歩き出し、俺の隣に立って夜の街を眺めた。
「………………」
しばしの静寂。
こうして、仲間達と過ごすのも最後になるのか。
そう思うと、胸が苦しくなった。
「………ねえ、ハル」
ルーチェが口を開く。
「ハルはもう、そろそろハルの世界に帰るんだよね?」
「……ああ」
「…そっか」
ルーチェは憂いのある目でそう言うと、俯いた。
しかしすぐに顔を上げると、ハルの目を見据えて言った。
「ハル、私ね?ずっとハルのことー」
ルーチェはそこまで言って、しばし重巡のような物を見せていた。
一体どうしたというのだろう。
見れば、頬も赤く染まっており、汗もかいているようだ…。
俺はルーチェに手を差し伸べる。
「ずっと、ハルが……えっ?」
ルーチェが素っ頓狂な声を上げる。
同時に、顔の赤みも増していっている。
手を額に当てようと差し伸べ、たった今彼女の首に差し掛かった。
「……えっ?ハル?…マッテマダココロノジュンビガ」
……目の焦点が合っていない…。
これはいけない、と俺はいよいよルーチェの額に自分の手を当てた。
「……ひぅっ…………ん?」
そして、もう片方の手を俺の額に当てた。
「ルーチェ、顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないのか」
俺がそう発言した瞬間、一瞬のうちにルーチェの顔の赤らみが増していった。
「………〜ッ!……………はぁ……」
溜息をつかれた。
何がどうしたというのだろうか…。
「全く…。やっぱハルはハルだわ」
意味が分からない。
なぜ俺が愛想を尽かされているのだろう。
「……なんでこんなやつ…」
「?なんか言ったか?」
「……いいえ、なんでもないわ」
よく聞こえなかったが、ルーチェの顔色からは次第に赤らみが消えて、健康そうな顔を取り戻していた。
良かった、たいした熱ではなさそうだ。
そこまで考えた所で、ルーチェが意を決したように言ってきた。
「ハル。私ね、ハルが帰ったら、またあの都市に戻ろうと思うの」
その言葉に、俺は軽い衝撃を覚えた。
「……大丈夫なのか?」
「……正直、不安」
「ーなら」
なら、行く理由がない。
あそこに戻ればまたルーチェにとって苦難が降り注ぐ事になるかもしれない。
やめるべきだ、そう言おうとした瞬間。
「……でもね?…私はもう、勇者サマと一緒に魔王を倒した栄光の魔法使いなの。もう、昔の弱い私はここにはいないの」
ルーチェの目には、強い意志が宿っていた。
「私は…。魔法都市に戻って、学校に入りなおす。卒業して、魔法都市の役職を上り詰めてやる。…そしていつか、魔法都市に名を連ねる一流魔法使いになって、あいつらを、ぎゃふんと言わせてやる!」
ルーチェの言葉に、自然と力がこもる。
もはや、誰にも止めることはできなさそうだ。
彼女の意志を、止める者はいない。
「……そうか。…そうだな…」
こいつも、色々考えているんだな…。
「ー私、頑張るから」
「……おう」
「元の世界に帰ったら、ハルも頑張ってね?」
「……おう」
そこまで会話した所で。
ルーチェは、ゆっくり方向転換し、夜の街に向かって叫んだ。
「私達の事、忘れるんじゃないわよ!!」
女性特有の高い声が、夜の静かな街に反響する。
彼女の目から、雫が落ちた。
「……なんでだろうね…。いつかこうなるって、分かってたのに。感情が、抑えきれないや…」
ルーチェの気持ちが、分かる。
俺も、ルーチェや、他の仲間達と分かれたくない、という感情で満たされていった。
「……ルーチェ…」
だが。
やはり、ここには残れない。
俺はまだ、向こうの世界に帰りたい。
感情を押さえ込み、夜の街を見た。
そして、叫ぶ。
「あたりまえだ!お前達を、忘れる訳がねぇ!!」
そして、俺はルーチェと向き合う。
「俺も、頑張る。向こうでどんな事があっても、俺は、お前達と過ごした時間を忘れたりなんかしない。だから。お前達も、俺も忘れるなよ?」
「………うん」
とある日の、静かな夜が過ぎていく。
◇
「うおおおおおおおおお!?」
「相変わらずうるせえな……」
「だってよぉ……あのハルが…。…っうぅ…」
「泣いてんのか!?マジか」
ランドゥラム城内部、とある一室。
号泣する大柄の青年と、それを見る一人の少年がいた。
イスクスと、ハルだ。
事の発端は、魔王との決戦の際、ラミエルと放ったあの、精霊解放により、魔王フォボスの心臓とともに消し去ってしまった、イスクスの大剣を新調してやろう、と思ったのが始まりだった。
ずっと俺の旅を支えてくれたイスクスに、最高に良い物を上げたい。
そう思った俺は、城下町の鍛冶職人の元を尋ねた。
その店の一番いい剣は、確かに見事な出来栄えだった。
しかし、小さい。
イスクスの大剣は、俺が思うに、もっと大きかった。
そもそも彼の大剣は、彼の父が使っていた物を受け継いだ物だったそうだ。
昔は今よりも鉱山の質が良く、今よりいい素材が取れ、量も豊富だったと聞く。
そんな大事な大剣を失わせてしまい、謝ったのだが、「気にする事はねえよ。世界を救う為に使われたんだ、親父も分かってくれるさ」などと言っている。
なんて男前。
しかし、やはり新しい大剣を送ってやりたい。
そう思ったのだが。
「…すまんのぅ。今の経済じゃ、それより大きな剣を作れば素材が足らんのや」
「……そうですか…」
どうしようか、そう思ったその時。
「素材を持ってきてくれれば、無償で作ってやろう。なに、あの勇者様のお願いとあっちゃもはやこの世界で断るやつなんていねぇよ!」
ガハハと豪快に笑う鍛冶職人の言葉を聞いて、
「………あっ!!!」
俺達は色々な所を旅してきた。
その中で拾ってきた様々な素材を使えば、最高の剣が作れるかもしれない。
そうして出来上がった大剣こそが、今。
俺の目の前のイスクスが手にしている、大剣だった。
「すげぇ!なんだこの煌めきはよぉ!!!」
イスクスが恍惚とした表情で言う。
無理もない。
鉱石もしっかり厳選した上、混ぜた素材も沢山ある。様々な上質素材が組み合わさったそれは、鋭い、虹色の輝きを放っていた。
「そいつは、俺達の旅の思い出が詰まっている。大事に使えよ?」
「おうとも。俺はこの国一番の騎士になる。その時まで、しっかり手入れして、大事にとっておくぜ!」
「いや使わねぇのかよ…」
「いや、使うさ。俺が、この剣に相応しい騎士になったらな!」
爽やかな笑顔で、イスクスは言った。
…全く、こいつにはかなわねぇな。
ふふっと静かに笑うと、イスクスとの最後の時間を俺は存分に楽しんだ。
◇
そして、俺が元の世界に帰る日が訪れた。
part2もご期待ください。
何か、忘れている…?
いや、忘れてないですよ。
ええ。