第16話 愚者の牙part2
結論から言うと。
亜紀は昨日から家に帰ってきていないらしい。
となれば、あのチンピラ共に連れ去られたという線が濃くなってくる。
現在時刻は午前9時30分。
普段ならば学校で一限目の授業を受けている時間。
だが、俺と信楽の二人は、亜紀の家を訪ねたのだった。
そして俺達は、近所の公園でこれからどうするか決めようとしているのだ。
「…皐月さんのお母さん、すげぇ心配してたな…」
信楽が口を開いた。
「そうだな…」
亜紀の母さんとは久々に会ったが、娘が突然家に帰らなくなった事でだいぶ参っていたようだ。
早く、亜紀を見つけなければ。
「おい、これからどうする?」
信楽が問う。
「うーん…」
亜紀を探す、と言っても、流石に当てが無さすぎる。
当てが無いのに闇雲に探しても到底亜紀を見つけられるとは思えなかった。
いや、まてよ。
当てならあった筈だ。
「そうだ…。天羽の兄貴の所に行ってみよう」
その言葉を聞いていた信楽の表情が、みるみる青ざめたものに変わっていった。
「お前、正気かよ。いいか、あいつらは自分達の溜まり場があるらしい。頭である天羽 豪架もそこにいる筈だ」
「それでもいくよ。じゃないと何も進まない」
「まじか…。お前、なんか変わったな」
信楽が言う。
なにか意識したわけではないが、前とどこか違う箇所でもあるのだろうか。
「………そうか?」
「ああ。前からピンチの時とかは肝の座ってた奴だったけどさ。…なんていうか、今はいっそう迷いがない感じっていうか」
そんな事は無い、と言おうとしたが。
思い当たる節がかなりあった為、その言葉が俺の口から出る事はなかった。
「よし、じゃあいくか」
「…そうだな」
「ところで、そいつらのアジトってのは何処にあるんだ?」
「……………」
黙り込む信楽。
「信楽?」
「……………」
目を逸らす信楽。
「え、信楽さん?」
「…………知りません」
なんてこった。
◇
あれから俺達は、アジトを探す事から始めることにした。
当然インターネットに載っているという事もなく、街の人も知らないと言う人ばかり。
八方塞がりである。
仕方なく、再び公園へと戻ってきた俺達はベンチに座って休憩をとっていた。
現在時刻、午前11時。
「かーっ!どうしたもんかなぁ!」
唸る信楽。
早く亜紀を見つけなければいけないのに、まだその段階ではないというこの状況に、どうしようもない気持ちになってくる。
もう、駄目なのか。
勿論、このまま亜紀を見捨てることは出来ない。
だが、今の俺達には何もできないのは事実だった。
やるせない気持ちで一杯になる。
そこに。
「あれ、ハル?」
聞いた事のある声が聞こえた。
俺と信楽はその声のした方に首を向ける。
「イラハ……?」
その先にいたのは、イラハだった。
「え、何?この子。白鳥の知り合い?」
「ん、あぁ…。そうそう。イラハっていうんだ。俺ん家で一緒に住んでる」
そう言った瞬間、ハッとする。
これではまるでー。
「……え?一緒に…って、それは…。まずいですよ!」
信楽が後ずさる。
「何がまずいの?」
首を傾げるイラハ。
それに対して信楽は口を開きー。
「イラハちゃん、だっけ。今すぐこいつから離れろ。こいつといるとイラハちゃんの身が」
「おいまて!違うからな!」
その後信楽に説明したが、理解して貰った頃には俺はとてつもない疲労感に襲われていた…。
◇
意識が戻ってから、一体どのくらい経っただろうか。
今もなお、亜紀を乗せた車は走行を続けていた。
全身を拘束され、口も塞がれている。
決していい状況とは思えない。
亜紀は今、明らかに自らが危険に侵されている事を感じ取っていた。
どうにかしてこの車からの脱出を図ろうと試みたが、
まず体のどこも動かす事ができないのでどうすることもできないのだった。
さらに言えば。
もし下手に動いて運転手に亜紀に意識が戻っていると知られれば、運転手はどう対応するのか分かったものではない。
自体は一向に好転しないまま、亜紀を乗せた車は進んでいるのだった。
だが。
そうして意識が戻ってから何分経ったかも分からなくなった頃。
急に車が減速を始めた。
目的地に到着したのだろうか。
不意に、亜紀が乗っている席の扉が開かれた。
亜紀は咄嗟に意識がある事を知られないように目を瞑る。
このまま、抜け出せる機会を探ってみよう。
隙をついて逃げ出すことができるかもしれない。
「よし、じゃあ運んでくれ」
運転手の声がした後、亜紀の体に男のものと思われるごつごつとした手が伸びてきた。
その手が肌に触れた瞬間。
抑えきれず、叫び声を上げてしまった。
「…………ッ…!」
正確には、叫び声を上げようとしてしまった。
だが、口を開けはしなかったため、篭ったような声を上げてしまった。
不意に、目を開けてしまう。
視界に写ったものは。
手を伸ばしかけた男が、こちらを見て目を見開いていた。
気づかれてしまった。
このままでは…!
「そいつ、意識があるぞ!」
奥から運転手の声。
亜紀は咄嗟の出来事に身を固める。
そして伸びてくる男の太い腕。
…意識を失う直前、亜紀が見たものは。
車の運転席付近に備えられた、現在の時刻を示す時計だった。
現在時刻、11時。
◇
「うわっ、すげぇな…!」
俺と信楽は、イラハの部屋を訪れていた。
現在時刻、11時30分。
俺達が何故イラハの部屋を訪れる事となったのか。
時を巻き戻すこと20分前の出来事。
イラハならば信用できるし、とても頼りになることを知っている俺は、ここまでの事をイラハに話したのだった。
するとイラハはこう答えた。
『なんでもっとはやく言わなかった。そういうことならイラハにまかせて』
というイラハに対し、何をするのかと思ったが。
そのまま流れで連れてこられたこの部屋に、一体何があるというのだろう。
「いや、まじでこれどんくらいすんの?」
信楽は早速部屋に置かれた大迫力のディスプレイに興味深々のようだ。
ちなみに、そこら辺に置かれている魔導書には何の興味も示していない。
イラハはデスクの前にある椅子に腰掛けると、ゆったりとした動作で画面を見上げる。
……まて。
ちょっと待て。
なんで椅子に座った。
「イラハ、お前亜紀を探すんじゃなかったのか…?」
亜紀を探す事と何の関連性もない場所、行動をしている事にやっと気がつく。
こいつを信じた俺が馬鹿だった。
こいつが何を考えているのかは知らないが、こんな事をしている場合では…。
「いや、だから。今から亜紀ちゃん探すの」
「は?これでどうやって探すんだ」
訳の分からない事を言い出すイラハに対し食い気味に言ってしまう。
「ちょっ…。落ち着け白鳥」
「………すまん、イラハ」
信楽の言葉で冷静になり、イラハに謝る。
イラハは無言で頷くと、口を開いた。
「…このインターネットという物はとても便利」
急に何を言い出すんだ。
イラハからしたらまだこちらの世界には慣れていないのでそう感じるのも無理はない。
…ないのだが、当たり前に触れていた俺達としてはどう返していいのか分からない。
隣の信楽も微妙な顔をしていた。
「お、おう…。まぁそうだな」
「その愚者の牙の溜まり場もインターネットに乗っているに違いない」
「いや…流石にないんじゃないか…?」
たかが一都市の不良の集まりが、検索した程度で出る訳がない。
こいつはインターネットを全能のシステムだと思っているようだが、流石に無理だろう。
また、振り出しに戻った訳だ。
協力する気マンマンなイラハには悪いが、すぐに戻って一から探索し直さなければ…。
「あった、これかな」
「………ん?」
まさか、見つかったのかと思ったが。
イラハが見ていたのは、SNSの画面だった。
そこに表示されているのは、一人のつぶやき。
『近所のヤンキー集団まじうるさすぎるんだけど』
というつぶやきと共に短い動画が添えられていた。
夜の町で騒いでいる不良達の動画だ。
イラハは動画を途中で静止させると言った。
「ハル。この中の誰か、見覚えない?」
「ん……?…あっ!こいつ…!」
その集団の中に、見覚えのある顔があった。
それも三つ。
そう、とても見覚えのある顔ぶれだ。
画面の中で下品な笑い声を発しているそいつらは、つい先日俺を殴ってきたチンピラ達だった。
「この特徴的なモヒカンやサングラス、間違いない」
「やっぱり。後は他の人のつぶやきと場所を照らし合わせていって…」
イラハがぶつぶつと呟きながらパソコンを操作すると、大量の画面に様々な情報が表示されていった。
今見ていたのと同様のSNS、ブラウザ、マップ等様々だ。
イラハは器用にそれらを別々にスクロールしていき、デスク上は画面の波で埋めつくされていった。
おそらくその観察眼をインターネットに駆使しているのだろう。
イラハはそれらから必要な情報だけをピックアップしていき、やがて俺も見たことのある風景の写真や場所の名前などが並び始めた。
「ふう…。こんなものか」
「すっげ…」
ひと仕事終えた後のように椅子に項垂れたイラハと、素直な感嘆の声を漏らす信楽。
俺も、正直驚いた。
このディスプレイの量は何のためのものなのかと思っていたが、成程。
こいつの観察眼をもってすれば、これらを使いこなせるというのも納得である。
「それでイラハ、これどうするんだ?まだ情報が多すぎてよく分からないんだけど」
「大丈夫、今からまとめる」
イラハはそう言うと、カタカタと鳴り止まなかったキーボードの音やマウスの音が消えた。
そして、エンターキーを押すと、それらの写真が纏められ、それぞれがある1つの場所を指している事が分かった。
「まさか」
俺の声に反射するように、イラハの座っていたイスがくるりとこちらを向く。
「場所は捉えた。ここがこいつらのアジト」
大胆不敵な笑みを浮かべたイラハと共に。
「これからどうするの、ハル」
イラハの問いかけに、俺はきっぱりと答えた。
「決まってる。今からそこに行く」




