第14話 魔力所有者・非魔力所有者
最近バタバタしていて、更新するのが大分遅くなりました。
このように不定期な更新となっておりますが、ご了承ください。
俺とチンピラ三人組は、駅前を離れ人目につかないビルとビルの間の路地へと向かっていた。
「皐月 亜紀はここにはこない」
その言葉によって思考を乱され、何も考えられなくなった俺は、三人組にここまで連れてこられていたのだった。
「ふう…、この辺でいいっすよね」
サングラスの男が言う。
それに応じるように、リーダー格の男が口を開いた。
「ああ。…それじゃ、やるか」
やる、と言っているが、その言葉の意味はなんとなく理解する事はできる。
だが、何故。
こんな奴らの恨みを買った覚えはないし、そもそも何故こいつらは亜紀の事を知っている?
「どういうことだよ…」
「ん?」
「どういうことだって言ってんだ!!!」
「なっ、お前…!!」
気がつけば。
俺は大声を出してリーダー格の男に殴りかかっていた。
何もしていなければこちらがやられていたかもしれないし、何時間も駅前で亜紀を待っていたのに、見ず知らずの人に亜紀はこないなどと言われたのだ。
無償に何かに当たりたいという気持ちもあった。
俺の拳が男の不意を突く形で男の頬を潰していく。
元々俺は喧嘩などが得意な人間ではない。
むしろ喧嘩とかした事がない。
…そういう人間だった。
だが。
今の俺は異世界で生死を賭けた死闘を繰り広げできたのだ。
最小限のフォームで的確に相手にダメージを与える。
そういう事には慣れてしまっていた。
腰を捻り更に拳に力を込める。
しかし。
「……あ?」
リーダー格の男が不意を喰らって目を瞑って攻撃に備えていたが。
俺の拳がその頬を捉えていたが。
どうやら、リーダー格の男に対してダメージが入っていないらしい。
捉えたはずの頬。
本来ならば反動で相手の顔が動く筈だが。
…殴る前と対して位置が変わっていない。
「………ん?」
「………あれ」
男と俺の声が路地裏に虚しく響く。
男の取り巻き二人は唖然としているが、パンチを喰らった本人と与えた俺も唖然としていた。
キレのあるフォームから放たれた俺の渾身の一撃。
それは、確実に男の頬を捉えた。
だが。
それだけだった。
「ハッ、ははっ……!なんだよこいつ!クッソ弱えぇ!!」
緊張の糸が切れたのか、男が急に笑いだした。
「えっ、マジで…?」
うそ、私のパンチ、弱すぎ……?
数瞬後、俺の顔面目掛けて拳が飛んできた。
◇
「どうしたの、ハル。その傷」
イラハがようやく帰って来た俺の顔を見て驚愕に目を見開く。
「う……あ、いやまぁ…。ちょっとな」
我ながら話の逸らし方が不自然すぎて笑いそうになってしまう。
「あ、いて……」
「痣だらけ。顔もだけど、体の重心がいつもより少し左寄り。多分左足太腿にダメージがある」
流石の観察眼。
イラハはその的確な目を持って、異世界で俺達の仲間の僧侶として数々の苦難を共にしてきた仲間だ。
ちょっとやそっとの違いでも、こいつの目は誤魔化すことができなかったようだ。
「そんな状態でおばあちゃんの前に立たせる訳にはいかない。ちょっときて」
そうして。
イラハに手を引かれ、リビングに行く前に俺は階段へと連れて行かれたのであった。
◇
「…………………ん」
目が覚めると。
暗い室内にいた。
見慣れない風景に、頭が混乱する。
「はい、はい。被験者を確保しました。指定の場所に行きますので。はい。では」
そんな声が、前方からした。
そこで、亜紀は自分の意識が覚醒したのを感じた。
暗い室内だと思っていたものは、どうやら車の車内のようだった。
後部座席に横向きに寝させられていたようだ。
……何故、こんな事になっているのだったか。
…そうだ。
私は、彼との待ち合わせ場所に。
指定の30分程前に到着した。
彼が来る前にしたい事があった訳ではない。
ただただ、何もしていない時間がとてももどかしくて。
気がつけば、そんな時間にそこに着いていた。
どうしたものか、と頭を悩ませていたのだが。
「すいません」
突然見知らぬ男から声を掛けられ。
「はい、なんでしょー」
気がつけば、口元がハンカチで抑えられていた。
どうやら、そこで私は意識を失ったらしい。
とにかく、この状況から察するに。
今の私の状態は大変不味いと思った。
どうにかしなくては。
体を動かそうと、脳から身体中に信号を送る。
「…………っ」
しかし、自らの体が動く事はなかった。
理由は明白だった。
首から下の全てが、縄や紐でしっかりと固定されていた。
これでは身動きひとつとれない。
そして、助けを呼ばれるのを防ぐ為だろう、口元にはガムテープで口を開けないようにしてあった。
「ふぃー。そろそろ出発しますかねぇ」
前方からの声。
どうやら、この車を発進させるようだ。
一体どこに行くというのだろう。
まともな場所ではなさそうだが、かといって今は抵抗する事もできなかった。
亜紀には、脱出のチャンスをじっくりと待つことしかできなかった。
◇
「なんだ、これ………」
イラハに連れて行かれた先は、二階の最奥の部屋だった。
そこは、俺が知る限りでは荷物置き場と化していた場所だった。
そう、俺の知る限りでは、だ。
どうやら俺が病院で生活している間に、その部屋はイラハの部屋となってしまっていたようだ。
…そこが、ただの部屋なら良かったのだが。
「入って」
簡潔に一言で、イラハが入室を促す。
「……お、おう」
躊躇いがちに、俺も足を踏み入れる。
そこに広がっていたのは、俺の知っている見慣れた部屋ではなかった。
まず目を引くのは、部屋の奥の方にそびえるデスク。
そのデスクの上には、パソコンが置かれていたのだ。
ただのパソコンなら良かった。
そこにあったのは、大量のモニター。
動画配信者の机などは、三画面ディスプレイなどはよく見る光景だが。
目の前のそれは、そんなものとは比較にならないほど、それらを遥かに凌駕していた。
「えっと…。何画面あるんだこれ」
「5×7だから、35画面」
今イラハが出した5×7、という計算式。
この単純な計算は、どこを指しているのか。
それも、単純な事だった。
そう、縦に5枚、横に7枚ずつ並べられている画面の数である。
もはや何に使うのか、というレベルだ。
「これ、一つ一つアームで吊ってあるから、自由に動かせるの」
そう言って、イラハが試しにモニターを一つ手に取って動かす。
そうすると、引っ張られたモニターの先に、金属製のしっかりとしたアームが付いているのが分かる。
どうやら、場合に応じて35枚もの画面を自由に配置する事が出来るみたいだ。
自分を囲うように360°にディスプレイを配置する事もできるだろう。
…まじで何に使うんだ…?
「お前、これどうやって」
「あ、そういえば。ハルには言ってなかったね」
イラハがはっとしたような顔を作って。
モニターのかぶあに刻印されていたロゴを見せてくる。
「Apple?」
それは、アメリカの大手家電メーカーAppleのロゴだった。
俺でも知っている、なかなかに有名な企業だが。
「イラハのパパ、ここの社長」
「ッ!?!?!?!?」
言葉にならない衝撃が俺の体に稲妻となって駆け巡る。
それもその筈、イラハの父は確か、複数の愛人を持つMr.アメリカンだった気がする。
それが、Appleの社長。
闇を見た。気がした。
…いや、俺は何も聞いていない。
この事は、そっとしておこう…。
そして、神様。
人選まじでぶっとびすぎっす。
その巨大に連なるモニター群の他にも、目を引くものがあった。
それは。
「魔導書…?」
床に連ねるように置かれていたのは、大量の本だった。
「そう、魔導書。少しづつだけど、かいてるの」
イラハが、塔のように積み重ねられた本の山にポン、と手を置く。
魔導書とは、呪文を詠唱する魔法使いや僧侶、賢者等が魔力で書き記すメモ帳のような物である。
自分の習得した呪文などを研究し、より最適化したものや、新たに呪文を開発した時、自分用に呪文のコツなどをどこかに書いておきたい、という時に記す書物である。
また、これらは適正のある他人が読んだ場合、その人はその内容を一瞬の内に習得する事ができる、という代物である。
また、魔力で書き記す、という性質上。
魔力を持たない人間には記す事も読み解く事もできない。
ここで一つ、魔力の有無について今一度思い出してみる。
あの異世界において、人間という種族は二つの種類に別れている。
魔力所有者と、非魔力所有者だ。
その名の通り、魔力を持つ者と持たざる者。
魔力所有者が魔力を生み出せるのは、身体中に魔力回路が張り巡らされているからだ。
血管に寄り添うようにして、魔力回路は張り巡らされている。
血液の循環と同時に、魔力も循環されているのだ。
基本は遺伝による物である。
親が両方とも魔力所有者の場合は、必ず魔力所有者が産まれる。
非魔力所有者についても同様だ。
また、魔力所有者と非魔力所有者同士から産まれた子供は半々の割合で魔力所有者か非魔力所有者になる。
魔力所有者の家系において、産まれてくる子供の魔力の質は、親からの遺伝によるものなので、高名な魔法使いの家系などは、より良い魔力を求めて上質な魔力を持つ者と結婚させる、というのが当たり前のような物だった。
だがまあ、それは異世界の話であり。
俺のようなこちらの世界の人間は皆、非魔力所有者のようらしかった。
なので、このような魔導書を読む事はできなかった。
しかし。
俺はあの世界において、ラミエルという精霊と契約していた。
精霊は契約する事で非魔力所有者でも擬似的に魔力回路を生み出す事ができる。
それはつまり、精霊と契約する事で、非魔力所有者てまも魔力を生み出す事ができる、ということだ。
ただ、精霊と契約するとその精霊の属性魔法しか使え無くなるため、魔導書もその属性の魔導書のみしか読み解く事ができないのであった。
だが、まあ。
ラミエルとも今はもう契約していない。
俺は完全に非魔力所有者に戻ったのだ。
「それで、なんでそんなの書いてるんだ?」
「いつか、使う時が来るかもしれない。念には念を込めた方がいい。おばあちゃんも言っていた」
いつか、と言われても。
この世界の人間は皆、非魔力所有者なので使う機会などないと思うのだが。
「そんなことより」
イラハが話を切ってきた。
「その傷を治さないと」
そう言って、俺に傷を見せるように促す。
そして、俺も痣だらけの各所を見せていく。
そうか、先程のパパ(仮)の件で頭が持っていかれていたが、こいつは元々向こうの世界の魔力所有者なのだ。
こちらの世界に来ても回復魔法は使えると聞いていたが、成程。
こうしてやってもらうと、魔法はやはりとても便利な物だと思ったのだった。
「よし、これで大体おーけー。さ、おばあちゃんの所にいこ」
「お、そうだな」
そして。
俺とイラハは階段を降りていく。
待ち合わせにやってこなかった亜紀。
そして、その事を告げてきたチンピラ達。
亜紀には明日学校で話を聞いてみよう。
…チンピラの事は、もう忘れよう。
そう誓った。
だが、その時俺は一つ重要な事を忘れてしまっていた。
何故チンピラ達が、亜紀の事を知っていたのか、という事を。




