第13話 亜紀との約束
「なぁ、白鳥」
その日の放課後、信楽が何やら神妙な顔つきで俺に話しかけてきた。
「な…なんだよ」
「俺とお前は、友達だよな」
「は?」
「だよな?」
「お、おう」
信楽は何やら表現する事のできない威圧感に包まれていた為、気圧されるようにしか返事が出来なかった。
「友達なら、隠し事なんてしちゃいけないよな」
「…ん?」
意図は掴めなかったが、何やらまずい予感がする。
だが、そもそも俺はこいつに対してやましい事など何もしていない筈だ。
「あ、ああ、当たり前だ」
自身を持って言える。
間違いない。
だが。
「そうか。ならば問おう。お前、皐月さんとはどういう関係なんだ」
「………は?」
表情を崩さずに、謎の質問をしてくる信楽。
「どういう関係って…。ただのクラスメイトだけど」
「あ?嘘ついてんじゃねぇよボケが。俺が聞きてェのはそういうことじゃねェんだよ!!」
罵声を浴びせられる。
なんなんだこいつは。
「もっとあるだろ!!こう、なに、あの……っとにかく!あるだろ!!!!」
何やら間にごにょごにょと聞き取れない言葉もあったが、とにかく何かあるらしい。
俺が何か分かってないのに、どういう答えを待っているのだろう。
「なんだよ…。具体的にいえよ」
「……くぁあ!なんだこの気持ちは…!伝える事が出来ないこの…気持ち…。キモチ…。はっ!これが恋」
「帰る」
こいつの謎のテンションには付き合っていられない。
俺は鞄に教科書等を投入し、そのまま鞄を持って席をたつ。
「ちょっ!まてまて!まだ話は終わってな」
「晴!!」
それを止めようとした信楽だが、横から入った声に阻まれてしまった。
「ん?…ああ、亜紀」
「さ、帰ろ」
「おう」
それを見た信楽。
「チッ!なんだよ白鳥。お前と俺は親友じゃなかったのかよ。お前とは分かり合える仲だと思っていたんだがな!見損なったぜ!もうお前との仲はこれっきりにさせてもらう!滅べリア充」
いつの間にか親友にグレードアップしていたが、すぐに友達以下の関係へとグレードダウンしたようだ。
「つーか、何か勘違いしているようだけど、俺と亜紀はただの幼馴染だぜ?」
「はァ?この歳にもなって幼馴染と一緒に帰るとか!どこの二次元空間ですか!!俺も連れてけ!」
そんな友人の悲痛な叫びをバックに、教室を去る。
まあ、あいつの言うことも分からないことはない。
確かに昔なら一緒に帰るとかいう行動も、微笑ましい物だったかもしれない。
だが、しかし。
今、高校生という立場において、この状況は如何なものだろうか?
◇
学校から出て、帰り道の途中で今の現状について俺も考えて見たところ、そんな疑問が頭をよぎった。
「ん?どうしたの、晴」
ちらりと亜紀の方を向く。
つい先日まで俺と口すら聞いてくれなかったのが嘘のような、俺に気を許していると分かる表情。
「ん…いや。なんでもない」
「ふうん…」
亜紀はそれ以上俺に聞くこともなく、前を見る。
「そういえばさ、晴。こないだ言ったやつ、覚えてる?」
こないだ言ったやつ、と言われて、一瞬何の事か分からなかった(とはいえない)が、それは先日の学校帰りに亜紀が言った例のアレだろう。
ー「今度、どっか遊びに行かない!?」
そう、暇が出来たら二人で遊びに行く、という約束だ。
あの時にイラハによって起こされたアクシデントによって、約束自体が曖昧になってしまったので、すっかり忘れてしまっていたのだった。
「ん、ああ…遊びに行くってやつだろ」
「うん、そうそう。…覚えててくれてたんだ」
先程まで忘れていたとはいえない。
亜紀が続ける。
「あの時はあの、イラハちゃんが出てきてビックリしたからよく話せなかったけど、今度の休みで遊びに行きたいなって」
「ん…。あ、ああ」
亜紀の口からイラハの名が出たことに少し嬉しさに満たされた。
イラハは元々別の世界の人間なので、本来はこちらの世界の人間とは関わる事はなかった筈なのだ。
アクシデントによるものとはいえ、亜紀や婆ちゃんと関わりがある、というのは俺にとっては胸にくるものがあった。
「どうしたの、晴」
「ん、ああ、いや…。なんでもないよ」
亜紀はまたしても首を傾げていたが、すぐに気に止めるのをやめると、口を開いた。
「で、晴はどっか行きたいとこある?」
「行きたい、所か…」
とは言ったものの、俺はこれといって行きたい場所はなかった。
そもそも、俺のここ数年の記憶はあの異世界での記憶なのだ。
こちらの世界で数年過ごしていなかっただけでも、覚えている建物がそんなにないのが現状だった。
「もう1回行きたい国とかあったんだけどなぁ…」
「え、国?」
「あ…ごめん、なんでもない」
しまった。
思わず口から思っていた事が漏れてしまったようだ。
あの美しい世界の風景を思い出す度、自分がいつの間にかあの世界を愛していた、という事を思ってしまう。
もう訪れる事のできない思い出の景色。
この、現代の地球という世界において、見る事はまず不可能であろう、今目の前に広がる風景とは違った風景。
こちらの世界とは、別の発展を遂げた都市。
自然を脅かす事のない、むしろ共存する世界。
思えば、なんと素晴らしき世界だった事だろうか…。
考えれば考える程言葉では言い表せない感情に支配されていった。
だけど。
俺はこの世界でも素晴らしい景色があるのを知っている。
この世界でしかなし得ない事を知っている。
だから俺は、どんなに素晴らしい世界だったとしても、こちらの世界にかえりたいという意思を止めなかった。
これは、俺の選択だ。
後悔なんてある訳ないし、むしろ満足していた。
「…と!ちょっと!晴!!」
気がつけば、亜紀が俺の名前を読んでいる事に気がついた。
「ああ…悪い、亜紀」
「晴…。あんた事故った後からおかしいよ。まあ、事故る前からおかしかったけど。なんていうんだろ、一人で何か考え込む事多くない?」
どうやら、周りに簡単に異変を悟られる程、ここ最近は向こうの世界の事を考えていたようだ。
「いや…本当になんでもないよ」
「そう…?」
「うん。ところで、亜紀の方こそ行きたい所とかあるんじゃないか?」
その言葉を聞いた瞬間、亜紀の顔が明るくなったような気がした。
「あっ、そうだなぁ、隣の街に新しくショッピングモールが出来たじゃん!?」
「ん、そうだっけ?」
そういえばなんか婆ちゃんがそれっぽい事を言っていた気がする。
特に興味もなかったので記憶に留まっていなかったが、成程。
新しい物にどんどん興味が湧いてくる高校生という人種故に、亜紀が惹かれるのも納得がいった。
「そうそう、私そこに行ってみたい!」
「じゃあ、そこにするか?」
「いいの!!?」
「勿論、いいよ」
「やったぁ!!じゃあ次の日曜日、8時に駅前集合ね!!」
「おう」
そして、俺と亜紀は約束をした後、いつものように俺の家の前で別れた。
俺はいつものように家に入り、亜紀もいつものように帰っていった。
俺は、帰り道の亜紀の楽しそうな様子を見て。
亜紀がこのような調子になってくれて本当に良かったと思った。
こちらの世界に帰ってきた際は今にも死にそうな雰囲気だったが、こうして笑顔を見せてくれると俺も嬉しい。
次の日曜日も、亜紀に沢山笑顔になってもらおう。
そう誓った。
◇
「ふう、なんとか10分前にはつけたな…」
日曜日。
今、俺がいるのは俺が住んでいる街の駅前の広場。
この広場には、待ち合わせ場所としてもうってつけのオブジェクトがある。
具体的な形を言い表す事のできない、変わった形のオブジェクトだが、街の人々の間ではかなり親しまれている物体だ。
俺は、先日亜紀と約束した時間の10分前にこのオブジェの前にきたのだった。
「えっと、亜紀はまだか…」
まあ、俺が遅れて来るよりはいいだろう。
俺はポケットから携帯を取り出し、画面を見る。
「ん、イラハからか…」
画面には、イラハからメッセージが届いていた。
『がんばれ』
…一体、何を頑張れというのだろうか。
そういえば、婆ちゃんから話があった時に、イラハはショッピングモールに行きたがっていた気がする。
…今度、連れて行ってあげよう。
だがまずは、今日は亜紀とショッピングモールに行くのだ。
とにかく亜紀には楽しんで貰わねば。
そう心に誓うのだった。
しかし。
「…………おせえ」
現在時刻は午前11時。
亜紀が提示した時刻の3時間後だ。
女子は時間がかかるというから、こんなものかと待ち続けていたが、流石に遅すぎる。
「もしかして」
何かあったのだろうか?
嫌な予感がした。
汗が頬を伝う感触とともに、俺の心臓の鼓動が早くなる。
そこで。
「お前が、白鳥 晴だな」
背後から声が掛けられた。
俺はその声に反射するようにして、後ろを振り向いた。
そこにいたのは、俺と同い年かひとつ上と見て取れる三人組の男の集団がいた。
俺に話しかけてきた男は眉毛を沿っており、全体的にガタイのいい男。
背後の二人はソフトモヒカンの男とサングラスの男。
あからさまなチンピラの集まりだった。
「えっと…どちら様ですか」
俺の質問に答えず、先頭の男が言った。
「皐月 亜紀はここにはこない」
たった一言。
その一言で、
「え………?」
俺は、俺の頭が思考を失っていくのを感じた。




