第11話 誤解
俺達が、教室に帰ってきた後。
それらを見たクラスメイト達が、しきりに何があったのかだの、どういうことだのを聞いてきた。
学校が終わる頃には久々の学校ということもあってか、俺の疲労はピークを迎えていた。
「はやく帰ろう…」
そう決意し、カバンを持ち机を立つ。
今日からはまた、俺が晩飯を作ることになっている。
無論、イラハの分もだ。
手間は婆ちゃんと二人の時とそんなに変わらないとして、量が増えるためスーパー等でもいままでより多く食材を買い込まなければならなかった。
だが、食材の買い込みは学校に復帰する前日までにある程度済ませていた。
となるとそこまで急いで帰る必要もないのだが、ついいつもの癖で体が速く学校をでる方向に動いてしまうのだった。
と、そこで。
「おーい、白鳥、一緒に帰ろうぜ」
信楽に名前が呼ばれる。
…サッカー部はどれだけ部活がないのだろう。
と、そんな信楽の声に応じようとすると、それを防ぐかのように声が覆い被せられた。
「晴、今日一緒に帰らない?」
…亜紀だ。
俺は一瞬なんのことか分からず放心状態になった。
みれば、俺に先程声をかけてきた信楽も口を開けたまま顔を引き攣らせて静止していた。
そして、クラス全体も、ピタリと時が止まったように動かなくなっていた。
そして、放心状態から解き放たれた俺が答える。
「…お、おう…。いいよ、一緒に帰るか」
すると、それが引き金となったかのように。
「「「うわああああああああああああああ!!」」」
クラス中が壮絶な悲鳴を上げた。
見れば、俺の事を今にも殺しそうな目で見てくる男子生徒や、突然の事に色めき立つ女子生徒など、様々な反応をしているようだった。
「…しぃーらぁーとぉーりぃぃぃぃぃ!」
信楽がゾンビのような挙動で迫ってくる。
背筋にぞくりとしたものを感じた俺は、亜紀の手を引いて教室から飛び出した。
「は、速くいくぞ!亜紀!」
「う、うん」
何やら亜紀の手は妙に温かく、熱でもあるのではないか、と思ったが、それを確かめる暇もなかったのだった。
◇
そんな事があってから、俺と亜紀は家への帰路へついていた。
「…久しぶりじゃない?こうやって一緒に帰るのも」
「ん、あぁ、そうだな。中1の冬までぐらいだったか」
「ん、そうだね」
会話が途切れる。
以前(といっても中学生前半)ぐらいまではどんな会話でもどんとこい、といった調子だったが、話さなくなってからは全くといっていいほどこいつの趣向が分からなくなっていた。
この年頃の女子の話題など、俺のような平凡な男子高校生に分かる訳がない。
…どうしたものか。
俺が会話の切り出しに思い悩んでいると、亜紀の方から声をかけてきた。
「…ねえ、晴」
「ん、どうした?」
「私、考えたんだ」
「何を?」
「私はいっつも周りの目を気にして、周りの意見に流されていたけれど」
そこで一拍置くと、続けて亜紀は言った。
「これからは、そんなの気にせずに、自分のやりたいことを、やりたいなって」
「お、おう…?」
俺はいまいち意図が掴めず、首を傾げた。
「今日のは、その第一歩。明日も、明後日も、やるからね」
「……あ、ああ」
きっぱりと言った亜紀の顔には、確かな決意の色が見て取れた。
今日のは、というのは無論。
俺と一緒に帰る、ということだろう。
しかしそれは。
「大丈夫なのか?俺らぐらいの年齢だと、変なウワサが流れそうだけど」
そうだ。
男女の高校生が二人で帰る、というその行為は。
他の方々からすれば、そういう事に見えるだろう。
しかし、亜紀はそれにも動じず言い放つ。
「さっきも言ったでしょ。私、もう周りを気にしないの!…それに、むしろそういう噂立っても悪い気はしないし…」
「…え?なんだって?」
残念ながら、後半は濁されてしまった為、聞き取ることが出来なかった。
「あ、いや、なんでもない!!」
すると、亜紀は急に頬を赤く染め、そっぽを向いてしまった。
…何か、怒らせるようなことをしてしまっただろうか…?
それから、数分たち。
俺の家が見えてきた。
亜紀の家とは近いとはいったものの、その先の通路を曲がった所にあるのだ。
式波高校からの帰路だと、俺の家の方が早く着いてしまうのだった。
「っと、着いたな。それじゃ、亜紀。また明日」
「……うん。また明日、晴」
そして、亜紀がすたすたと俺の家を通りすぎていく。
俺も、その様子を見ながら、玄関の扉を開け、家の中に入ろうとした、その時。
亜紀が曲がり角までいったかと思うと、何か思ったのか、くるりと方向転換をして、俺の方を向いてきた。
「ねえ、晴!」
家の中に入ろうとしていた俺も、亜紀の方を見る。
「え?どうした?亜紀」
「今度、どっか遊びに行かない!!?」
一大決心でもしたかのように、まっすぐ俺を見つめながらいう亜紀に、圧倒されてしまう。
「……え?今度…」
「うんそう!今度!」
俺もこれといって特に予定がある訳でもない。
「…おう、いいぞ!」
承諾を示す。
亜紀はそれを見て、妙に嬉しそうにガッツポーズしていた。
…?
どうしたというのだろう。
そのまま亜紀は俯くと、何かボソボソと言っているようだ。
ここからじゃあよく聞き取ることができなかった。
と、そんな時。
開けっ放しだった家の、リビングの扉が開かれる音がした。
イラハだ。
「あ、ハル。帰ってきたんだ、はやく入ろう」
イラハが促すように、手招きしてきている。
「いや、ちょっとまって、今ちょっと…」
「む〜?」
そう言うと、首を傾げたイラハがとてとて玄関に向かって走ってくる。
駄目だ。
今外に出たら亜紀と鉢合わせになる。
亜紀は昔から一緒に遊んでいる幼馴染だ。
この数年話さなくなっていたとはいえ、勿論俺の家の事象も知っている。
家に中学生程度の女の子を連れている、と知られればどうなるか分からない。
…少なくとも、俺の望む方向にはならないような気がした。
何故か俺の勘がそう告げていた。
「いや、ちょっと、まっ」
「とーう」
気の抜けた声とともにジャンピングタックルを放ってくるイラハ。
全くこいつはどこまではっちゃけているんだ。
そんな事を考えつつ、怪我をされても困るので、受け止める姿勢に入った。
しかし、なんと合間の悪い事か。
ふっと、顔を上げた亜紀が、その目にその光景を捉えていた。
「じゃ、じゃあ、明日学校ではなそー……え?」
おそらく、亜紀の目にはこう写ったことだろう。
【外国人と思しき女子中学生と困りながらも微笑み抱き合う男子高校生】
それがどんな事を意味する光景か。
犯罪者。変態。ロリコン。連れ去り事案。クズ。
様々なワードが俺の頭を駆け巡る。
勿論亜紀も、それをいい方向には捉えてくれなかった。
しばらくその光景を眺めた後、顔を急激に赤く染めていた。
「ちょっ、まて、違うんだ!」
「きゃっ、きゃあああああああああぁぁぁ!!」
俺が必死に弁解しようとするも、俺の声はどうやら今の亜紀には届いていないようだった。
「いや、違うんだ、こいつは…」
「け、警察…。警察呼ばなきゃ…!」
「ちょっとまてよ!!!」
大声で叫ぶ。
その後、亜紀の俺に対する誤解を溶かすのに、1時間程度の時間を有する事になってしまったのだった。




