閑話「ヒナの騎士」
閑話です。
恋愛モノは苦手ですが、何事も、ちゃれんじ!あるのみです。
「よう、お嬢ちゃん。新人なんだってな!俺らBレートパーティ「ドラゴンのブレス」に入れてやるよ!」
声を、掛けられました。
振り返ると、さっきの酒場でお酒を飲んでいた人達が五人くらい、私達の方を向いて立っていました。
咄嗟の事に、声が出ません。それも当然です。私は少し人見知りなのです。初対面の人と話すなんて、無理っ!なのです。
ジンに助けを求めようとすると、彼は既に私の前に出ていました。自分が相手するのがさも当たり前かのように。
「すみません。彼女はもう僕とパーティを組んでいるんですよ。他を当たって下さい。」
ちょっとキツめの口調です。
あ、あんまり……先輩をそんな風にぞんざいに扱う事はしない方が……
「あぁ?なんだテメェは?俺らは今彼女に話し掛けてんだ!テメェみてぇなゴミ野郎はすっこんでやがれ!」
ひぃっ!
私は至近距離から浴びせられた怒号が怖くて、なんにも出来ません。
…………あ、ジンの背負ったリュックがもぞもぞと動いて、中から何か…………猫ちゃんだぁ!
ジンの連れてきた猫ちゃんのお陰で、私はひとまず落ち着く事が出来ました。が。
「誰がゴミ野郎ですって?新人をいびる事しか出来ない落ちぶれ冒険者の皆さん?」
と、ジンがちょっとだけ先輩冒険者を挑発します。ジン?騒ぎになるから!ダメだよ登録初日から問題起こしちゃ!先輩顔真っ赤だよ!?早く謝ろう!?
「小僧……いいだろう。先輩として、後輩に教育してやろう。俺らはBレートなんだからな!俺一人だけでお前を教育してやる」
ああ!ほら!喧嘩になっちゃうよ!
「望むところです。」
え!なんで!?謝ろうよ!?
ジンと、先輩パーティ「ドラゴンのブレス」のリーダーさん何故かが一騎打ちすることになってしまいました。なんでジンは受けたんだろう。普通、職業を貰いたての人は、まだ経験値が無いから激弱もいいとこなのに。
審判をするギルド職員を先輩パーティの人が連れてきました。確か、受付してくれた……サリーさんだ。サリーさんは、私とジンを見るや否や、顔が真っ青に。あ、相手のパーティのリーダーとちょうど反対の色だ。
一騎打ちはすぐに始まってしまいました。一騎打ちは普通、相手の持っている物で自分が欲しいものを要求して、相手も自分の持っている物で自分が欲しいものを要求、勝った方が総取りっていうゲームみたいなのなんだけど、先輩は私を要求したけど、ジンは先輩の何を要求したんだろ?お金かな?あ、冒険者としてのレート?かな?わかんないけど。
「おいおい、そんな鞘まで曲がった剣で戦えるのかよ!」
と、先輩パーティからジンに罵声が入ります。すると、私がジンから渡された猫ちゃん入りのリュックが動いて、猫ちゃんが頭だけを外に出します。そして、「ミャオ。」と鳴きました!可愛い!家に欲しい!持って帰っていいかな?
すると直後、こちらを見ていたジンが苦笑いを浮かべます。あれ?結構離れてるのに、鳴き声が聞こえたのかな?耳いいね、ジン。
既に剣を抜いている先輩パーティのリーダーが、ジンに話し掛けます。
「おい、小僧、早く抜け。その瞬間に斬り伏せてやる。」
あぁあぁあぁ!今からでも中止出来ない?!止めてよ!
と必死の表情でサリーさんを見るも、彼女は私を見て、静かに首を振ります。無理ってことね。
「そうですか。じゃあ、抜きますんで、よーーくご覧になって下さいね。決して見逃したりなさらぬよう。」
いやぁ!始まる!止めて!ジン、死なないで!
ドキンと、胸が跳ねた。
私は今、なんでジンに「死なないで」なんて思ったんだろう。確かにジンは友達だけど、こういう場合って普通、「死なないで」より、「勝って!」って思う筈だよね。そもそも一騎打ちで本当に相手を殺すのは禁止されてるんだし。あれ?なんで私、勝ち負けよりもジンの命の心配してるの?なんで?
ジンの腕が一瞬霞む。私の心はまだ霧の中。なんで?なんで私は。
「小僧、今何か……」
先輩の剣の刃がない。
まさか、今の一瞬で、叩き斬った?
そんな、事って。
「てっ、テメェッ!」
役に立たなくなった柄を投げ捨てて、先輩が殴り掛かかる。酷い奴!固められた拳が、ジンに当たる!
うっ!と、怖くて目を閉じる。
瞼の裏には、今までのジンとの思い出。
ーーーージン。死なないで。
ーーーージン。怪我しないで。
ーーーージン。いつまでも、ずっと………………。
ーーーーそうか。
ジンが先輩のパンチを避けて、しまったままの剣で、先輩を殴る。鳩尾を。右パンチを刀の腹を使って逸らした。なんて早業だ。顔面に肘打ち。痛そう肘が。たたらを踏んだ先輩のこめかみを剣の尻で殴りつける。到達した左パンチを避けて、近付いた先輩の額を膝で蹴り上げる。衝撃で先輩が二、三歩後ずさる。顎に鞘を、また腕が霞む程の速さで撫でる。腿を蹴って先輩が仰向けに倒れる、倒れた所で脛を真上から踏み付ける。
バキィ!と、嫌な音が響く。
ーーーそうだったのか。
ジンが周りを見渡す。「文句あるか?」とでも言いたげな顔で先輩パーティのメンバーを見る、それから、他の人を見回す。審判をしてくれたサリーさん、周りで見ていた人達、そして私。表情がだんだん変わっていく。今ではもう「あれ?やり過ぎ?」って顔だ。
ーーーそうだったのだ。私は、
サリーさんがぽつりと呟いた。
「…………凄い。」
他の冒険者さん達も続く。
「スゲェなおい!」「本当に新人なの?」「ありゃあまるで王様の近衛兵の動きだぜ?」「あの新人狩りで有名なドルーを倒しちまった!」「ルーキーだ!」
歓声の中、ジンは少し戸惑った顔をしている。
「すっっっごいよジン!あの嫌な先輩を倒しちゃうなんて!ありがとう!私を助けてくれて。」
ーー私はジンが、好きだったのだ。多分、ずっと前から。
小さい頃の記憶が蘇る。
ーーいじめっ子に取られたおもちゃを取り返してくれたジン。
ーー森で迷子になった私を探して、傷だらけになってまで見つけてくれたジン。
……そんな思い出が、いくつもいくつも。
ーーそうか。好きだったのか。私は。
この日私は、ジンに恋をした。